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第八章‐伝説の臨界点

■第一話―「世界の証言」

 予選から準決勝にかけて、グランアクアドームの空気は一変した。

ミックスゾーン(取材エリア)では、世界各国のメディアが「レガシー・ブルー」の4人をマークしている。かつてはノーマークだった「はみ出し者」達が、今や金メダル候補の筆頭として、ライバル達の口からその名が語られる。

――震撼する世界:ミックスゾーンの証言

◆100m背泳ぎ: 「ハルト・キモトの泳ぎは理解出来ないんだ。いや…なんていうか、変なんだよ。沈まないっていうか…浮いてるんだよ、ずっと」(アメリカ代表選手)

◆100m平泳ぎ: 「カズマ・レイの加速は計算外だ。データ上では勝てるはずなんだ。でも並ぶと…なんか狂う。」(イギリス代表選手)

◆100mバタフライ: 「ヒナタの動きには音楽がある。あいつのペースに入ると終わる。気付いたら自分の泳ぎじゃなくなってる」(ハンガリー代表選手)

◆100m自由形: 「ミナト・ソウマ……あの46秒78はフロック(まぐれ)じゃなかった。ラストの25、見た?あれ…もうレースじゃない。潰しに来てる」(ルーマニア代表/元世界記録保持者)

―――― 準決勝:静かなる覚醒

準決勝のレースを終えた4人は、派手なガッツポーズも見せず、静かにプールサイドを歩いていく。

「……まだ、力みがあるな」

湊がそう呟くと、他の3人も小さく頷いた。準決勝でさえ、彼らにとっては「究極」へ至るためのプロセスの1つ。観客席で見守る滝沢、堂島、一ノ瀬、荒城の4人のコーチ陣も、ストップウォッチをポケットにしまい、鋭い視線を教え子達へ送っている。

翌日から始まる、4つの個人種目決勝、そして最終日のメドレーリレー。

「5つの金メダル」という神話が現実味を帯びる中、アリーナのボルテージは最高潮に達しようとしている。

 ■第二話―男子100メートル背泳ぎ決勝

静寂。

水面に反射する光だけが、揺れている。

「Take your marks...」

 ――号砲。

遥斗のロケットスタートは、水中へと身体を溶かした。

深く、静かに潜る。

肺に満たされた空気が、彼の体を軽くする。

水を掻いているはずなのに、抵抗がない。

――15メートル。浮上。

視界に飛び込んできたのは、天井ではなかった。

蒼い空。

どこまでも突き抜ける、雲ひとつない空。

かつて彼を覆っていた影は、もうそこにはない。

腕が水面を捉えるたび、波は立たない。ただ、流れる。

観客席が息を呑む。

 ――50メートルターン。

「24秒1……!」

滝沢コーチが呟く。日本新記録を大幅に上回るラップタイム。

壁を蹴る。

後半、さらに静かになる。――速い。なのに、音が消えていく。

ラスト15メートル。

隣のレーンが迫る気配。

 ――だが、届かない。

遥斗の周囲だけ、水が凪いでいる。

最後の一掻き。

「タッチ」

水面に顔を出す。

――「1位」

表示された数字を見るより先に、彼は観客席を探した。

滝沢の姿を見つける。

遥斗は、ほんのわずかに笑った。

「コーチ……いい空でした」 

――レガシー・ブルー、1つ目の金メダル。


■第三話―男子100メートル平泳ぎ決勝

静まり返るプール。

怜は、スタート台の上で目を閉じた。

数値。データ。フォーム。

これまで積み上げてきたすべてが、一度だけ頭をよぎる。

 ……消す。

「Take your marks...」

――号砲。

飛び込みは鋭く、重い。一掻き、一蹴り。

抵抗が消える。理論ではない。感覚だ。

本能による爆発的な推進力が生まれる。

50メートルターン。

隣の選手が、わずかに乱れる。――遅い。

怜の中から、計算が消えていく。残ったのは、壁を突き破らんばかりの「青い炎」。

ラスト15メートル。

「来い、怜……!」

観客席で、堂島がかつてない程、声を張り上げる。

平泳ぎ特有の激しい上下運動の中で、彼だけが矢のように水を切り裂く。

 無音。

歓声が、遠い。

指先が壁に触れる。

 ――タッチ。

しばらく、何も聞こえなかった。遅れて、音が戻ってくる。

水面に顔を上げる。

「1位。」

怜は、息を整えながら観客席を見る。堂島と目が合う。

ほんの一瞬だけ、口元が歪む。

「……想定外です」

レガシー・ブルー、2つ目の金メダル。


■第四話―男子100メートルバタフライ決勝

アリーナのざわめきが、波のように広がっていた。

鼓太郎は、それを楽しんでいた。

歓声も、ざわめきも、足音も。全てがリズムになる。

「Take your marks...」

静寂。鼓太郎は指先にまで意識を浸透させる。

 ――号砲。

水面に入った瞬間、音が消える。

一拍、溜める。――打つ。

水が弾ける。次の一撃が、さらに強くなる。

シンコペーション。わざと外す。

外した分だけ、巨大なエネルギーに変わっていく。

50メートルターン。

観客の手拍子が生まれる。

――乗る。

鼓太郎のストロークと、会場の音が重なる。

レースが、音楽になる。

ラスト25メートル。

他の選手が力で押し切ろうとする中、彼だけが“抜く”。

力を抜いて、最後の一撃に全てを込める。

水面を滑る。蝶が舞うように。

 ――タッチ。

水中で拳を握る。

浮上。

表示は、「1位」

鼓太郎は顔を上げて笑った。

「最高だ……!」

観客席に向かって手を振る。一ノ瀬が満足げに拍手を送る。鼓太郎は、誇らしげに3本の指を立てる。

歓声が、爆発する。

 ――3つ目の金。


■第五話―男子100メートル自由形決勝

観客席の熱気が、最高潮に達していた。

湊は、何も考えていなかった。

いや……全部、あった。

今となっては「記憶」はエネルギーに変わっただけだった。

空気が張り詰める。 

「Take your marks...」

――号砲。

誰よりも速く水に入る。弾丸のような加速……!

50メートルターン。――トップでターン。

 ここからだ。

「地響き」を起こすような強靱なキックが水を切り裂いていく。

一蹴りごとに、体が前へ弾ける。

ラスト25メートル。

苦しい。肺が焼ける。それでも止まらない。全部、飲み込んで行く!

歓声も、痛みも、期待も。

ラスト15メートル。

視界が揺れる。加速は止まらない。

もはや美しさではない。湊の凄まじいまでの「生」への執念だった。

――行け。

最後のキック。水が弾ける。

 タッチ!!

顔を上げる。表示された数字。

「1位」―【WR】

湊は何も言わなかった。

ただ、天を仰ぐ。息を吐く。

観客席で荒城が拳を突き上げる。仲間たちの姿が視界に入る。

湊は、ほんの少しだけ笑った。

――4つ目の金。


 ついに「個」としての戦いは全勝で幕を閉じた。

残すは、4人の魂が一つに混ざり合う、最終決戦。

メドレーリレーの金メダル、計「5つの金メダル」へ。

伝説の完成まで、あと一つ。

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