第88話 不穏当
馗国から後越国への兵糧の輸送は急ピッチで行われた。
もたらされた情報によると謳国が六千という大軍で後越を攻める計画らしく、今度は籠城戦になると思われ、そうなると荷を運び込むことも難しくなるからだ。
主に臨時に作られた百人規模の輜重隊が、往復ですれ違う事を繰り返して穀物を運んだ。
流石に目立ったのか賊徒が出没したりしたが、規模は小さく、輸送部隊は普通に返り討ちにしていた。
また、湯国反乱側の勢力も、今のところ手出しはしていなかった。
後越への輸送と分かった事で遠慮したのかも知れない。加えて第三輜重隊に、こてんこてんにされたこと、賊を装った華漢率いる後越軍に拠点を潰されたことが影響していると考えられた。
なんにせよ、謳と後越の戦いの第二幕は迫っていた。
先遣隊としての任務を終えた第三輜重隊は、三日の休みを経て、通常の輸送に戻った。
この日は遙か東の礼国からの荷を、西の孟国へと運んで来た。
先の戦いで疲弊した礼国と、周国からの圧力に苦しむ孟国、二つの国が馗国を通して交易を結ぶという過去なかった状況だ。
見方によっては敵と味方の橋渡しをする馗国という構図であり、敵と味方を同時に育てるという奇妙奇天烈な国の姿でもあった。
さりはさりとて、隊員たちは荷車を押すだけである。
国の思惑や策謀など、知ったことではない。
「ハッ!」
方倹が気合いの入った声と共に豪快に振り下ろす。
百鈴はそれを紙一重で躱して踏み込もうとするが。
──これは!?
方倹は振り切った剣をもう一回して、更に踏み込みながら斬り下ろす。前に袁勝に対して華漢が使った二の太刀だ。
あのとき袁勝は低い防御で対処したが、百鈴は前に出る事を選択した。
剣をあわせに行き、相手の勢いを殺さずに自身の後方に力を往なす。即座に斜め前に転がり、勢い余った方倹の後方に位置取る。
方倹もすぐに体勢を落として振り向きざまに。
〔 渓流打ち 〕
スキルを使って低く薙ぎ斬りにゆく。
しかし百鈴はこれを正面から相殺、更に強引に押す。それを方倹は往なそうとするが、百鈴は釣られず、やや崩れた姿勢に付け込み連撃を浴びせる。
防御しつつ少し間合いを取った方倹に、百鈴は鋭く斬り掛かる。彼も先程の百鈴と同じく、攻撃を紙一重で回避するが、今度は百鈴が前進しながら、もう一回転、剣を回す。その際に持ち手を左のそれに直して、左足で踏み込み強烈に振り下ろす。
方倹は低く防御をするが、二撃目の角度を見誤ったことと、百鈴も腰を落とすほどに深く振り下ろしたため構えを崩した。
百鈴はそれを見逃さず、右の片手で突きを放って方倹に当てた。
「流石です──。俺のは真似ただけですが、軍曹は自分の技に落とし込んでますね」
「いや、すぐに薙ぎ斬りに繋げるのは巧いと思ったよ」
「そう言ってもらえると練習した甲斐があります」
言って方倹は笑った。
方倹はこのところ腕を上げた。
いや、彼だけではない。第三輜重隊の隊員たちは、めきめきとその実力を伸ばしている。
原因は百鈴の存在だ。
馬豹、百鈴の強さは、以前から隊員たちの知るところであったが、距離が近いが故に、どこか慣れてしまって、その凄さをしっかりと認識できていなかった。ところが、百鈴が双剣として名を馳せるようになり、彼女を客観的に捉えることで、あらためて力量を理解した。
結果、強者と共に戦い、強者に鍛えられる自分たちにも自信と誇りを持ち、それが更なる向上心という形で出現した。
隊員たちが、より積極性をもって立ち合いを望むようになった事は、百鈴にとっても丁度良かった。
彼女は馬豹から。
「お前ばかりに構っていられん」
と、それまで毎日のように行われていた立ち合いを、十日に一度ぐらいに減らされたのだ。
馬豹には昇進の話が来ていた。
彼女は曹長であるから、国軍の序列では次は少尉となるが、下士官と士官(将校)とでは明確な区別がされており、自動的に出世するということはない。
昇進するためには一応の試験をクリアする必要があった。
馬豹は、そのための勉強で忙しい。
本人はあまり乗り気ではなかったようだが、袁勝に推挙されれば断れない彼女だった。
そういう訳で、若干の手持ち無沙汰であった百鈴にとっては、隊員たちがガンガン挑んでくる姿は、渡りに船だった。
ちなみに、准尉は国軍に於いては武官学校卒者にとりあえず与えられるもので、昇進降格の人事でなることは通常ない。
「やっぱ俺には斬り込んでく方が性に合ってると思うんですがね」
「それを言ったら私もだし・・」
一息ついた方倹の言葉に百鈴が応じる。
二人の会話は隊の指揮に関することだ。
袁勝が少し方針を変えたのか、百鈴にも部隊の半分を任せる事を始めた。これまでの班ごとに都度分かれていた遣り方に加え、馬豹隊、百鈴隊という区分けを作り、いつでもその二隊に分かれて動くことをやり出した。
また方倹にも、馬豹、百鈴がいない場合を想定して、同じく半数を動かす訓練をし出した。
二人とも、指示するより自分で動いた方が早いという思考の持ち主であるため、指揮者というのがなかなか馴染めず、苦戦していた。
「あー、でもそれ曹長の前で言っちゃダメだよ。私の前で大尉の判断にケチを付けるとはイイ度胸だな──、とか言われるから」
ものまね混じりの百鈴の忠告に。
「ええ勿論、心得てます」
したりという顔で返す方倹。
「にしても──、今更ですが輜重隊らしからぬ所ですな、此処は。まぁお陰で、俺としては助かってますが」
「どういうこと?」
「特別任務の手当が結構付きますからね。不穏当な発言だとは思いますが、俺としては毎月にでも、あってくれた方がイイぐらいです」
方倹は言って歯を見せた。
聞いた百鈴は、方倹が所帯持ちなのを思い出して。
「あー、でもそれ奥さんの前で言っちゃダメだよ」
と、勘の良さを発揮して釘を刺した。
「ええ──、そうします」
此度の忠告には、しみじみと方倹は頷いた。
「そういう観点からは、ある意味、朗報だけど。また手当が付く事がありそうだよ」
「また後越ですか?」
「そっちはもうすぐ無理になりそうだから、今度は呂国に直接運ぶんだってさ」
「すると──、呂へは後越から送るって話でしたけど、そっちに回す分を備蓄に当てる気ですか。しかし呂までとなると、結構遠いですね」
「道は、はっきりしてるみたいだから、前よりかはサクサク進むと思うけど。後越の中を通るとき、謳国軍に発見されるおそれもあるらしい」
それは危惧の情報であったが、百鈴の声は、どことなく楽しげな雰囲気があった。
「謳国軍ですか──。なんか軍曹のは不敵な音で聞こえますね」
「あー、うち等としちゃー因縁ある相手だから、というのもあるけど。以前戦ったとき、私はイマイチだったからさ。次は巧くやりたい気持ちがあるかな?」
完全に戦う気満々の百鈴に。
──この人が一番、輜重隊らしからぬな。
思った方倹だった。




