森のお茶会
「ココ!」
待ちきれずに約束の時間の三十分も前から庭に出ていたシェーラは、ココの姿を見つけて手を振った。
「シェーラ!待っててくれたの?」
「うん、楽しみで家の中にいても落ち着かなくって」
「私も! ちょっと早いかなって思ったんだけど、よかったぁ」
「山苺のパイも作ってあるから、早く中に入って食べよー」
「山苺のパイ?私大好きなの!楽しみっ」
白の爽やかなワンピースを着たココは、夏の陽射しに桜色の髪を煌めかせながら花のように笑った。
「ココさん、ですね。わたくしはこちらで手伝いをしておりますフラン、と申します。今日は楽しんでいってくださいね」
「ココ・ミル・レントです!今日はありがとうございます!」
「うふふ。本当にお話に聞いていた通りお可愛らしいですわね。さあ、手を洗ったらこちらへどうぞ」
二人が席に着くと、ほのかに甘い香りのする山苺ティーが淹れられ、テーブルの中央に置かれた小さな山苺がぎっしりと並べられたパイが切り分けられた。
「わぁ!!綺麗!美味しそ~う!」
「フランと私で作ったの。自信作よ」
「おかわりもございますから、どんどん召し上がってくださいね」
「「いただきまーす」」
パイは見た目にはかなりボリュームがあるようだったが、甘酸っぱい山苺は舌を飽きさせることなく、途中からお茶に加わったフランまでおかわりをして、一時間も経たないうちに全てなくなった。
「んー美味しかった!」
「ほんと、ほっぺたが落ちちゃうかと思ったよ~」
「ココ、今度は二階の私の部屋で話さない?」
「シェーラの部屋?うん!」
「では、今度は冷たいお茶を淹れてお持ちしますね」
きゃっきゃとはしゃぎながらシェーラについて階段を上がっていったココは、部屋に入って目を輝かせた。
「わぁー!!可愛い部屋!すてき!お姫様みたい!!」
お姫様みたい、という言葉にシェーラは一瞬どきりとしつつ、ふかふかの白いラグマットの上に腰をおろした。
「母の趣味なの。お気に入りなんだー」
「いいなぁ~私もこんな部屋に住みたいよー。うちは小さい弟が一緒だから、全然女の子らしい部屋じゃないんだよねぇ」
「弟さんいるの?いいなぁ。私は今一人だからうらやましいよ」
「そっかぁ。フランさんがいても、お父様とお母さんから離れてこの部屋に一人だもんね。でも、これからは私が遊びにくるよ!」
「ありがとう。今度はぜひ弟さんも連れて来て」
「うん、そうするね。来る時部屋がいくつかあったけど、フランさんの部屋はとなり?」
「ううん、フランは、下のキッチンの奥に部屋があるの。二階は私用の洗面所とお風呂とお手洗いと、あと衣装部屋」
「衣装部屋!?シェーラってやっぱりお嬢様なんじゃない?」
「んー、これも母親の趣味なんだよね……。全然着る機会がないんだけど、ドレスとか色々送ってくるの」
「ドレス……!!もったいなーい!シェーラ絶対似合うのに!」
「私ももったいないとは思ってるんだけどねぇ。あ、もしよかったらちょっと見てみる?」
「えっいいの?見せて見せて!」
すっかり興奮して頬を髪と同じ桜色に染めたココは、衣装部屋に入ると黄色い声をあげた。
「きゃーっ!!かわいい!かわいすぎるよっ!!」
「うーん、可愛いんだけど、可愛いすぎて着て行く場所なくって」
「えーっ家の中だって着たらいいのにっ!だって見てこれ、ピンクに白いリボン、裾もフリルたっぷりだし、女の子の憧れだよ?」
「あーそのドレス、ココに似合いそうだねぇ……そうだ!これ着てみない?ココ。ファッションショーしようよ!」
「えっファッションショー!?」
「うん。私はどうせ普段着ないし、もったいないから、ね?ココは身長も同じくらいだから大丈夫だよ!」
「ほ、ほんと?嬉しい!」
その後、最初に持ってきた春物と夏物を合わせて、ドレス二十着のファッションショーが行われた。ピンク、サックスブルー、ペールグリーン、白に金など、色とりどりのドレスを身に纏ったココは、夢心地といった様子でうっとりしている。
「すごい!本当に夢みたい!」
「ココ、とってもかわいいよ!危うくお蔵入りするところだったから、よかったぁ。こんなに可愛く着てもらえるなら、ドレスもきっと嬉しいよ」
「えへへ。ありがとう、シェーラ。なんだかこれを着てると、騎士様が迎えにきてくれるような気がする!本当にありがとう!」
「ふふっどういたしまして。今度からうちでお茶する時は、好きなドレスを着ることにしない?私も一人だとそんな気にならないけど、ココと二人なら楽しいし」
「わぁ!いいの?ありがとう!」
「うん、次回も楽しみだね。ところでココ、騎士様って?」
「あっうん。えへへ、夢なんだー。すてきな騎士様が、いつか迎えに来てくれるの」
「王子様じゃなくて?」
「王子様より騎士様の方が、なんかこう、強そうだし護ってくれそうっていうか。それに、自分だけに忠誠を誓う騎士様、憧れちゃうよ〜」
「なるほど、騎士様かぁ。騎士といえば、ガロリア王国は騎士の国って呼ばれてるよね」
「うん、ガロリアね!あそこの黒騎士団は有名だもんね。ジンドラードの白騎士様もすてきだけど人数少ないし、黒い騎士服に身を包んだ異国の騎士様って、きゃー!かっこいい〜!」
(身悶えてる……ココは騎士様萌えかぁ。乙女だねぇ)
転生してお姫様ライフに浮かれ、王子様を夢見た時期もあったシェーラだが、前世の白崎ましろ時代そういったことに全く縁がなかったためか、そして外ではキリッとした完ぺき王子様でも、シェーラの前ではちょっと人様には見せられないくらいデレてしまう兄を見てきたせいか、現在ではいまひとつ純粋な乙女思考には浸りきれなくなってしまっていた。
「ね、シェーラは?シェーラはどんな人がいいのー?やっぱり王子様?」
「えっ私?王子様はいいかな……。うーん、あまりそういうの考えたことないかも。とりあえず、あまりデレデレしたり、すぐ泣いたりする人はちょっと……)
(たとえばうちのお兄様みたいな。いや、お兄様はお兄様で好きだけど……でも結婚相手がお兄様みたいのだと嫌だし)
クレイルが聞いたら泣き出しそうなことを冷静に考えるシェーラ。
「ふぅん、クール系ってこと? シェーラも落ち着いてるっていうか、なんか大人っぽいもんね。好きな人ができたら教えてね!」
「う、うん!」
(しかし、7歳で恋バナかー。女の子がませてるのは全世界共通なのね。まあ、この世界の子は早くから働くからか全体的に大人っぽいけど)
これから先、年々具体的になってゆくココの騎士様妄想を延々聞かされることになるとは、この時のシェーラは思いもしなかった。
早く学園編に入りたいけど、なかなか進まないー。