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先月の中旬、確か9月16日だった気がするが、あたしや神宮寺と同じ、2年7組の八岐 純哉という生徒が万引き未遂騒ぎを起こした。
八岐は太い黒縁眼鏡の、ちょっと瞳の大きな子供っぽい顔立ちの少年。気弱な性格もあってか、そもそもクラスの中では特に目立つ存在ではない。聞いたわけではないが、おそらく本人も、なるべく目立ちたくないと思っていそうな気がする。
が、その彼が否応なしに目立つことがある。原因は彼の母親だ。
八岐の母親は、いわゆる「モンスターペアレント」というヤツである。1年時のクラスが八岐と同じだった子によると、昨年の文化祭の時には
「学校にいるのに勉強以外に時間を費やすなどもったいないので、文化祭期間は欠席させる」
などと言って、本当に息子を休ませてしまったとかなんとか。
この母親のモンスターっぷりには学校側も困り果てているようだが、何が原因なのか、教職員――というか校長や教頭は、彼女に対して毅然とした態度を取れないでいる。おかげで教職員に降りかかるストレスたるや悲惨なもので、あたしが修悠に入学してから各学期に最低1度の割合で、誰か教師が休職、もしくは退職している有様。
しかしストレスを感じていたのは八岐本人も一緒だったようだ。自分自身は目立ちたくないのに、母親が学校に怒鳴り込んでくるたび、否応なしに注目の的になってしまう。それは彼にとって、相当なストレスになっていたらしい。
で、そのストレスにより彼の中の何かが壊れてしまったのか、学校近くのコンビニでガムを万引きしようとしたのだが、あっさり店員に見つかってしまったというわけだ。
――とまぁここまでなら、「魔がさしてやってしまいました、すみません」というまだ同情の余地もあった(かもしれない)話なのだが、例の母親が出てきたことで、話はここからおかしな方向に進み始める。
店から学校と家に連絡が入り、最初に駆け付けたのは、学校から来たとりいっちだったそうだ。後からとりいっちに聞いた話だが、八岐本人は万引き未遂を認めていたらしい。
ところが遅れてやって来た彼の母親は、店に来るなり
「うちの子が万引きって、おたくの店員は何見てるんですか!」
と、店長にくってかかったのだとか。
で、店長と先に話を聞いていたとりいっちとで、これまでのいきさつを説明し、なおかつ店内の防犯カメラの映像という客観的な証拠を突きつけたところで、やっと母親も息子の万引き未遂という事実を認めるに至ったそうで。
が、そこで引き下がらないのが八岐の母親である。言うに事欠いて、
「息子はクラスでいじめに遭ってるんです。万引きだって、いじめている生徒に強要されたものに違いありません」
などと言い出したらしい。
当然、とりいっちも八岐本人も驚いた、と。そりゃそうだろう、うちのクラスにいじめなんかないんだから。
2人とも口々に
「うちのクラスにいじめはありません」
「僕はいじめられてない」
と主張したが、息子のことは自分が一番よくわかっていると思い込んでいるあの母親だ、聞きいれるわけがない。
その後母親がどんな屁理屈を捏ねまわしたのかは知らないが、結局店側は彼女の言い分に屈して、八岐は無罪放免となったのだとか。とりいっち曰く
「店側は、あの母親と事を構えたくなかったんじゃねぇかな」
だそうで。
しかしこの問題は、これだけでは終わらなかった。
翌日の朝礼中、まるでその日学校を休んだ八岐の代わりのように、母親が7組の教室にやって来た。彼女が乗り込んでくるのは別に珍しくもないので、教室中がまたか……という空気に包まれる。
が、いつもなら教師に食ってかかる彼女が、その日は生徒に向かってこう言い放ったのだ。
「うちの息子をいじめてるのは誰?!」
さすがにこれは、その場の誰にとっても想定外だった。一気に教室中が騒然となる。普段八岐の母親に何を言われても動じないとりいっちですら、慌てて
