ご自愛タイムでメロついていたらガチ騎士家政夫と遭遇した
家政婦を募集したらガチ騎士がやってきた件 第3話
ごきげんよう! 私、ミア・アーレンス! ついこの間ロマンス詐欺に遭ったばかりの二十歳!
……と、こうして頭の中だけでもふざけていないとやってられないくらい、現在メンタルの乱高下が激しい家計事情で生活している。
ちなみに脳内で口数が多いのは心身の不調ではなく標準なので安心してほしい。
家計簿はいまの私には特級呪物。封印したいけれど、確認するのが家の主人である私の仕事だ。
うう、数字が胃に痛い。一人暮らし、化粧やドレスは興味なし、社交は最低限で、使用人は一人だけだから、なんとか借金をせずに済んでいることが見て取れる。そんなことは普通あり得ないので本当に運がいい。
まあその運で私と詐欺師の出会いを阻止してくれていたらこうはなってないんだけどな。過ぎたことを言っても仕方がないんだけど言わずにはおれないんだな。でも一番悪いのは騙された私なんだよな。
あ、だめだ。思ったよりテンションが下がってるわ。
これは自分で自分の機嫌を取るしかあるまい。我慢続きで心が折れたら意味ないもんね。
そうと決まったら、と厨房に向かう。
厨房や洗濯室は使用人の領域で、家の主人は立ち入らないものだけれど、私はそれほど身分の高くない男爵令嬢で、身分関係なく使用人やその子たちに遊んでもらっていたような子どもだったから、この家には他の家のような厳しいルールは敷いていない。お互いに嫌な思いをしなければいいと思っている。
大小の調理器具で溢れた厨房は、ドールハウスの一室のようにみっちりと詰まって見える。けれど常に整理整頓が徹底され、清潔に保たれているのはプロの仕事だなあとしみじみ思う。ありがたやありがたや。
「…………」
「ぴぁょっ!?」
文字に起こせない声が出た。
振り返ったそこにいたのは、現在我が家の唯一の使用人である家政夫氏だった。今日も立派に鍛えられた身体にふりふりのエプロンをつけて、右には酒樽を担ぎ、左の小脇に木の板を抱えている。
相変わらずおかしい見た目だけれど、いまにも腰を抜かしそうになっている私にツッコんでいる余裕はない。
「いっ、い、いいいたんですか!?」
「はい」
「いつから!?」
家政夫氏は「『いつから』……」と考え込むように小首を傾げた。
「……ご主人様が厨房にいらして、中を覗き込んだときからです」
最初からかーい!
早く声をかけてください! いきなり誰もいない厨房に向かって拝んでいるのは奇行だって自覚はあるんだけど!
「呼び出しのベルに気付かず、誠に申し訳ありません。何か御用でしょうか」
「お話がありまして。ああ、ベルは鳴らしてないのでご心配なく」
仕事を一人で回すのは大変だろうから余程のことでなければ呼びつけないようにしているのだ。
普私が最低限自分のことは自分でできて、一人で過ごすことが苦にならない性格なのと、家政夫氏が毎日煩雑な仕事を黙々とこなして、サボりとは無縁なお人だからできることでもある。
しかし家政夫氏は物言いたげに私を見ている。
家の主人らしくないって? 呼べばいいのにって?
小さいことは気にするな! でも私は気にした方がよさそうだ! なんかごめんなさい!
と、それはともかく、さっさと用事を済ましてしまいましょう。
「明日外出することにしたので、急なんですがお休みにさせてほしいんです」
「かしこまりました。では次回は明後日に参ります」
無駄なことは言わない家政夫氏はすんなり了承してくれる。「準備しておくものはございますか?」という問いに「何もない」と答え、私は晴れて、自分のための休日を手に入れた。
ふっふっふ。さあ、愛しのかわい子ちゃんたちに会いに行くぞぅ!
