第93話 息継ぎ
あの村は、今や輸送基地のようになり、屋根付きの集積場所も作られていた。
湯国の乱の情勢に動きがあったか、村周辺は反乱側の領域圏からは外れたようだった。
第三輜重隊はそこで荷を積んで、再び呂国を目指す。
「おい。あまり睨んでやるな」
馬豹が百鈴に釘を刺す。
「別に睨んでませんよ」
「顔に出さずとも、お前はわかり易すぎる。村の者が気に入らんのはわかるが、彼らも生きるのに苦労している。長いものに巻かれ、阿るのも、ひとつの知恵だ。お前も、いつまでも世間知らずのイイトコの子ではあるまい」
かつては百鈴たちを売り渡すようなまねをした村だったが、今では輸送隊相手に商売などもしているようで、第三隊にも菓子やら何やら売りつけようとしていた。
たくましく健全な状態とも言えるのだが──。
百鈴としては、そのような豹変に不快感を禁じ得なかった。
馬豹も百鈴の性情はよくわかっていて。
「お前の素朴な熱さは、皆、好んでいるよ」
どこかを眺めながら言葉にした。
「湯戻しって事は、いよいよなんですかね?」
百鈴も拘るつもりはないと示すため話題を変えた。
彼女の言う湯戻しは携帯用に加工した糧食の事だ。特に、そういう言い方があるわけではないが、たぶん意味は通じるだろうという見積もりだ。
「だろうな──。尤も、既に始まっているわけだが」
馬豹も百鈴にあわせる。
後越国の胴州は籠城戦の真っ最中である。
今度の兵糧輸送は、呂の援軍がすぐにでも動くことを意味していた。
「また来るでしょうか?」
「楽しそうに言うな、まったく・・」
謳軍が出てくることを期待した百鈴に馬豹があきれて言う。
それでも少し考えながら。
「あれは呂軍を警戒してる軍だ。先日は部隊を差し向けたが、私達に構い過ぎれば任務を失敗することにもなりかねん。見つけたとして、私が指揮官なら、無視か他の者に丸投げすると思うな」
推測を語ると。
「いやいや、曹長──。負けが認められずに、しつこく絡んでくる奴もいますからね」
百鈴が含蓄深い音で言うので。
「ふむ。しばらく前にもあったような話だな、言葉に重みがある」
あきれと感心を併せた音で馬豹は返した。
それはどこか皮肉めいていたが、百鈴は満足そうであった。
広げられた地図に石が幾つか置かれている。
石は于鏡が説明の際に配置したものだ。
呼延吹はそれを視界の隅に入れながら軽く溜息をつく。
──未練がましいものだ。
己のことだ。
北に配置された軍との打ち合わせに行っていた于鏡が急ぎ戻り。
「例の部隊と思しき一団があらわれました」
そう言って、得た情報を元に、地図上で予測される現在地と進行ルートを指し示したのだ。
皆まで言わずとも理解した。
──双剣の百鈴。
彼女のいる、あの精鋭部隊が来たのだと。
于鏡は呼延吹の思いを知るだけではない。
彼にとっても、かの敵の存在は呼延枹の死に繋がる因縁ある相手である。
戦いに於いては于鏡自身も深手を負い、その事で──。いや、そのせいで掛け替えのない友を失ったと、自らを責めている。
だからであろう。
于鏡の言葉は熱を帯びていた。
それは普段の姿とは、ほんの僅かだけ違っていた。
些細な、些細な違い。
そこに違和感を持ったことで、呼延吹は冷静になれた。
「特佐殿。私は──、この輜重は無視すべきだと考えます」
呼延吹の言に、于鏡はハッとしたようだった。
おそらく彼も冷静さを取り戻しただろうが、それでも呼延吹は言葉を続けた。
「私達は援軍を向けると思われる呂国軍と、城攻めをしている本隊、その二つに注意を払うため此処に陣取っています。北で呂軍とぶつかったなら、それに加勢し。呂軍が警戒を搔い潜って胴州に迫るなら、本隊の援護にまわる。今ここで他の敵に構い、軍を分けるようなことをすれば、不測の事態は勿論、予期されていた事態にすら対応できないおそれがあります。それは任務の失敗でありましょう」
それはしっかりと、自分に言い聞かせるような語りだった。
「はい。まったくその通りかと。私も少し、気が急いていたようです。面目御座いません」
言って于鏡は頭を下げた。
反省の言であったが、于鏡は得心がいった顔つきであった。
「未練がましい」
今度は声に出した。
于鏡の前では無視すると言ったのに、いつまでも忘れられずにウダウダと思考している自分に、呼延吹は毒突くことで前に進もうとした。
「呂はまだ動かないのか・・」
言って。
「ああ──、愚図なものだ」
それは呂に向けられた言葉ではなかった。
呼延吹は、呂軍が来れば、その対処で気が紛れるであろうと期待している自分に気付いて、また我が身を罵ったのだ。
しばらくの間、呼延吹は独り反芻していた。




