第77話 無関係!?
第三輜重隊は顔家軍の本拠地まで来ていた。
本日の客は顔家である。
顔家軍は邑を持たず商いで軍を維持しており、税を免除してもらう代わりに国を守る、といった感じの組織だった。
顔家の商売は手広く様々な物を扱っていたが、一番の主力商品は馬であった。
顔家軍は騎馬隊だけの集団だが、その馬の九割以上は自分たちで育てたものであり、彼らは優秀なブリーダー兼トレーナーであった。
ちなみに、以前、雍白が用意した百鈴たちの馬は、顔家から買い付けたものだ。
隊員たちが南から運んで来た荷を下ろし、馬豹と百鈴が検分に立ち合っていると。
「よう馬豹ちゃん。ひさしぶり」
歳の割に軽い感じの男が話しかけてきた。
「どうも」
馬豹は色のない声で返す。
「あれ? 袁勝クンは?」
わざとらしくキョロキョロとしながら言う男。
「大尉なら事務所の方です」
やはり馬豹の返答は淡々としている。
──何者だ、このオッサン。
百鈴は思うが、初対面の人間であるにも関わらず、その胸裏はわかり易く伝わり。
「ああ──、僕はね、顔沖っていうの。一応、ここの偉い人」
男はへらへらと笑いながら自己紹介した。
別に大して知りたくもなかったが、名乗られてしまった以上、なにも返さないわけにもいかず。
「百鈴です」
仕方なく名乗った。
「あー知ってるよ、双剣の百鈴ちゃんでしょ。有名人じゃん。あれ? でも一本しか佩いてないの?」
「はい──。敵から奪った剣で、たまたま二刀流してたのが噂になってるだけです」
顔沖の問いに、馬豹同様、色のない声で答えた。
「ふーん。そういうものか・・」
顔沖は言うと、続けて。
「ところで馬豹ちゃん。そろそろウチに入る気ない?」
「国軍を辞めるつもりはありません」
「ウチ、結構給料いいよ」
「そうですか」
どこまで本気かわからない勧誘をかける顔沖を、感情を込めずにあしらう馬豹。
このやり取りをしている間に袁勝が戻ってきて。
「顔沖殿、引き抜きは軍営を通して頂かなくては困ります」
そう声を掛けた。
「おう袁勝クン、ご苦労様」
顔沖は悪びれる事なく笑顔で応えた。
「こんな所で油を売っていると、また家宰の方に叱られるのではないですか?」
「あー。でも人員確保も大事な仕事だし。大目に見てくれるでしょ」
「馬豹は断ったと思いますが」
「あのね。こーゆーのは何度も頼んで口説き落とすものなの」
「これ以上は軍営に報告し、正式に抗議する事になります」
飄々とした顔沖に、泰然と返す袁勝。
「あー、はいはい──、もうやめますよ。で──、話変わるけどさ。これからそっちの予定、何かある?」
「あとは九門に戻るだけです」
「ならウチで飯くってきなよ。もうすぐ訓練終わりだしさ。そっちの食事は、どーせ兵糧戻すだけでしょ。こっちなら少しはマシな物が出せるよ」
顔沖はそう提案した。
これには袁勝も暫しのあいだ考えたが。
「わかりました。ご厚意を賜りたく思います」
言って頭を下げた。
顔沖は喜色を表し、少し待つように言って、いそいそと何処かへ消えた。
袁勝たち第三輜重隊の隊員は、顔家軍の食堂へと案内された。
既に顔家の兵たちが席に着き食事をしている。
顔沖は袁勝、馬豹、百鈴を自分と同じ卓に着かせようとしたが。
「隊員たちを見る者がいなくなりますから」
と、百鈴は固辞し、そのことで馬豹からジトッとした目を向けられた。
──うまく逃げたな。
馬豹の心の声が聞こえた気がした。
ともあれ、百鈴は普段の任務中はあまり機会のない、普通の食事を堪能した。
食事中。
「あれは前からですよ」
古参の隊員が言うには、馬豹は前々から顔家軍の勧誘を受け、断り続けているという。
──ひょっとして、あの時の話か?
