第75話 謳国の対応
謳国は北部最大の国である。
といっても、最初から大きなわけではなく、周囲の国を侵略して版図を広げた。
しかし巨大であるがゆえに維持管理も大変で、特に、同じく大国となった湯国や文国と国境を接する部分は防衛面での負担もあった。
そのため彼らは、辺境地域の一部を緩衝地帯として直接支配はせずに、属国として併呑することでそのコストを節約した。また、やや不平等な取引や軍事的負担を強いて、富を吸い上げていた。
この度、謳国は再度の馗国攻めのために属する国々に出兵を促したが、ここに来て、それを堂々と拒否する国があらわれた。それらの国は、これ以上の負担を強いるならば、独立も辞さないと表明している。
これは謳が小国を従えるようになってからは、前代未聞の事であり、幾つかの点でゆゆしき事態だった。
「他はどうか?」
「今のところ後越と呂の二ヵ国だけです」
喬太后の問いに臣下が答える。
放置すれば、更に追随する国が出るやも知れないとの危惧があったが、現状、あらわれてはいない。
「彼らの反抗の意思はどの程度とみるか?」
喬太后は群臣たちに問う。
「普通に考えるならば、負担を減らすための虚勢かと」
「独立となれば干戈を交えることになりましょうが、彼らには満足な備蓄はなく、此方から流通を止めてしまえば戦う事すら叶いません。それは十分に承知のはずで、後越も呂も、我等に対して文句を言っているのではなく、内向きのアピールではないでしょうか」
「戦力に差がありすぎます。独立を仄めかして良い条件を引き出したいだけでしょう」
「こちらを交渉の卓に着かせるのが目的かと」
「呂はわかりかねますが、後越王の華漢は、血気盛んで知られた男。一戦ぐらいは覚悟しているのではないでしょうか」
「呂の君主、潘会は経験が浅く、まだ若いため、希望的観測に囚われ無謀を行う可能性もあるかと存じます」
種々に意見が出たが、概ね此度の反抗はパフォーマンスであるという見解で、その後の独立も体裁を取り繕う意図であり、戦いは起きても軽微であるとの予測だった。
一言すれば、どこか楽観視する空気がそこにはあった。
しかし喬太后はこれを座視しなかった。
「今、新王が即位し、一丸となって南征しようというときに、時宜に逆らう跳梁を許せば、他の属国に示しが付かず謳国の沽券に関わります。また、弱った馗国に時を与えることにもなり、千載一遇の機会を逃すことになりましょう。そしてそのような事態となれば、幼君は戴くに足りんと、王に反旗を翻す動きが生まれても不思議ではありません」
そう鋭く言い放った。
更に。
「斯様な観点より私は、即刻、後越と呂に最後通告を送り、受け入れぬ場合は、大軍を以て速やかに二ヵ国の君主の首を討つ必要があると考えます──。異論のある者はおるか」
そのように自らの決断を説示した。
その様は喬太后の威勢が衰えてはいないと、多くの者に認知させるのに十分で、その決定に異を唱える者は終ぞ、あらわれなかった。
于鏡は本営にて事務手続きを行っていた。
呼延吹軍に関わる諸々の書類仕事は、于鏡と彼の部下が担当して、本営とのやり取りも一任されていた。
呼延吹にそれらをやらせても時間の無駄でしかなく、彼女という天才は、やはり兵の中にあってこそ活きた。今この瞬間も、自軍の調練に励んでいるはずだ。
「よお、于鏡」
声に反応して顔を向ける。
「段昂か。お前がここにいるとは珍しいな」
「ああ。例の二ヵ国を調べることになりそうで、それで呼び出された」
応えた男、段昂は、于鏡とは古い付き合いで、軍では諜報部に所属している。
「なるほどな──。俺のところにはまだ知らせがないが、お前達が動くなら、軍としての方針は決まったと見るべきか」
「さあな──。ところで、探してた例の部隊だが、東の方にいたようだ」
行方が掴めなかった馗国の謎の精鋭部隊の事だ。
于鏡は、段昂に依頼する形で、彼らの所在を調べていた。
「礼国戦に投入されたか」
「それはわからなかった。ただ、前線基地が萩家軍に襲撃されたときに、そこで敵を追い返す少数精鋭の部隊がいたのを確認している。そしてそこで目立っていたのが二刀流で戦う若い女。その戦いっぷりから双剣の百鈴と謂われているらしい」
「もしや槍と剣を遣ってた女か」
「俺も、たぶんそうだろうと思ってな」
于鏡は何回か頷くと。
「その百鈴という名から、彼らを追えないか?」
「ああ、悪い。こっちの調査にほとんど取られるだろうから。しばらくは無理だな」
段昂は頭を掻くようにして言った。
「そうか、まぁ仕方がない。なんにせよ、あの部隊が存続しているなら、次の戦でも当たる可能性が出てきたという事だ。それがわかっただけでもいい」
于鏡は拘らないと伝えるように言葉にした。
段昂もそれを理解し。
「じゃあそろそろ行くわ。お姫様によろしくな」
そう言い残して立ち去った。
残された于鏡は先程の続きをやりつつも。
──双剣の百鈴か。
この情報を呼延吹に伝えるべきか否か、独り頭を悩ませていた。