「ちょ、ちょっと何言い出すんですか、八岐さん」
と止めに入っていた。
しかし彼女はとりいっちには構わず、さらにいじめの犯人捜しを続ける。
「この中にいるんでしょ、うちの子をいじめている生徒が。名乗り出るまで帰りませんから!」
そんなわけのわからん宣言されても、んなこと自ら名乗り出る人間がいるとは思えない。というか、何度も言うが、うちのクラスにいじめなど存在しないのだ。存在しないものの犯人など、名乗り出られるはずもない。
それまでの騒然とした空気から一転、様子を窺うような、嫌な静寂が教室を支配した。誰かなんか言わないとめんどくさいことになる、でも自分は絶対言いたくない。そういう互いに嫌な役割を押し付け合うような、重苦しい沈黙。こういう場合はクラスの代表たる学級委員が、何らかの意思表示をすべきだと思うのだが、その学級委員でさえ沈黙を守っている。
仕方なしにあたしは手を挙げた。こういった重苦しい空気には耐えられない。
――が、今思えば、これが間違いだったのだ。
八岐の母親は、手を上げたあたしをいじめの関係者と思ったようで、あからさまにうれしそうな表情を浮かべていた。それみたことかと言わんばかりに、とりいっちの方を見ている。
もちろん、あたしはいじめの濡れ衣など着るつもりはない。立ち上がると勝ち誇った顔をしている彼女に向かって、精一杯丁寧な口調で思いの丈をぶつけてやった。
「あのぉ、お母さんは何か勘違いなさってませんか? うちのクラスにいじめなんてありませんけど? 誰がそんなこと言ったんです?」
当然のように(と思ってしまうのも癪だが)、彼女はあたしの言うことを鼻で笑い飛ばした。
「はぁ? よく言うわねぇ、そんなこと。――あぁそうよね、いじめてる生徒ほど『うちにいじめはない』って言うものね?」
完全にあたしをいじめの関係者、どころか主犯格と思いこんでいる。曲解もいいところだ。以前からこの女の常識知らずな振る舞いに不満を募らせていたあたしは、知らず知らずのうちにヒートアップしていた。
「あたしは事実を言ったまでです。あなたこそ、自分の行いを見返した方がいいんじゃないですか? 息子さんがなんで万引きするまで追い詰められたか、全然わかってないみたいですね」
「なんですってぇ?!」
逆上する母親の横で、とりいっちが「やめろ」とジェスチャーしているのが見えた。が、それすらも、あたしの中で暴走し出した何かを止められない。
「お母さん、あなたは息子さんの為と思って色々されてるのかもしれませんが、それが息子さんにどう思われてるかご存知ですか?」
「あなたにはわかるって言うの?!」
「そうですね、わからないけど、簡単に想像はできますよ? 息子さんは多分――」
その時だった。
「神楽谷、やめろ!」
とりいっちの怒鳴り声が、あたしと八岐の母親の言い争いを遮った。あたしと彼女、そしてクラス全員の視線が、とりいっちに集中する。
とりいっちは大きく溜息をつくと、普段からは考えられないぐらい低いトーンで
「座れ、神楽谷」
とあたしに言い、続いて
「八岐さん、ここでは生徒たちに動揺が広がりますので、お話は職員室で伺います」
と告げると、半ば強引に彼女を連れて、教室を出て行った。
その後、1限と2限に歴史の授業があったクラスの友人たちから聞いた話では、その日の授業は急遽自習になったらしい。友人たちは
「鳥伊先生いたみたいなのに、なんで自習になったんだろねー」
と不思議がっていたが、あたしには原因が解っている。その自習の間、とりいっちはあの母親と、そしておそらく校長、教頭と共に話をしていたのだ。
そうしてその日の終礼に顔を出したとりいっちは、9月20日付で修悠を去ることを告げたのだった。
――以上回想終了。
神宮寺が言っていた「お前にも一因は――」というのは、おそらくあたしが彼女に突っかかったことを指すのだろう。それはあたしもよくわかっている。