百鈴は以前に立ち聞きしてしまった、馬豹と袁勝の会話を思い出した。
第一線に漠然と憧れていた嘗ての百鈴ならば、馬豹の辞退を理解できなかったかも知れない。
しかし、今、百鈴は馬豹、そして第三輜重隊から離れたくないと考えており、その思いに似たものを、馬豹も同様に抱いているのではないだろうかと想像した。
百鈴にとって馬豹が特別な存在であるように、彼女にとって袁勝が特別なのではないか、できるなら自分もその特別でありたい。そんな風に考えた。
──あとは帰るだけだな。
食事が終わり、ちょっとのんびりしていた百鈴の所へ顔家の人が来て。
「百鈴さんですね。向こうで顔沖と袁勝殿がお呼びになっております」
そう伝え、困惑する百鈴を彼らの卓へ案内した。
「あー悪いね、呼び付けちゃって。あのさ、突然なんだけど──、この男、文翼っていう僕の甥なんだけど。是非ね、百鈴ちゃんと手合わせしてもらいたいんだ」
と、顔沖。
「実はな・・」
袁勝も困った顔で、皆から少し離れて百鈴に説明した。それによると──。
顔沖が食事の席でも諦め悪く馬豹を口説いていると。
「伯父上、輜重隊の者などに胡麻を擂るのはやめてください」
文翼がそう言って諫めた。
どうやら、彼は誘いに見向きもしない馬豹が面白くなかったようだったが、顔沖の方は、その辺りに気が回らないのか。
「いやいや、馬豹ちゃんは騎馬のスキルがあって、明日にでも驃騎兵になれるから」
と、馬豹を持ち上げた。
「スキルがある事と実力がある事は別です。そもそも国軍の騎馬隊にもなれぬ者に、我等顔家の兵が務まるとは思えません。力がある者ならば、とうに頭角をあらわし、噂の一つでもあって然るべきです。私も国軍の騎馬隊とは親しくしておりますが、馬豹殿の名など、これまで聞いたこともありません」
文翼はそのように力説した。
顔沖は少し考える素振りをして。
「能ある鷹は爪を隠すって謂うし、馬豹ちゃんはこの通り控え目だからさ。それに噂なら双剣の百鈴ってのがあるでしょ。百鈴ちゃんは馬豹ちゃんの後輩なんだよ。馬豹ちゃんは百鈴ちゃんよりか、強いでしょ?」
文翼の言葉を否定しつつ、馬豹に確認した。
「まだ豎子に負けるつもりはありません」
馬豹はそう返した。
これに文翼は。
「伯父上の仰ることはわかります。ですが、双剣も独り歩きした話やもしれません」
「いや──。噂がどーとか、文翼が言い出したんじゃない。尾ひれはひれも噂のうちでしょう」
「普通に考えて、それ程の猛者を輜重隊に置いておくはずがないです」
「じゃあ何? 僕の見立てが間違っているっていうの?」
顔沖も不満な音で言うが。
「過去も間違ってきたでしょう。それで自分が目利きだなどと言うおつもりですか!」
文翼も強気に応じる。
そうして、いつしか馬豹の話は何処かへ消え、顔沖に見る目があるかどうかで言い合いになり、その答えとして、文翼と百鈴が騎馬で立ち合うという話になった。
「すみません、隊長。まったく意味がわからないのですが・・」
百鈴が困惑の表情全開で言う。
「尤もだ。すまん──、俺が口論をやめさせれば良かったのだが、変に拗れてしまった。別に、この話は断っていい。寧ろ、本人の口からはっきり言ってもらった方が早いと思ってな」
袁勝も平素見せることのない疲れた顔をしていた。
彼も顔沖の我が儘を往なすのに難儀したのだろう。この様子では正式な抗議すら、どこ吹く風なのかも知れない。
百鈴が、この状況に馬豹はどうしてるかと思い見てみれば、彼女はそ知らぬ顔をして茶を飲んでいた。
──この女、私に押しつける気だな。
百鈴は馬豹の意図を洞察し。
──あとで貸しとして取り立ててやるか。
と、妙にやる気を出した。
そして。
「隊長、私やります。最強を名乗る人達の力も見てみたいですし」
百鈴は不敵に言った。
これを聞いたときの袁勝の顔は驚きに満ちていて。
──隊長もこんな顔するんだ。
と、百鈴は密かにそれを楽しんだ。




