第74話 剛の者たち
──謳が動き出す前に。
熊収は思った。
一難去ってまた一難。またしても起こりそうな合戦の気配は、馗国の軍人が等しく感じるところであり、熊収もそれまでに一段上に自らを高めようと、若干の焦燥を持っていた。
そんな折、対謳国軍を見据えて袁家軍との共同訓練が行われることとなった。
袁家軍は先の防衛戦で戦ったのは勿論、長く馗国北部で激しい死闘を演じてきた経験値があり、謂わば対謳国の専門家だった。
また、堂々と訓練を行い、戦いに備えていると示すことで、謳国にある程度の牽制を与えようという側面もそこにはあった。
熊収たち重騎兵隊は行軍訓練も兼ねて、袁家の邑に向かった。
道中の野営。
熊収は仲間から少し離れ、独り鍛錬をする。
──まだ重い。
彼女は新しくした武器の感触を手に、体に馴染ませていた。
鋼脊槍。
特注したそれに、そう名付けた。柄まで金属であつらえた槍である。重く使い辛いが、その分、叩きつけるような動作からの威力は大きくなると期待した。
言うまでもなく、熊収の脳裏にあるのは斧槍の一撃である。
あれに打ち勝つのは一朝一夕では無理だと理解しているが、黙って手をこまねいている程、熊収は暇ではない。彼女なりの最短最速の対抗策が重い金物の槍だった。
ただ、如何に優秀な熊収とて流石にすぐには使いこなせず、今は慣れるのに忙しくする日々だった。
重騎兵隊は袁家の邑に到着すると、武器を訓練用の棒に持ち替えるだけで、行軍からほとんど休むことなく実戦形式の訓練へと移行した。戦場では移動で疲れたので一休みします、とはいかないので、そういう意味でも実際を想定した演習だった。
袁家軍の歩兵に対して攻撃を仕掛ける体で動き、それを妨害するために来た騎馬隊をどうあしらうか。逆に袁家軍としては敵の突撃をどう往なすか。それを確認するものだった。
熊収は礼国軍ともやった敵騎馬に直接当たる役目を割り当てられた。
袁家軍の騎馬の横槍に、素早く本隊から分離して正面からぶつかり合う。
袁家の先頭、荒々しい気迫に満ちた男、やや払うような突き出しが来る。
──薙刀の動きか。
熊収も棒を合わせて軌道を逸らしつつ、反撃を試みるが、男の力も強く攻撃までは繋げられなかった。しかし後続の騎馬には続けて二騎に攻撃を当てた。
狙うところは防具のある箇所であり、当たる瞬間は寸止めに近い状態にするが、それでもそれなりにダメージのある、互いに怪我を覚悟した上でのやり取りだ。
袁家の騎馬がまた本隊に横槍を入れようとする。
今度は熊収たち別働隊が、相手騎馬の脇腹を突く形になった。
すると敵騎馬は二手に分かれて、一方が熊収たちに向かってくる格好をとった。
果たせる哉、先頭を駆けるのは先程の荒武者だ。熊収と同じく、相手も次こそという気概に満ちているのがわかる。
再び搗ち合う。
〔 双蛇一胆 〕
蛇が飛び掛かるような鋭い突き出し。
──スキルか。
これは受け流すしかないと熊収は判断したが、棒を合わせた刹那。
──もう一撃来る!