なおこの間、家政夫氏は樽と板を抱えたままだった。筋肉の無駄遣いだよ。
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翌日は、朝から気持ちのいい快晴だった。
新しい真っ青のドレスに、羽飾りのついた小さな帽子と、普段の私からは信じられないほどおめかしをして家を出た。私の可愛い可愛いみんなに会いにいくんだし、こういうときはお洒落しないとね。いまくらいしか機会がないんだろうという心の声は無視します。
そうして向かった先には、風になびく旗、青い芝、階段式の観覧席と自然そのままのコースに、ドレスアップした紳士淑女たち。
その場所の名を、競馬場という。
競馬といえばギャンブルを想像しがちだけど、実はそっちがおまけ。競馬場に集まる人々の目的は、仲間と美味しいものを飲んだり食べたり、談笑したり、ついでにちょっと賭け事を楽しんでみたり、という社交場なのだ。
特に大きなレースのときはお祭り騒ぎ。高貴な方々が自ら馬を駆ることもあって大変に賑わう。
けれど今日はごくごく普通の日だ。行われるのは一般競走や平場戦などと呼ばれる、競走馬に参加条件が課せられているレースで、観客はみんな「お茶のついでにお馬さんの競走でも眺めましょうよ」という感じでのんびりしている。時々大穴狙いで目をぎらつかせている人がいるくらいだ。
つまり、いまが絶好の機会!
屋根の下のカフェでお茶会中の人々を横目にいそいそと向かったのは、パレードリング。
パドックとも下見所ともいう、これから勝負に挑む馬たちが歩き回って気分を落ち着かせつつ、観客に自らのコンディションをお披露目する円形の放牧地だ。
(あぁああぁ! かわちぃいいぃ!!!)
いったいいつから私の目的が美食や外食だと錯覚していた?
――馬。
それが、地味で根暗でロマンス詐欺に遭ったモブ女の私の唯一の趣味だ。
競馬場の主役は社交だけじゃない。風になびくたてがみと尾、涼やかな顔立ち、優しい目と長いまつ毛を持ちながら、美しい骨格と筋肉を有し、力強く伸びやかに駆けていく馬こそ、愛で楽しむべき花。控えめに言って最高だ!
(顔がいい。脚が長すぎて五メートルある。馬銜をはみはみ可愛いありがとう助かる!)
全人類見て。この美しく麗しく愛らしい生き物をご覧になって!
競走馬なので鹿毛が多いけれど、ちらほらと白毛や、血が混じっているらしい月毛の子がいた。
明るい毛色の子は希少だから良くも悪くも話題になる。不本意に悪目立ちしてしまうというのか、負ければ弱い、勝ったら珍しいと言われてしまうのだ。
(おや? あの月毛の子……)
月毛の特徴である明るい毛色と浅黒い肌に加えて、その子は大柄でたくましい。静かな青い目と泰然とした顔つき、若いようで古強者めいた硬派な空気をまとっている。とても立派で美しい馬だ。
でも、うーん、なんだか誰かを思い出すような?
知り合い? 顔見知り? 最近会った人? と、しばらく考えて、ぽんと手を打った。
(家政夫氏に似てるんだ)
毛色や身体つきもそうだし、雰囲気もそっくりだ。
凛、と顔と尾を上げて軽やかに闊歩する月毛の馬は、力強くも気品があって惚れ惚れしてしまう。本当に彫像のような美しい姿態だ。きっと風のように走るのだろう、前後の脚の付け根に柔らかくて丈夫そうな筋肉がついている。特に後ろ脚がすごい。鍛えられた筋肉がぱんぱんに張り詰めている。まさしくプリケツだ。
…………いや、家政夫氏のことじゃないから。話の流れ的にそう思っているように感じたかもしれないけど、興味があるのは馬の美尻の方だから、どうか勘違いしないでほしい。彼と私の名誉のために。
「…………」
「い゛ょっ!!?」
パレードリングでは馬を驚かせるような振る舞いは厳禁。
咄嗟に悲鳴を飲み込んだのは私の馬への愛の成せる技だろう。ちょっぴり漏れたけど。
(なっ、ななな、なんでここにいるんですかぁああ!?)
