ふたり 1
「い~~い天気だねぇ。」
体育祭をサボって木村一郎は、美術棟の1階にある美術部部室で青い空に独り言と共にタバコの煙を吐き出している。
美術部の部長に、生徒会、アルバイトと毎日忙しい彼が、こんな風にゆったりと空を眺めることはほとんどない。そんな平和さに、元から笑っているように見える顔が余計ににこやかになる。
「先輩、何やってるんですか。」
「おっ!!・・なんだ、久保田か~。びっくりさせるなよ。寿命が縮むじゃんか。」
中等部1年の久保田孝弘に見つかるが、さして慌てた風でもなくニコーと笑う。
「びっくりするくらいなら、吸わなきゃいいのに……。不良だなぁ。」
言いながら、窓を開けて換気に勤しむ木村の手伝いをする。
今学期編入して来たばかりでまだ親しい友人もいないのか、久保田はよくこうやって足繁く美術部に顔を出している。
「不良……たって。ちょっとした息抜きじゃん。晃の奴だって、中等ん時から吸ってるぜ。」
「えっ?冴木さんも?! 嘘だ~! ボク、冴木さんがタバコ吸っているの見たことないですよ。」
「そりゃ、体壊してから、自重してるんだろ?でも、吸ってたの!」
木村がムキになって言うのがおかしい。
本来、中等部の生徒は、中等部内の部活に所属する決まりだが、文化部に関しては、その区切りは厳密でなく中等部の生徒でも高等部の部に入部している者は時折いる。この久保田もその中のひとりであり、遡れば木村と冴木晃もそうだった。そんな同胞意識からか、木村はまだ転入して日の浅い久保田を可愛がっている。
「そーだ!木村先輩、冴木さんて中等部の時どんなだったんですか?」
冴木晃の名前につられてうっかり脱線してしまう。
「ん~? 中1の時は、可愛いかったぜ~。顔だけじゃなくて、性格もさ。絵はムチャクチャ上手かったけど、子犬みたいな性格のおかげで、やっかむ奴なんていなかったし……。今みたいに、自分の他全部敵ってカンジじゃなかったから、友達も多かったし。」
少女のような容貌の今と昔の晃と比べて、自然と木村の顔がほころぶ。
この美術棟の2階に泊まり込んで絵を描いている筈の晃は、身長166cm、体重44kg。
中3の暮れの事故で、1年9カ月療養生活を送っていたが、この5月に高等部の1年生として復学している。
「なのに、復学初日にクラスメイト数人相手に、手足の不自由さを物ともせず教室で乱闘やらかしたんだよ、アイツ。」
発端は、木村たち元の同級生から1年以上遅れて復学した晃を、クラスの派手なグループがからかった……その程度だったと、最初に手を出した男子生徒は言った。
いくら、ほとんど機能しなくなった右手のことに言及されたとは言え、退院後自宅療養して、やっと松葉杖で歩けるまでになった少年のすることではない。
しかも、切れた口唇をペロリと嘗めながら晃が言った台詞も普通ではなかった。
『お前ら、体の不自由な人には遠慮しましょうって、その位習っただろう。ばーか。』
この一件以来、クラスメイトで晃に話し掛ける者はいなくなった。
しかし、背中まである長い髪を束ねて制服さえ着ない晃は、元よりそれを気にする風もなかった。
復学を喜ぶ元の同級生や、所属していた美術部の部員達にも心を開こうとしない晃は「人間が変わってしまった」そう言われ、やがて引き籠るようにここの2階の一室で絵を描く生活に入ってしまった。