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無双xロジスティクス ~落ちこぼれ部隊?いいえ、最強実践部隊です~  作者: テンチョウ
第四章 ~帰結の門、進発の扉~

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第98話 壺中の夢

 日は傾いていた。

 段昂はいつもの場所に馬を止めようとしたが。

「気にしている場合か?」

 思い直して、騎乗のまま泡易(ホウエキ)の屋敷へと向かった。

 流石にまだ人通りはあるので駆けさせはしなかったが、軽めに抑えたとはいえ、街中を早足でいくのは少々目立った。

 段昂は仕事柄、自然と人目を避ける習慣が身についており。彼からすれば視線を向けられるのは、むず痒くて仕方がなかった。


 途中、小走りでいく男とすれ違ったが。

「おい、あんた!」

 強めで声を掛けられた。

 段昂が馬を止めると男は少し駆け寄り。

「この先で誰かが刃傷(にんじょう)に及んだみたいだ。気を付けな」

 言って段昂の反応を待たず、再び小走りで離れていった。

──くそっ。

 偶然ではあるまい。

 段昂は自身の予感が的中したことを呪った。




 屋敷の前には馬が止められている。

 段昂が駆け付けると、その脇に倒れている男。一見して斬り殺されている。

──連絡の者か。

 泡易の屋敷から、おそらく潘会の元へと情報を伝える役目を負っていると、段昂が(にら)んでいた人物だ。

「この馬に乗ってきたか」

 ならば斬った方は、まだ中にいるのだろう。

 段昂は一瞬、待ち伏せを考えたが。

──そういう事ではない。

 すぐに首を振った。

 馬車でも止まっていたのなら、その考えもあり得たかも知れない。だが状況から相手は一人で来て、独りで帰る割合が高いと思われた。


 半開きの門扉から敷地に入ると、小間使いが背中から斬られた状態で倒れていた。

 生死は不明だが、構ってる暇はない。

 兇刃(きょうじん)を振るうことを(いと)わない者がいるのだ。この泡易のいる屋敷に。

──間に合え!

 段昂は屋敷内を駆けた。

 それでも足音が殆どしないのは、無意識にやってしまう職業的習癖のためであろう。

 結果として、段昂が奥の部屋に辿り着いたとき、その者は彼が来たことに気付かなかった。

──やはりか・・

 兇刃の主は、謳国軍を辞めた元中佐だった。



 段昂は最初、金を手にした元中佐の男が泡易を連れ去る可能性を考えていた。そのためなら、多少強引な手段もとるかも知れないと。事実そうなっている。

 しかしながら、仮にそのような事を計画したとして、単独で実行するには難しく、まして馬車もない。

 時は夕刻、事を済ませ、日が落ちる前に街の外へ出てしまえば追跡する側としたら面倒になるだろう。


 斯様(かよう)な観点から、段昂は、男が泡易の殺害を目的にしてると結論づけた。



 泡易と元中佐の二人は向かい合って座っている。

 男の脇には剣が抜き身のまま置かれていた。

 段昂は彼の斜め後ろを取った形だ。

──躊躇(ちゅうちょ)か?

