第82話 とぜん
「やはり王の凱旋の方が栄えるのではないですか?」
鍾棋が言うが。
「何をおっしゃる。後越に鍾棋ありと内外に示す、この勝ち戦は絶好の機会ではありませんか。それに、将軍の首に箔を付ける必要があると言ったのは、鍾棋殿ではないですか」
「わし一人だけ目立つのはどうもなぁ・・」
「ハハッ──、王命と思って諦めて下され」
渋る鍾棋に、華漢は笑って返した。
後越軍千五百は、進軍途中であった謳国軍の一つを撃退し、戦捷の軍として今まさに城の門をくぐろうとしていた。
軍が高々と掲げるのは鍾の旗。
知る者は懐かしさと共に、老いても流石、鍾棋と思い。
知らぬ者は、よもや本当に謳国軍を負かしてくるとはと、鍾棋に対して感心と関心を持った。
華漢は自分が近くにいては鍾棋が目立たぬかも知れぬと考え、僅かな供回りだけ連れて、さりげなく隊列から離れ、正面の広場を避けて脇の馬屋などがある方へ向かった。
番の者に馬を預け戻ろうとしたとき、自分たちとは異なる軍装の者達が、壁にもたれるようにして休んでいる姿が目に映った。
華漢は彼らの所まで行くと。
「休んでいるところ悪いが、その格好は、馗国軍の軍装で間違いないかな?」
近くの者に尋ねた。
「ええ、そうですよ」
「おおっ──。では兵糧を運んで来てくれたというわけか」
「はい。穀物の方ですけど」
兵糧は、それそのまま糧食を意味するが、携帯できるように加工した物も兵糧といった。返答の意味は、その曖昧さを回避するためのものだ。
聞いた華漢は忠実な者だと思ったが、それよりも、彼らの軍装に返り血を浴びた痕跡があるのが気になった。既に拭き取ってはあったが、つい最近付着したように見えたのだ。
そこに隊長と思しき男と、その副官だろうか、女が二人やって来た。
「うちの者が何か?」
毛色が違う者が寄れば、多少のいざこざが起こるのが世間であったから、何らかのトラブルが発生したのではないかと考えたのだろう。
「いや──、兵糧の運搬かどうかを確かめていたまでだ」
華漢は応えながら、三人を観察した。
女二人は、他の者らと同じく血で汚れた跡があったが、隊長の男からは全くその気配が感じられなかった。
「一つ聞くが、此方に来るまでの間に何かあったのか?」
華漢は戦闘の有無を問うた。
「湯国の反乱側の勢力と少々。その情報を報告し、今は、こちらの判断を待っているところです」
男はそう答えた。
「なるほどな──。ところで貴公は、その戦闘で何をしていたのか」
華漢がここまで言ったとき。
「待て!」
女の一人が声を出す。
その眼光は獣のように鋭く、放つ威勢は華漢をして圧を感じる程であった。
「貴方が何者かは存じませんが、何者であっても、我等の隊長を侮辱するつもりなら、これ以上の会話を続けるわけにはゆきません」
華漢の装いは王としてのそれではなかったが、並ではないというのも明らかで、供回りもいることから、かなり上位の立場にあると容易に推測できた。にも拘らず、女は怖めず臆せず言葉を放った。
彼女自身は凄みを持っていたが、同時に落ち着いた感じでもあった。
だから華漢達は、圧はあっても危険はないと思った。
問題はもう一方だ。
先の女の言を聞くと、もう一人は、あからさまな殺気を華漢と彼の供達にぶつけてきたのだ。
そのとき感じたものを言い表すなら。
──どの順番で斬り殺すか。
若い女が考えてる事は、それであろうと華漢は思った。
こちらの対処、対応を予測し、それを上回る動きをするための準備をしている。
その認識は供達も同じだったようで、彼らは身構えるとまではいかなかったが、体には相応の緊張が走っていた。
「失礼した──、ただ、どのような者たちなのか知りたいと思っただけだ。無論そこに、返答によっては蔑む可能性がある事は認めよう。だが断じて嗤うために問うたのではない」
華漢は、にわかに生じた戦場の気味を撥ね除けるように堂々と声にした。
「自分は皆の動きを見ていただけです」
隊長の男は意に介した風もなく答えた。
──ほぉ、行儀の良い男というわけでもないのか。
華漢は男の言葉に、どこか反骨の匂いを感じた。それは、華漢の好むところでもあった。
「ならば手持ち無沙汰であったのではないか? 皆、優秀な者達のようだからな」
「まぁ、そうかもしれません」
「実は俺も、殆ど見てるだけをやったばかりで倦んでいたんだ。どうだ、お互い運動不足を補うために、一席、稽古でもしようではないか」
華漢は男を立ち合いに誘った。
華漢には指揮官たる者、自ら先頭に立って進むべしという考えがあり、実際に彼自身それを実行してきた者であった。周囲は王族でありながら前に出て戦う彼のことを、血気ある者と評した。
斯様な華漢であったから、隊長の男の姿を見たとき。
──後ろから指示を出すだけ者か?
という、華漢が、あまり好きではないタイプなのかと考え、はっきりさせたく思い、問いを放った。
それは思いがけない反発を生んだが、華漢としては悪くなかった。むしろ却って、二頭の獣と、その上司である隊長に興味を持った。
剣を交えればわかる、というほど達人でもないが、剣の動きにはその人間の気質出るとの考えもあったから、立ち合うことで好奇心を満たそうとした。
隊長の男は暫し考えたようだったが。
「そうですね。自分でよろしければ、お相手しましょう」
泰然と応えた。