振り返ったそこにいたのは誰ぞあろう、我が家の家政夫氏だった。
けれど、服装がまったく違う。
いつもの動きやすい上下の仕事服はシンプルかつ品のいいブラウンのジャケットとスラックス、白いキャップは黒い帽子になっている。胸元のポケットチーフは三つ折りにして、淡いグリーンのネクタイを締めていた。どこからどう見ても競馬観戦にやってきた紳士の装いだ。
なんだこれ。誰か説明してよ!
何が何やらという感じだけれど、とりあえず、いま私が言うべきことは一つだけ。
がしっ、と太い腕を掴んで……いや本当に太いな!? その柱みたいな腕が入る服はどこで仕立てるんだろう……とにかく、両手で家政夫氏の腕を掴んで、告げる。
「馬はお好きですか? ちょっとお話しできますか?」
隙あらば布教。これ趣味人の常識よ。
込み上げる興奮で顔を歪める私に、家政夫氏はいささか気圧されたような間を置いてから、こっくりと頷いた。
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「知人の馬を見にきました」
「えっどの子ですかこれから推させていただきますね!?」
馬への配慮必須のパレードリングから観客席に移動して、どうしてこんなところにいるのか聞いてみたら、いい意味で聞き捨てならないことを言われた。
「三番の彼です」と答える家政夫氏の視線の先では、第一レースに臨む馬たちが最後のウォーミングアップに入っている。
「あの栗毛の子ですか!?」
えっまじメロいぎゅんかわ! 顔面つよぉ!
名前はカーマインというらしい。カーマイン君か。カー君って呼んでいいカナっ!?
おっといけない、困惑する家政夫氏の「…………」が出てしまった。落ち着かなければ。
「今日は外出すると伺っていましたが、お連れの方はよろしいのですか」
「私一人です」
ぼっちです。いわゆるソロ活です。
次の「………………」はさっきより長かった。
そりゃそうだ。競馬場に二十歳の女が一人で何をやっているんだと思うだろう。
そうして、この話に触れるのは危険だと思ったのか、家政夫氏は話題を放棄した。そして言った。
「馬がお好きですか」
「大っっっっ好きですね!!!」
詐欺られるくらいにね!!!
何を隠そう、私がロマンス詐欺に遭った際の餌が、結婚の約束と牧場経営だったのだ。
だって「将来は家族と馬たちと暮らそう」って言うんだよ? ここで逃げるなんて、私は、私を許せないよ!
しかし恋人と信じていた人は「同じこと考えてた」とは思っていなかったようだ。新居購入のために託したお金を持って逃げ、私は連絡がつかなくなって初めて騙されたことに気付いて、いまに至る。
けれどそこまで家政夫氏に話す気はない。聞かされても困るだけだろう。
「……そうですか」
「そうなんです。……あっ、あの馬!」
さっきパレードリングを歩いていた月毛の子だ。
「似てるなあ、と思いながら見てたんですよ」
あなたに、と言うと、彼はまじまじと月毛の若駒を眺めた後、ちょっと首を傾げて「そうですか」と言った。あまりぴんときていない声だった。このやろう。
その後は、日が落ちるまで競馬場で過ごした。
家政夫氏は何故かずっと一緒にいた。会話らしい会話はなかったけれど、レースを見たり、次のレース前のパレードリングを歩く馬を眺めたり、一試合賭けたりする私と同じことをして過ごした。
「…………」
真面目な家政夫氏は普段賭け事などしないのだろう。自分の買った馬券をじいっと見つめている。
私の馬券はもちろん外れた。うん、これはお布施だから。どうせだったら勝ちたかったとか思ってないから。く、悔しくなんか、ないんだからねっ!
「じゃあ、私はそろそろ帰りますね」
「では、お送りします」
明日のお仕事よろしくお願いします、と続けようとしたら、それより早くそう言われた。
…………え……まさか、家に送り届けるためにずっと一緒にいた、なんてことは……ない、よね……?
いやいやいや、まさか。ははは……そんな本物の騎士みたいな、ねぇ……?
まあ、いいか。なかなかいい休日だったし。うん、そういうことにしよう!
動揺する私は、彼が懐に馬券をしまい込んだことに気付かなかった。
そして、それが的中していたこと、配当金額や、賭けたのがあの月毛の子だったことを知るのは、まだまだ先の話である。