──いや、惜しくなったのだろう。

 段昂には想像できてしまう。

 元中佐が復讐心に近い感情を持って、ここに乗り込んできたとしても、ひとたび泡易の微笑みを見れば、怨情(えんじょう)の炎すら消えてしまうと──。

──あさましい奴め。

 段昂は思う。


 元中佐の男は、段昂の報告後にその立場を著しく悪くした。軍を辞めたのも、結局のところ、それが原因だろう。その事で、男は泡易のことを恨みに思ってる。

 それはそうとしても。男の恨みは、それこそ逆恨みというやつで、彼は自ずから情報を手土産にしていたのだから、自業自得の果実でしかない。

 泡易さえいなければと斬りに来たが、いざ目の前の彼女を見ると欲がもたげてきた──。


──そのまま夢の中にいろ。

 段昂は短刀を抜くと、音もなく元中佐の背後に迫った。

 その姿は泡易の視界にも入った。

 入ったが──、彼女は視線をそちらへは向けなかった。元中佐の男に、段昂の存在を気取らせぬように配慮したのだ。


 しかし、それがよくなかった。


 泡易は段昂を意識した時点で、ごく僅かながら、それが顔に出た。

 微妙な、変化とも言えない差であったが、中佐の男は見逃さなかった。

 いや──、彼は元より目を離せなかった。

 一時は耽溺(たんでき)するほどに焦がれた女の莞爾(かんじ)とした表情を、一瞬たりとも視線の外に置きたくなかった。泡易との久方振りの再開は、男を異様なほどの執着へ導いていた。

 そんな中、彼女の微笑に生じた誤差は、元中佐にあらぬ誤解をもたらした。


──微笑みに疲れたのか。

 そうならば、いつものつまらないという表情に戻ればいいのに、そのまま微笑を継続しようとしている。

 男はそこに、嘘くささと(あなど)りを感じてしまった。

──媚びれば操れると思っておる。


 悲しいかな、その誤解は真実でもあった。


 泡易の破顔は、詰まるところ虚像であり、その動機は仮面によって籠絡することである。

 中佐の男は、はからずも自得するに至る。

「馬鹿にするなぁ!!」

 男は怒声を発しながら剣を取って振り上げた。


 この豹変は段昂にも慮外で、咄嗟に反応したが手元に狂いが生じた。

 彼の短刀は元中佐の男の首を突き刺したが、瞬殺という成果には届かなかった。

 また男も、体に起きたことよりも、怒りの情念が感覚を支配し、何の障害もないかのように彼を動かした。

 結果、その剣刃は泡易を斬り伏せた。


 段昂には、男の肩越しに、斬られる泡易の顔が見えた。

 それは、彼が今まで知ることのなかった表情で、彼女の困惑を示すものだった。

 泡易が見せた、たまゆらの相好(そうごう)に、段昂は心を奪われた──。


 その所為で彼は遅れた。


 元中佐の男は泡易を斬ると、自身が攻撃を受けた方向に、ほぼ反射で剣を振ったのだ。

 彼は叩き上げの軍人だったのもあり、その肩書きに恥じぬだけの実戦経験を持っていた。すかさずの反撃は、戦場を駆けた者の習性のなせる技であった。

 一方、段昂の本分は諜報であり、けして戦闘員ではない。必要に応じて殺しをすることもあるが、文字通り、後ろから刺すような技に限られた。

 それら経験の差も影響しただろう。

 段昂は熟練の剣技を(かわ)すに至らず、その兇刃を身に受けた。そのまま膝をつき、うずくまる。

 元中佐は二の太刀を放とうと立ち上がったが、足下がふらついた事で追撃を断念。首を押さえ、その場から離れることを選択した。



「あぁ・・くそ・・」

 段昂は自分に未来がないと悟った。

「はぁ・・はぁ・・」

 段昂は最期を泡易の側で迎えたいと考え、這うように彼女の元へ進んだ。

「ハハッ・・馬鹿な男め。これで俺が独り占めだ・・」

 彼は逃げた者を(わら)った。

 なんだかとても気分がいい。

 あざけった訳だけではあるまいが、耳にも心地よく、もう如何(いかん)など何でもよかった。


 段昂は泡易の近くまで来て、彼女の顔をじっくりと見た。

 それは整った顔をした女の、やや不格好な絵だった。

「不細工な面してるな・・」

 段昂は言葉とは裏腹に、心を大いに満たした。

 彼は己の認識と充実感との、ちぐはぐさを自覚し。

「夢の中は・・俺も同じか・・」

 と言った。


 段昂は自分で発した言葉がよく聞こえなかった。

 なら今一度と、試みようとした。

 しかし、もう声を出すのも億劫(おっくう)で、彼は考えるのをやめた。

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