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「で、本題に入るが、昨日帰ってからお前の提案について、もう一度考えてみたんだ」
「あー、寸劇の話? いいわよもう。あたしも内容的にちょっと過激すぎたかなぁって、一応反省はしてるし」
「いや、それじゃなくて、学生蜂起の件だが……」
少し困ったような、それでいて不思議そうな声音で、神宮寺はそう言った。
「あぁ、そっちの話?」
軽く聞き流して、あたしはレモンティーをすすりかけたのだが――
「ん?」
はて、学生蜂起の件を考えるとはどういうことだ……? まさか、ねぇ……。
しかし、あたしの疑問符いっぱいの表情に気付いていないのか、神宮寺はサラリととんでもない発言をかましてきた。
「昨日一晩考えたんだが、この際強行手段で俺たちの意思を情けない大人たちに見せつけるのも、一つの方法かもしれんと思ってな。
そこで今日の会議で全員の同意が得られれば、俺は学生蜂起を決行してもいいと思っているんだが、神楽谷、お前はそれでいいか?」
「――――――っ?!」
ゴホッ、ゲホッ!
あまりの内容に、あたしはレモンティーを気管に吸いこんでむせる。
「お、おい大丈夫か?」
言ってこちらに寄って来ようとする神宮寺を手で制し、あたしは深呼吸をするとようやく口を開いた。
「ちょ……ちょっと待って……。それどういうことよ? あんた昨日、あたしの寸劇企画を一蹴してたじゃない。一体どういう風の吹きまわし?」
「は? 何言ってる。さっきもそんなことを言ってたが、そもそもお前の企画は昨日反対意見なしで採用したじゃないか」
「へ……?」
さも当然と言わんばかりに、あたしの記憶と正反対のことを述べる神宮寺。あたしはただただ、間の抜けた言葉を返すしかできない。
漠然とした感覚しかなかったが、これではっきりした。やはりあたしの記憶と周囲の現実は食い違っているらしい。それがわかったのはいいんだが、一体どのタイミングで食い違い始めたのか? どこまでがあたしの記憶通りの現実なのか……。
あたしは不審そうな顔をしている神宮寺に尋ねた。
「ねぇ神宮寺、昨日の会議って何が議題だった? どんなこと話した?」
「昨日の会議? それなら、頼城の代わりにお前が書記もやってたじゃないか。自分のメモを見たらいいだろう?」
「いいから。今確認したいのよ」
「確認? 何のだ?」
「それもいいから!」
神宮寺の疑問に答える時間が惜しく、あたしは思わず怒鳴ってしまう。例のサキという少女の代わりにあたしが書記をした、という引っかかる表現もあったが、今はそこに躓いている場合ではない。
あたしの剣幕に圧されか、神宮寺はしぶしぶというように語りだした。
「昨日の会議は10月最初だったから、確か9月の総括から始めたはずだ。いつも通り弦木、お前、御子紫、俺の順で総括を終えた。特に議論する案件もなかったので、そのまま話題は来月の文化祭企画に移る。文化祭の企画は、確かお前の寸劇しか出てこなかったな。学生蜂起の話をお前がしたのはその時だ。決を採ったところ反対者が誰もいなかったので、執行部の企画はお前の寸劇に決定。以上が昨日の会議の全てだ」
「で、帰る間際に例の地震が発生。揺れてる真っ最中にあたしが机の下から飛び出して、結果掃除用具入れの直撃を食らって昏倒ってこと?」
「そういうことだな」
「ふぅん……」
言いながらあたしは考え込む。
大半はあたしの記憶と違いはなかった。会議が9月の総括から始まって、その後文化祭企画に話題がシフト。企画の提案はあたししかなくて、あたしは意気揚々と例の学生蜂起もどきの寸劇案を発表。「本当は実際に蜂起してやりたいけど……」的な発言をしたのも間違いはない。
だが既にここまでの時点で、あたしは違和感を覚えていた。どこかが違う。何か重大な出来事があったのに、それが抜けているような気がしてならない。