あのままやり合っていれば、彼女はそのうち、あたしを退学させるとか言い出したに違いない。生徒想いのとりいっちは、そうならないようにあそこで止めに入り、そしておそらくその後の職員室で、自分の退職と引き換えに、彼女自身による生徒――特にあそこで手を挙げてしまったあたし――への追及を止めさせようとしたのだろう。
つまり、あたしさえあの時黙っていれば、とりいっちの退職という選択肢はなかったかもしれない、と神宮寺は言いたいのだ。そしてそれは、あたし自身が考えていたことでもある。
だから、あたしは神宮寺に何も反論できなかった。自分がやったかもしれないことを棚に上げて他人の批判ばかりするほど、あたしの性根はまだ腐っていないと信じている。いや、「信じたい」の間違いかな……。
それにしても、あたしが神宮寺にケンカを吹っ掛けたせいで、生徒会室がすっかり重苦しい雰囲気になってしまった。誰も何も喋らない。壁掛け時計の秒針の「カチッ、カチッ」という音だけが響いている。
あぁ、気詰まり……。
いつもならあたしがこの空気を打破するところだが、いかんせん今回の原因はあたし自身。適当なことを言って無理やり終わらせれば、それこそ神宮寺辺りから
「なら何で噛みついた?」
などとクレームが来かねない。
どーしたもんかなぁ……と考えていると、リョージが再び助け船を出してくれた。
「……まぁミサキがそう言うんなら、これ以上オレらが気を回すのもおせっかいかもな。
それより神宮寺、今日は他にやることがあったんじゃないのか?」
「あ、あぁ……」
何を考えていたのか、珍しく心ここにあらずな雰囲気の神宮寺だったが、リョージの言葉で我に返ったらしい。あたしの方をチラ見すると、再び会議の進行に戻った。
「そうだな。それでは9月の総括はこのぐらいにして、次に移るか」
それを合図に、停滞していた生徒会室の空気が動き出す。あたしも黒板の適当なところに縦線を1本引っ張って、次の議題に備える。ついでにあたし自身の鬱々とした気分にも、一緒に区切りをつける。
椅子に座り直すと、神宮寺は口を開いた。
「改めて次の議題だが、もうすぐ毎年恒例の修悠学園文化祭が開催される。そして、これは昨日少し触れたが、その年の新生徒会執行部は、初日の体育館ステージの最初、つまり文化祭そのもののトップに、何かしらのパフォーマンスをすることになっている。
そこで昨日言った通り、今年の文化祭のステージで、執行部が何を行うかを早急に決めたいと思う。本番まで1ヶ月しかないからな。何をするにしても、時間は多めにあった方がいい。誰か企画のある者は――」
「はい、神宮寺。あたし企画ありまーす」
神宮寺が全て言い終わる前に、あたしは挙手してやった。こういう企画提案は先手必勝に限る。
「あまり気は進まないが、じゃあ神楽谷」
若干気に障ることを言われたが、それは敢えて無視しておく。コホン、と軽く咳払いをすると、あたしは手元のプリントに一度目を落としてから、改めて室内を見回して発表した。
「えー、あたしの企画は寸劇です。内容としては、とある学校を舞台に、外圧に屈する弱腰な教師陣と、それに反発する生徒の――」
「ストップ、もういい。聞こうとした俺がバカだった」
あたしの発表はあっさり神宮寺に止められた。ったく、人の発表を途中で遮っておいて、ご挨拶な言い分である。
「何よー、全部聞かずにもういいって」
「聞かなくてもだいたい予想はできる。どうせ、教師対生徒の全面戦争とかいった内容だろう。さっきだって、宣戦布告とか物騒な単語が飛び出してたからな」
チッ、やっぱり聞かれてたか……。内心舌打ちとかしつつ、あたしはなおも食い下がってみる。
「いいじゃん、別にホントに仕掛けるわけじゃないんだから。本音言っちゃえば、マジで仕掛けてやりたいぐらいよ。それをフィクションに留めてるんだから、むしろ評価してほしいぐらいだわ」
「バカかお前は。そんなもん評価できるわけないだろう」
