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修悠学園パラレル生徒会  作者: 飛鳥 梨真
第2章 跳ねっ返りと見知らぬ親友
11/13

7

「ミサキちゃぁーん? どぉーしたのぉー?」

 角で立ち尽くすあたしに向かって、数メートル先まで歩いていたサキが呼びかけてくる。彼女と共に進んでいた他の面々も、怪訝な表情を浮かべている。しかしあたしはその場を動けない。

 右折した丁字路の先に、あるべき物がなかった。建築物はあるのだが、それはあたしの想像からはおよそかけ離れた物だったのだ。

 道路の突き当たりにあるのは、見なれた科学館の現代的な建物ではない。どこからどう見ても、趣のある和風旅館だ。

 瓦葺の庇がついた重厚な門構え(ちなみに門は開いているが)、その門から左右に伸びる白壁。そして門から奥へと続く石畳か何かの先には、ありがちな不自然な形の松に左右を囲まれた、いかにもそれもんの日本家屋風の玄関が見える。

「どういう……こと……? これ何の冗談……?」

 あたしはふらふらと、でも視線は正面の風景に釘づけのまま歩を進める。

 前にいたサキたちに近づき、一番後方にいたアカリの横を通り過ぎ、その前にいた神宮寺の横顔が視界から消えかけたところで、あたしは意図せず足を止めた。見れば、神宮寺があたしの左腕をつかんでいる。

「何……?」

「何と訊きたいのはこっちの方だ。急に立ち止まったかと思ったら、今度は酔っ払いみたいにふらふら歩きだして。神楽谷、一体どうしたんだ?」

 あたしの腕を離しながら言う神宮寺。表情を見るに、残りのメンバーも同様の疑問を抱いているらしい。

 が、内容が違うだけで、疑問を抱いているのあたしも一緒だ。あたしは半ばヒステリー気味に尋ねた。

「いや、どうしたもこうしたも。あの風景見ておかしいと思わないわけ? あそこにあったのは、あんな和風の建物じゃない。あそこには科学館があったでしょ?!」

 しばし沈黙。サキはきょとんとした表情を浮かべ、残りの3人はサキとあたしを見比べている。

 ややあって口を開いたのは神宮寺だった。

「何言ってる、神楽谷。科学館って何の話だ? あそこはずっと、頼城の実家の旅館じゃないか」

 神宮寺の言葉に無言で頷く残りのメンバー。

 サキ以外の面々を見回して、あたしは更に問いただす。

「ずっと? ずっとっていつからの話よ?」

「いつからって言われてもなぁ……。サキちゃん、いつからなんだっけ?」

 リョージに問われたサキは、何かを思い出すようにしばし虚空を見上げた後答えた。

「あたしもよくは知らないけどぉ、多分もう創業100年とか120年とかになるんじゃないかなぁ?」

「100年とか120年ですって……?!」

 あたしは信じられない思いで、ただただサキの言葉を繰り返すのみ。

 現在が2030年なので、100年前としても1930年か。確かにそんな頃からここで営業を始めているのなら、あたしたち本年度の執行部が発足した今年の夏頃には、ここにあったのは当然科学館ではなくこの旅館ということになる。一応筋は通っているが、じゃあ納得できるかと言えばそれはまた別問題だ。

 うーん、これはますます例のトンデモ仮説が真実味を帯びてきたな……。

 あたしは内心頭を抱えたのだが、事態はこれでは終わらなかった。更にあたしを混乱の渦に突き落とす要因が待ち構えていたのだ。

 その要因は、あたしのよく知る姿と声で現れた。

「おや、サキ。今帰りかい?」

 そうかけられた声に、あたしたちは声のした方向、後ろを振り返る。

 そして――。あたしは、全身の血の気が引いていく感覚を味わった。

 視線の先、ちょうどあたしが先程立ち止まっていた辺りに立っていたのは、藤色の地にえんじ色の紅葉をあしらった着物の上から、海老茶色の道行きコートを羽織った老婦人。銀かと見紛うばかりの白髪を後ろで一つにまとめ、穏やかな中にも凛々しさの垣間見える笑みを浮かべたその老婦人を、あたしはここにいる誰よりもよく知っている――と思う。

 その老女の名は栗宮くりみや かなえ。何を隠そうあたしの母方の祖母である。第二次大戦直後の1946年生まれ。昔で言うところの「良家の子女」で、家事全般を完璧にこなせることはもちろん、教養にも溢れた才女。母がイヤミも込めて「良妻賢母を絵に描いたような人」とよく言っていたが、それほど何事もそつなくこなす人であったのは間違いない。

 母を含めた子供が自立してからは、長く祖父と二人暮らしだったらしいが、10年ほど前に祖父が亡くなったのを境に、長女である母の申し出によりうちに同居していた。自分に対しても他人に対しても非常に厳しい人で、同居している間、あたしも孫だからと甘やかされたことはほとんどない。

 それでもあたしは祖母――カナエおばあちゃんに懐いていた。子供のあたしでも感じ取れるほどの度量の大きさだったり人柄の良さがあったからだろう。それゆえ、数年前におばあちゃんが他界した際には、実の娘にあたる母よりも大きなショックを受けたものだった。

 ――そう、カナエおばあちゃんは既に亡くなっている。この世の人ではないのだ。それなのに、今目の前に、亡くなったおばあちゃんとまったく同じ姿と声を持つ人が存在している。着物の裾から足袋と草履を履いた足が見えているので、幽霊ということもないだろう(いや、幽霊であっても問題なのだが)。血の気が引いた原因はここにある。これは一体何なんだ……。