しかしその違和感の正体も、後で考えればいいことだ。今はそれよりも無視できない問題がある。
あたしの記憶では、寸劇案は神宮寺に却下されたはずだ。というか、あたしと同類のリョージや、あたしを崇拝している感のあるアカリならともかく、品行方正で教師陣からの信頼もあつい神宮寺が、あれ程教師陣、特に校長やその取り巻き連中を敵に回すような内容をすんなりOKしたというのが信じられない。
あたしは再び神宮寺に尋ねる。
「ねぇ、なんであたしの企画に反対しなかったの? あんたなら、校長たちを敵に回すようなあんな寸劇、真っ先に反対しそうなのに……」
すると神宮寺はいかにも不思議そうな顔で答えた。
「俺だって、常々理不尽なモンスターペアレントと、校長たちの事なかれ主義な態度は腹に据え兼ねていたんだ。それはお前も知っていると思っていたが?」
「そうなの……?」
意外な返事が返ってきた。いや、意外とは言い切れないか。あたしもどこかで、神宮寺もモンスターペアレントや、それに反論できない校長たちに対して不満をもっているのではないかと思っていたのだから。
しかしそれは、あくまでもあたしの中の仮説でしかなかった。なぜなら、ヤツ本人がそれを明確に示したことはなかったからだ。ヤツの言葉の端々にそういった思いが組み込まれていたとして、そして仮にあたしが意識せずそれに気付いていたのだとしても、そこからヤツの不満を的確に汲み取るのは、少々飛躍が過ぎるというものだ。
――いや待て、本当にそうか? 神宮寺は本当に、あたしの前で明確な不満の意思表示をしたことはなかったか?――
ふとそんな疑問が頭をかすめた。あたしはどこかで、神宮寺が校長たちやモンスターペアレントに対する明確な不満を述べたのを聞いたことがある気がする。けれどそれがどこで、もしくはいつのことなのかが思い出せない……。
悶々とそんなことを考えているあたしの肩に、不意に何かが触れた。
「ひゃっ?!」
思わず悲鳴をあげて振り返れば、いつの間に移動したのか、神宮寺があたしの右後ろに立っている。肩に触れていたのはヤツの手だった。
「ちょ、神宮寺、あんたテレポートでもしたの?!」
「バカな。いくら声をかけても反応がないから、わざわざ気付かせに来てやったんだ」
「あ、そう……」
あたしがそう言うと、神宮寺は元の席へと戻っていく。肩から離れていく手が心なしか名残惜しそうに感じたのは、あたしの気のせいだったのだろうか……。
それはともかく、再び椅子に座るとヤツは口を開いた。
「で、どうなんだ、神楽谷? さっきの学生蜂起の件、今日の会議にかけていいのか?」
「えぇっと……。あたしはそれでも構わないけど……。ていうか、実現する目処でもあるわけ?」
「人間が集まれば、どうとでもなるもんだ。……と言うのは、俺にしては些か無責任すぎるか。だが、今の執行部のメンバーならば、実現できなくもないとは思っている」
「そうかしら……」
言われて、あたしは改めて執行部の面々を思い返してみた。冷静沈着で頭のきれる神宮寺が、反校長勢力の指揮官を務めるというのはまだわからなくもない。が、他の面々――リョージやアカリ、あたし、そしてあのサキという少女――で、一体どれほどのことができるのだろうか?
あたしの疑問をよそに、神宮寺はお弁当箱の入った袋を手に立ち上がる。
「じゃあ神楽谷、さっきの件は今日の議題にあげるからな」
「あ、あぁうん」
「なんだ、その歯切れの悪い返事は? まだ何かあるのか?」
「いや別に……」
しばし不審そうな視線をあたしに注いでいた神宮寺だったが、あたしがそれ以上何もいわないのを悟ったか、
「じゃあ、俺は先に教室に戻ってるからな」
とだけ言って、生徒会室を出て行く。
後には、どうにも釈然としない思いを抱えたあたしのみが残されたのだった――――。