第68話 私が守る!
「守兵は三~四百と思われます」
偵察の者が言った。
この守兵とは、単に守りのためにいる者に限らず、炊事や救護、輸送隊なども含めた総数の事だ。実質的な戦闘員は半分もいないかも知れない。
数の上でも、奇襲という点に於いても、兵の構成についても、こちらが有利である。
だが、そんな事はどうでもよかった。
「崔姜を倒した連中はいるのか?」
重要なのはそこだった。
「輜重隊の移動速度から考えて、1~2時間前には到着しているはずですが、今尚基地内にいるかどうかまでは・・」
「長距離を移動して来た部隊です。余程のことがない限り数時間は休息を入れるかと」
「なんにせよ、そろそろ動きませんと発見される恐れがあります」
「いなければ、捕らえた者から聞き出せばよいだけです」
部下たちはそれぞれ言う。
聞いた萩淮は頷くと。
「よし──。これより敵基地を奇襲する!」
そう言葉にした。
百鈴は馬豹と共に馬の世話をしていた。水をあげたり秣を与えたりというやつだ。
彼女たちの乗るものは勿論、鹵獲したものもあるが、それでも二人だけでやった。隊員たちは荷車を押すので疲れていたし、二度の襲撃もあった。彼らを少しでも休ませたかった。
休ませるといえば、馬豹の馬もその必要があった。
崔姜との一騎打ちでは短い間隔で数回のスキルを使用した。当たり前だが騎馬のスキルは馬にも負担が掛かり、疲労も蓄積する。どれほど名馬の類いであってもだ。今、馬豹の馬は、リラックスさせるために鞍も外した状態にしてあった。
「百鈴、もうここはいい。お前も一休みしてこい」
「いや、私より曹長の方が疲れてるでしょう。あんな強敵と戦ったんですから」
「それを言えば皆同じだ。こういうときは先輩を立てて素直に休め」
百鈴としては二人でやった方が早いだろと思ったが、馬豹がこう言うからには、ひょっとしたら一人になりたいのかも知れないと考え、彼女の言葉に従った。
百鈴は隊の皆の所へ戻ると。
──やっぱ、邪魔しちゃ悪かったかな?
そんな風に考えた。馬豹と崔姜の戦いの事だ。
別段、百鈴としても真剣勝負にちゃちゃを入れる気はなかった。ただ──。
「相手の仕掛けるタイミングで介入しろ」
と、袁勝から指示された。
なので、馬豹がスキルを使った間隙を狙うと踏んで、百鈴は仕掛けたのだ。
──少なくとも崔姜には悪い事をしたか・・
馬豹の心中は百鈴には計り知れなかったが、崔姜の気持ちはよく伝わってきた。
彼女は馬豹との戦いを待ち望み、楽しんでいた。
それだけに無粋な行いだったと思えてならなかったが、同時に、そんな事で襲撃されたのでは、たまったもんじゃないとの感情も湧く。
──そう考えると、意趣返しにはなったか。
百鈴は崔姜に同情するのをやめた。
然りとて、勝負に割り込んだのは事実であり、その事に多少の罪悪感はあった。
帰ったら折をみて、馬豹と話してみようかと百鈴は考えた。
そのようなとき──。
ワァッー!!!!!!
百鈴の思考を打ち破る戟塵の音が近づいてきた。
──敵襲!?