ぴしゃりと神宮寺に切って捨てられた。……いやまぁ、そう言われるとは思ってたけど。
神宮寺は溜息を一つ吐くと、椅子ごとあたしに向き直る。
「神楽谷、この際だからひとつ言っておくが、先生たちを悩ませるようなことするのも程々にしとけよ。鳥伊先生の一件に限らず、お前八岐の母親の言動にいちいち目くじら立てて、その度に先生に食ってかかってるだろう? 職員室にいると、お前の言動で神経擦り減らしてるって話も結構聞くぞ」
「あー、それは……。まぁそんなこともあった……かなぁ……」
神宮寺の責めるような目から逃れるように、あたしは目線をあらぬ方向に向けてみた。
ヤツの言っていることは事実なので、これまた反論のしようがない。神宮寺は敢えて言わなかったのだろうが、八岐の母親とあたしの間で神経をすり減らしている(らしい)教師陣の一部が、あたしの事を「生徒会執行部の跳ねっ返り」と呼んでいるという噂も聞いたことがある。
あたしが目線を泳がせたのをどう取ったか、神宮寺は再び溜息を吐いて言葉を継いだ。
「俺が耳にした時には、一応同じ生徒会執行部としてフォローしているが、それだって度を超えるとフォローしきれん。特に今は鳥伊先生と八岐の一件で、いつもに増して職員室の空気が刺々しくなってるんだ。そんな時にこんな内容の寸劇なんかやってみろ、お前に対する職員室の風当たりは更に強くなるぞ」
「わ、わかったわよ……」
神宮寺のいつもとはちょっと違う雰囲気に押されて、思わずおずおずと返事するあたし。
なんだかよくわからんが、どうやらあたしは神宮寺に心配されているらしい。わけがわからずリョージの方を見れば、こちらも謎のニヤニヤ笑いを浮かべている。何なんだ、一体……。
神宮寺は椅子ごと元に戻ると、一つ咳払いをして口を開いた。
「ともかく、神楽谷の企画は却下だ。他に企画のある者は?」
神宮寺が呼びかけたが、リョージもアカリも何も言わない。ヤツは重ねて尋ねる。
「弦木も御子紫もなしか?」
「悪い、どーにも思い浮かばなくって……」
「すみません、あたしもまだです……」
「そうか……」
思案顔で黙り込む神宮寺。この分だと、ヤツもネタなしのようである。あたしはサラリと言ってみた。
「じゃあ、企画があったのはあたしだけってことで――」
「だからお前の企画は却下だと言っただろう、神楽谷」
即座に神宮寺からツッコミが来た。ヤツめ、しっかり聞いてんでやんの。
結局「明日の会議までに、文化祭の企画を一人一案は考えてくる」という課題を出されて、今日の会議はお開きとなった。みんなそれぞれ帰り支度を始めるが、あたしはまだそういうわけにはいかない。
自席からルーズリーフと筆記用具を持ってくると、あたしは今自分が黒板に書いた内容をそのまま書き写す。そのうえで黒板を消すところまでがあたしの仕事である。
席に戻ってルーズリーフと筆記用具を片付けていると、待っていてくれたリョージが突然「あれ?」と言った。
「何?どしたの?」
「いや、どうしたってのはこっちのセリフだ。お前鞄につけてた飾りどうしたんだよ?」
「え?ついてるでしょ?」
あたしとリョージのやり取りに、生徒会室から出ようとしていた神宮寺とアカリが戻ってくる。
アカリはあたしの鞄を見ると声をあげた。
「あ、確かにないですよ、ミサキ先輩」
「ウソっ?!」
あたしは慌てて、荷物を入れていた鞄その物を注視する。確かにリョージとアカリの言う通り、学校指定の鞄の表側、ちょうど持ち手の左の付け根にあるはずの、銀色チェーンと1センチ程の「エメラルドの原石」とやらがついたバッグチャームがなかった。
あれは現生徒会執行部が発足したばかりの頃、「親睦会」と称してみんな――とりいっちと執行部全員――で出かけた時に、お揃いで手に入れた物である。
あたしたちはその日、学園最寄駅からひと駅先にある公立の科学館へ行った。館内の展示物を一通り眺め、帰る前にそこの物販コーナーを覗いていたのだが、とりいっちが突然、
