ふたり 3
「それより、真面目な1年坊主が体育祭サボっていいんかよ?」
吸う?…… 仲間を増やそうと差し出されたタバコを箱ごと取って、久保田はぐしゃぐしゃと潰してしまう。
「何するんだよ~!!」
ボロボロになったタバコを取り返して半泣きの木村。
「おれにとっちゃ、高級品なんだぞ~。」
「まったく、この学園て世間的には評価高いのにタバコ吸ったり授業受けなかったり、生徒は自由すぎますよ。」
世間では、進学率のいい優秀な学校と言われている。
また、個人の意志を尊重する自由な校風に魅力を感じてこの学校を目指す生徒も多い。だからと言って全て自由かと思えば、行事ではいつもでは見られない盛り上がりを発揮する―――― 生真面目な久保田には、理解し難い校風らしい。
「別に、サボるつもりはなかったんですけど……。ちょっと気になるもの見ちゃったんで……。」
美術棟に関係のない筈の中等部理科教師清野清が、この建物に入るのを見かけて不審に思って来たのだと言う。
「体育祭で他の先生はみんなジャージなのに、あの先生ってジャージじゃないんですね。そこもなんとなく目を引いたって言うか……。」
後を追って来たのはいいけれど、見失っていつもの部室に来てしまったのだと言う。
「そうしたら、ココにも居ちゃいけない人が煙草吸ってたんですよねぇ……。出場種目とかいいんですか? 体育祭。」
「まぁ、あの人も変わってるから……てか、おれもあの先生が白衣以外着てるの見たことないし。」
自分の件には触れずに、ニコーといつもの顔で笑う。
久保田は、編入初日に偶然見つけた冴木晃に憧れてここまで来た少年である。
冴木に近付く為に美術棟へ侵入し、やっとの思いで2階の部屋に出入りできるまでになった。それは、木村に言わせれば「超破格の扱い」だということだ。
「人間嫌い」「仙人」とまで呼ばれる晃の高い防護壁を飛び越えるのは容易ではない。晃の知り合いとは言っても、時にはそのガードに跳ね飛ばされてしまうと漏らす木村もまた、久保田の一途さや純真さに魅かれている。
晃も自分と同じような理由で、久保田だけは出入りを許すのだろうと密かに思っているから、木村は久保田のことを晃の「唯一の後輩」と呼んでからかったりする。
「そんなことより、久保田こそいいのか? 編入生がこんな所で油売ってると、ますます存在感なくなるぞ?」
しきりと、何か嫌な予感がする。と言う久保田の後ろからガバと抱いて首筋に息を吹きかける。
「~!!! 止めてくださいよっ!!!」
「そんなこと言うなよ。おれとお前の仲じゃないかぁ。」
久保田の純な反応が面白くて、そのケはないクセに大声をあげて逃げようとする久保田を追いかけて遊ぶ木村。
すっかり子供に戻って、追いかけっこに興じる2人の耳に、2階からの尋常でない物音が響く。
「……。」
「……。」
「―― 清野、美術棟に入ったって!?」
木村の顔から、いつもの笑顔が消えた。
珍しい木村の真顔に―― 普段は、「深刻な話の時にでも笑っているんじゃない」と、注意されるタイプの顔と言えば分かりやすいだろうか…… 戸惑って久保田はただ首肯する。