そう感じて、瞬時に強引に棒を回して二撃目を打ち払った。
後続を叩き、突き、払って、三騎を倒した形で接触を終えた。
──袁家にもあれ程の猛者がいるか。
萩家軍の斧槍には及ばないが、かなりの手練れであった。
棒であったから巧く捌き切れたが、あれが本物の薙刀であれば、なかり難しかっただろうと熊収は思った。尤も、そのときは彼女も鋼脊槍のはずなので、より攻撃的な対処をとり、勝負の行方はまた別の一局となるだろう。
その後、幾つかの想定パターンでの調練を行い、夕刻前には終了となった。
重騎兵隊は袁家軍と共に移動し、彼らの塞に到着した。
本日はここで休むが、明日以降は夜襲を想定した訓練なども行うことになっているので、次は最終日が終わるまで来ることはない。
その訓練終わりの後には親睦会が催される予定だが、この日は単に食事の提供があるだけだ。
さはさりながら、指揮官クラスともなれば交流を持つ意味で、共に食事を取る場が設けられていて、重騎兵隊を率いる少佐は、その席に何人かの小隊長を伴った。
熊収は重騎兵隊側の末席に座った。
彼女は臨時で少尉になって以来そのままの階級で、先の戦での活躍もあり、追認する形で正式に尉官になっていた。だから、このような席にいても何らおかしくはない。
しかしながら、武官学校卒業から一年程の者であるという事実は変わらず、その若さは袁家軍の指揮官たちからの注目を集めた。
そして注目を集めるという意味では同じく、少し遅れて入って来たのが、あの騎馬隊を率いていた男だった。彼は不惑(四十歳)を過ぎていると思われたが、座ったのは袁家の末席であった。
結果、熊収とは正面から向かい合う形となった。
袁雄。それが男の名で、前袁家当主の兄であり、現当主の伯父だった。
挨拶もそこそこに食事となった。
熊収としては、斯様な重役会議みたいな所での食は進まなかったが、可能なときに腹に入れておかなければ、という軍人気質が働いてノルマのように飲み込んだ。
そんな中──。
「二段目が来ることは知っていたのか?」
袁雄が聞いていた。
一瞬誰にと思ったが、視線が自分に向かっていることから熊収は。
「いえ──。スキルであるのは察したので、あとは咄嗟の勘です」
そう答えた。
「うむ、それであの動きか──。何かスキルを使っていたのか?」
思い起こすようにしてから、また尋ねた。
「いえ──。私のは身体強化ですが、棒ではそれを使うまでもないと判断しました」
熊収は答えた後から、これは誤解を招く言い方かも知れないと危惧したが。
「だろうな」
袁雄も何か納得があったようだ。
しかし彼の隣の者が。
「それは全力を出さなかったという事ですか?」
話に割り込んで来たので。
「いえ──。実戦では重い武器を使いますので、訓練では端から感覚の差があります。そこに強化まで使えば、その差異はより大きくなると考えました。加えて、私は平素、スキルに頼らない戦いを基本と考えており、スキルはあくまで補助的な要素と捉えています」
熊収はそのように説明した。
これに袁雄が反応し。
「スキルに頼らない。そんな事が可能と思うか?」
まっすぐに問うた。
「はい。いえ──、思うではなく、現実にスキルを持たずに戦う者を知っています」
「ほう──、お主程の者がいうのだから強者なのだろうな」
「はい。剣で立ち合えば互角ですが、それは木剣での話。おそらく真剣であれば私以上の遣い手です。馬上の戦いは長らくしていないのでわかりかねますが、錬磨を絶やさぬ者ゆえ、楽な相手ではないかと」
言いようは大層であるが熊収に卑屈さはない。
冷静な分析と同時に、然りとて負けるつもりはないという矜恃が垣間見えた。
「それ程の者がいるのか」
「います」
熊収は真率に返した。
彼女が考え語る、スキル無しの実力者が百鈴であることは言を俟たない。
聞いた袁雄は少し考えるようにして。
「謳国の、呼延の者が率いる一軍を知っているか?」
「精強な部隊であるという話は聞きました」
「うむ。俺も以前遣り合ったことがあるが、どうも指揮官は王の姉である呼延吹らしい。で、そいつが先日の戦いでも出てきて顔家軍とぶつかった。呼延吹は厄介なカウンターのスキルを持つ上に、強力な二段攻撃のスキルも得たようだ。それらを駆使して、顔家軍を散散に翻弄していた」
「スキルを使えば反撃され、使わねば逆に攻撃スキルを受けることになる。そういう事ですか」
「ああ。防御や回避持ちでさえ苦労する相手というから、どうしたものかと思っていたが──。そのスキルを持たぬ者であれば、どのように戦うかと思ってな」
「それはなんとも──。ただ、常にこちらの予測を外してくる者です。巧く相手の手に乗りつつ対処するのではと思います。尤も、私にはその筋道はまったく見えませんが」
熊収はそう返した。
この後も、熊収と袁雄は戦いに関する話を続けた。
歳も立場も性格も、何もかもが違った二人だが、強敵と如何に戦うかという思考のプロセスは通じるものがあり、思いのほか話は弾んだ。
熊収は初めの頃の、やや物憂い気持ちを忘れ、いつしか食事を楽しんでいた。