「カナエ……おばあち――」

「ただいまぁ、カナエおばあちゃん」

 あたしの蚊の鳴くような呼びかけは、サキの屈託のない声にかき消された。どうやらこのカナエおばあちゃんにそっくりな老婦人――というか、名前も「カナエ」ではあるらしいが――は、サキのおばあさんらしい。

 しかし老婦人は孫娘を適当にあしらうと、あたしの方に歩み寄ってくる。

「どうしたんだい、ミサキちゃん。そんな鳩が豆鉄砲くらったみたいな顔をして」

「いやその……」

 混乱し過ぎて何を言うべきか迷っているあたしの代わりに、サキが言葉を発した。

「あぁ、気にしないでおばあちゃん。ミサキちゃんねぇ、なんか今日おかしいんだよ。さっきもうちの旅館があそこにあるはずがないとかって、妙なこと言っててさぁ」

 そのサキに対して、おばあさんは厳しい目を向けると口を開く。

「これ、サキ。いつも言ってるだろう、人様の話に割って入っちゃいけないって。私は今ミサキちゃんと話してるんだよ。それとも、サキはミサキちゃんかい?」

「違うけどぉ……」

 どこか不満げに口を閉ざすサキ。なんとなく見るに見かねて、あたしは間に割って入った。

「いいの――いや、いいんです。サキちゃんの言う通りですから。どうも昨日の地震で頭をぶつけて以来記憶が混乱してるみたいで、おばあち――じゃなくて、おばあさんが知り合いに見えてびっくりしただけなんです」

 そう言ってバツの悪い笑みを浮かべたあたしだったが、なぜかカナエおばあさんに少し寂しそうな表情を浮かべて見つめられた――ような気がした。一瞬のことだったから、あたしの気のせいかもしれないが……。

 おばあさんはあたしの肩にポンと手を置くと、最初に見た穏やかな笑みに戻って言った。

「さぁさぁ。こんなところで突っ立ってると、通行の邪魔になってしまうよ? すぐそこなんだし、話の続きはうちでなさいな」

「そうだよぉ。元々そのつもりだんたんだしさぁ。さ、みんな行こ行こ」

 先程までの不満げな雰囲気はどこへやら、上機嫌に言葉を継ぐと、サキは自宅に向かって歩き出す。神宮寺たちもしばし顔を見合わせた後、口々に同意の言葉を述べてサキの後を追う。結果、その場にはどうしたものかと悩んで立ち尽くすあたしと、その傍らに佇むカナエおばあさんが残された。

「さぁ、ミサキちゃんも。ね?」

「はぁ、でも……」

 あたしが行くべきかどうか躊躇していると、おばあさんはあたしの目を覗き込むように見つめて言った。

「旅館に足を踏み入れるべきか迷ってるんだね、ミサキ」

「えっ? おばあさん、今何て……?」

 あたしはおばあさんの言葉に驚きの声をあげる。今おばあさんは、あたしのことを「ミサキちゃん」ではなく、確かに「ミサキ」と呼んだ。これは、生前のカナエおばあちゃんの呼び方だ。そして、さらに驚くべきことに、あたしの迷いを的確に見抜いていたようだが――。

 おばあさんの態度の変化に戸惑うあたしに対して、彼女は自分の口元に人差し指を持っていく。言うまでもなく「静かに」というジェスチャーだ。そして先を行く孫たちの様子を窺うと、再びあたしに向き直ってニコリと微笑んだ。

「2人の時は『おばあさん』なんて他人行儀な呼び方しなくていいんだよ。私はあんたの知ってる私で間違いないから」

「え、でもおばあちゃんはもう亡くなって……」

「そうだね。確かに現実の私は、数年前に亡くなっている。でもね、私は私なんだよ。ミサキの知ってる栗宮 叶で間違いない。今はサキの祖母ってことで、『頼城よりしろ 叶』と名乗ってはいるけどね」

 そこで言葉を切ると、おばあさん――いや、カナエおばあちゃんは真剣な表情を浮かべて先を続ける。

「あまり私があんたを引き留めてるとサキに怪しまれるから、今は必要なことだけを言うよ。あの子――サキには充分注意するんだ。それから、私はミサキの味方だからね。それだけは忘れないでおくれ」

「え、おばあちゃん、それどういう――」

 あたしのその問いは、道路の先から発せられたサキの声で無情にも途切れた。

「ミサキちゃぁーん、おばあちゃぁーん。何してるのーぉ?」

「はいはーい。今行くよー」

 カナエおばあちゃんはそう言うと、あたしの背中をポンっと叩いた。これもおばあちゃんが生前、迷ってるあたしによくやってくれたことだ。

「さぁ行くよ、ミサキ」

「う、うん」

 背中を叩いてもらったことで、あたしの心は固まった。まずはあの旅館に足を踏み入れなければ、話が始まらない気がしてきたのだ。相手――サキの懐である実家に行くことで、何か見えてくる物があるかもしれない。

 それに――。あたしは隣に立つおばあちゃんを見遣った。今あたしは、状況もわからないままこの世界に一人でいるのではないらしい。説明こそしてくれなかったが、おばあちゃんはあたしの置かれた現状を把握してくれているようだ。そんな心強い味方がいる場所なら、むしろ自衛の為にも積極的に行くべきではないだろうか。

「いっちょ行ってくるか」

 あたしは自分に言い聞かせるように呟くと、おばあちゃんと共に道路の突き当たりに向かって歩き出した。

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