「よし、オレが買ってやるから、全員でこれ持とう。絆を深めるのにいいらしいぞ」
と言って、ポケットマネーで買ってくれたのがあのチャームなのだ。
おそらく、発足したての執行部にうっすらと漂っていた余所余所しい雰囲気(まぁあたしとリョージの間は除くが)に、とりいっちも気づいていたのだろう。特に、本来執行部をまとめるべき会長の神宮寺が、最初の頃は他の執行部のメンバーから明らかに浮いていたのだ。
だからこそ、とりいっちは休日返上で「親睦会」をやるなんて言い出したのだろうし、執行部が一致団結するようにという願いから、「絆を深める」なんて意味を持っているらしい石を買ってもくれたのだろう。
そのエメラルドのおかげか、はたまたみんなで出かけたのが良かったのか、「親睦会」以降の執行部は、少しずつだがまとまってきているように思える。神宮寺とあたしの小競り合いはしばしば起こっているが、それでも亀裂が生じるようなことは今のところ一度もない。
何はともあれ、そんな経緯で手に入れただけに、あたしにとっては――そしておそらく他のメンバーにとっても――あのチャームは非常に思い入れのある物だ。それを無くして、しかも他人に言われるまで気づいていなかったとは……。
と、その時。
「おい、なんか揺れてないか……?」
周囲をキョロキョロと見回しながら、神宮寺が声をあげた。言われてみれば、微かだが足元から振動が伝わってきているような気がする。
「あー、確かに。でもま、そのうち収まるでしょ?」
あたしは軽口をたたいたのだが、一向に振動は収まる気配を見せない。むしろ時間が経つにつれて、よりはっきりと認識できるようになりつつある。
「これ、ちょっとヤバめじゃね……?」
いつになく緊張した顔で言うリョージに対して、神宮寺の叫びが飛んだ。
「ちょっとどころじゃない、これは明らかに地震だ! 全員机の下に潜れ!!」
その声に、あたしたちは慌てて長机の下に潜り込んだ。
すでに振動は、建てつけの悪い窓をガタガタ鳴らすほどに大きくなっている。教室の前の方から、黒板消しが落っこちるような「パタン」という音が聞こえ、机の下から見える範囲の天井では、照明が右に左に大きくユラユラ。
しかしおかしなもので、とりあえず自分の身の安全が確保されていると変に冷静になれるものである。これで震度がどれぐらいか、どこが震源なのか……などと、取りとめもないことが頭に浮かんでくる。
そうして、数十秒程取りとめのないことを考えていたあたしの眼が、生徒会室後方のある物を捉えた。
ちょうど後ろの入口を入ってすぐ、掃除用具入れとしてどこの教室にも置いてあるスチール製ロッカーの前に落ちている、あのかすかに緑っぽい色彩を放つ物は――――
「あった! あたしのバッグチャーム!!」
「え、ちょ、ミサキ先輩?!」
アカリの驚愕とも静止ともとれる言葉を振り切って、あたしは長机の下から飛び出した。
完全に衝動的に飛び出したが、それでもあたしにはどうにかする自信があった。あたしの潜り込んでいた場所は長机の後方。チャームの落ちている掃除用具入れの前とは、目と鼻の先の距離である。チャームを拾って元いた長机の下に戻るまで、そんなに時間はかからない。
予想通り、ものの数秒であたしは掃除用具入れの前に辿り着いた。落ちていたバッグチャームを拾って、後は長机の下に戻るだけ。どこにも「危険」という文字の入る余地はない。
と思っていたのだが――――
「あっ、ミサキ後ろ!」
「戻れ神楽谷!!」
男どものダブルの叫びに、あたしは思わず屈んだ態勢のまま固まってしまった。そのあたしに向かって、後ろから背の高い固い物――スチール製のロッカー――が倒れこんでくる。前のめりに倒れてくる掃除用具入れの扉が開き、中にあった箒やらちりとりやらがバラバラとあたしに向かって落下してきて、ほどなく掃除用具入れ本体があたしに向かって落下するに至り――――
あたしの世界を完全なる沈黙が支配した。