ふたり 5
「ボク・・・この間、冴木さんの両手首にぐるっと痣があるの見ちゃったんです・・・。いつも長袖で隠しているけど・・・。」
不安気な久保田の言葉に、思いは同じなのかと舌打ちする。
晃が美術棟の2階に寝泊まりするようになったのは、復学して間もなくだった。
―― 海外の有名なコンクールに出品する絵を制作するから……。
自宅まで徒歩10分の距離でも足の悪い晃には負担になるとか、通学に費やす時間も授業を受ける時間も惜しいとか、当たり前の顔で言っていた。
決して、復学したての気まずさからクラスに馴染めないのではないと言わんばかりに。
この件については、学園との話ができた上での復学だったと、木村たちでさえ後になって知るくらい公にされていなかったから、生徒の中ではやっかみや憶測、中傷が飛び交い、自然と学園での晃の存在は異質なものへと変化していった。
「別に、知らない奴らに理解されたいと思わないし ……。」
普通の高校生活とかけ離れた生活スタイルでは、何のために復学したのか分からないだろう …… そう尋ねる木村に、晃は迷惑そうに答えただけだった。
「まさか、おれもその『知らない奴ら』の中に入ってるんじゃないだろうな?」
そう聞いたら、フッと目をそらした晃。
中1からの付き合いなのに、“事故”以降どこか心を開かない部分があっていつまでも余所余所しい態度が抜けず、それを記憶障害の所為だけではないように感じていても、踏み込むことができなくて歯がゆかった。
そういえば、2~3日前のこと。
珍しく朝会に出席した晃 ―― 賞状の授与がある時は、顔を出すことになっている ―― に、寄り添うように傍にいたのは、何故か清野であった。
あの時も、異質な感じがして胸騒ぎを感じたのに、どうして自分は見過ごしてしまったのだろう。
1番嫌な想像が、木村の頭の中で一杯になる。
2階の晃の部屋は、鍵がかけられているらしく、ビクリともしない。
中からは、やはり尋常でない物音が聞こえ、呻く声すらも ……。
出入り口をドンドン叩いても、中の晃に呼びかけても、反応はない。気が急くのは、最悪の状況が脳裏をよぎるからだ。
「先輩、こっちへ。」
久保田が、事の異常さに機転を利かす。
廊下の隅にある物置から屋根裏に這い登り、晃のいる部屋を目指す。
「よく、こんな所見つけたな。」
感心しながら久保田の後に続いて行くと、やがて1ヶ所だけ明るく抜けた場所に行き当たる。
そこは、久保田が晃に会いたくて忍び込んだとき、踏み抜いてしまった穴だと説明された。
さぞかし、天井から降ってきた少年にウケたことだろう。
晃が、久保田を気に入った訳が分かった気がした。
そんなほのぼのとした木村の気持ちとは裏腹に、穴から覗いた部屋の状況は凄惨なものだった。