それはそうだろう、ここは前線基地でもある。
「第三輜重隊、戦闘準備!」
百鈴は声を張る。
今のこの場には袁勝も馬豹もいない、彼らが来るまでの間に動けるようにしておく──。
そのつもりだったが「はいそうですか」と相手も待つわけではない。敵の騎馬たちは、既に基地内に入り込み、馬上から槍を突き降ろしている。
奇襲してきたのは、またしても萩家軍だ。
──黙って見ているわけにはいかない。
百鈴は思ったが、ここで勝手に動いていいのかと一瞬躊躇った。
すると──。
「軍曹、やりましょう」
「大丈夫です。やれます」
「俺たちも一緒に説教を受けますよ」
隊員たちが声を掛ける。
ここにきても、百鈴の心胆はわかり易かったようだ。
どちらにせよ、ここにとどまってもいられない。既に混乱状態であるため、袁勝、馬豹との合流すら怪しい事態となっている。
「密集隊形!」
百鈴は言って。
「いくぞ!!」
自ら先頭で走り出した。
騎馬隊といえども基地内のような場所で全速を出せるわけではない。勢いはある程度であり、単純な突撃で相手を崩すのには無理があった。彼らは混乱に乗じて立ち回っているに過ぎない。
百鈴たちは、敵騎馬が方向を変えたその機をついて一気に肉薄し、彼らを突き殺した。そして空馬を奪い、百鈴と過去騎馬をやったことのある三名が騎乗し、隊の穂先として敵騎兵に当たる。
百鈴は出会い頭に敵を突き殺し、他三騎も巧く相手を往なして、生じた隙に歩兵たちが襲いかかる。
何度もやった戦いのパターンでもある。
隊員たちも骨身が覚えている動きだ。
敵の歩兵隊も基地内に走り込んできた。
──流石に多勢に無勢か・・
思った百鈴だが、このような思考はいつぶりだったかと、何故だか、おかしな気分になった。
そこに袁勝、馬豹が合流した。
「百鈴、皆もよくやった」
馬豹が言う。
彼女は鹵獲品の馬に乗っている。袁勝も敵から奪ったものに騎乗していた。
「よし。まずは侵入者を叩き出す!」
袁勝は言って。
〔 窮鼠噛獣 〕
「行くぞ!!」
大喝と共に、第三輜重隊は駆け出す。
騎馬も歩兵もまとめて、さながらトンボによって整地される土塊のように、第三隊によって敵は押しのけられた。少し違うのは、残るのは綺麗な更地ではなく、血まみれの躯であったことだ。
にわかに起きた強烈な反攻に萩家軍は慌てた。
彼らは堪らず基地の外に退避した。
基地内の味方はこれで一旦は凌いだと思った。同時に、あとは死闘の防衛戦を行うしかないとの覚悟を持った。
しかし──。
第三輜重隊の勢いはとどまることがない。
彼らは萩家軍を追って外に飛び出し、逃げる敵に容赦なく襲いかかる。
その光景は、敵味方問わず戦慄を覚える激しさであったが、一人冷静にその状況を見つめるものがいた。
──いた! あの女に違いない!
萩淮の視線の先にいる者、恐ろしい槍を振り回す褐色の女。
「馬だ。馬ごと殺せ! 落馬させ、囲み殺す!」
崔姜を倒すほどの者。
まともにやって勝てるとは端から思ってはいない。卑怯でも、卑劣でも構わない。あの女を倒せば敵が討てる。そしてその勢いがあれば、混乱したこの状況も立て直せると萩淮は考えた。
「親衛隊、私に続けぇ!!」
萩淮は叫ぶように言うと馬腹を蹴った。
それに続く親衛隊──。彼らは萩家に仕える家々が離反しないようにとの人質であったが、その若さゆえか、萩淮の崔姜に対する熱い気持ちに感じ入り、おのずから敵討ちに協力せんとした。
萩淮と親衛隊が第三隊の側面を狙って迫った。
──新手か!?
勢いや気迫が異なる一団であったため、百鈴はそう思った。
先頭を駆けてくる者。
──あれが指揮官だ。
第三隊は矛先をその敵に向けた。
──このまま正面からぶつかって打ち倒せる。
百鈴はそう考えたが、何かがおかしい。
──この感じは・・
知っている。同じ覚悟を持ったことがある。
「敵は捨て身です!」
百鈴は叫んだ。
だが、自分で言った先から少し違うという気がしてる。それが何だかわからぬまま両軍は搗ち合った。
百鈴の前に敵が来るが、仕掛けてこない。
──視線がおかしい。
思った矢先、敵は強引に方向を変えて馬豹に向かって襲いかかった。それは百鈴の眼前の者だけではなかった。敵の一団すべて馬豹を標的にしているようであった。
いや、彼女ではない、彼女の乗る馬が狙いだ。
自身に向かう攻撃は、その達人の槍を以て全て打ち消す馬豹であったが、流石に馬に集中するそれまでは防ぎきれなかった。
槍を身に受け、馬は激しく乱れ、足を折るように倒れた。
馬豹も放り出されるような形で落ちた。
そこに待っていたとばかりに敵が群がる。
──!?
百鈴は少し横にそれると、馬を急反転さえる。
馬はバランスを崩しながらも滑るようにして方向を変えた。そしてすぐさま馬豹に向かって駆ける。騎馬のスキルには遠く及ばないが、理屈はわかっていた。ぶっつけ本番だが、うまくいった。
「やらせるかぁぁぁぁ!!!」
百鈴は槍の持ち手を変え、馬豹に迫る敵に向かって全力で投げる。
それはまっすぐに飛び、敵兵の首を貫いた。
その寸劇は萩家軍の動きを一瞬止めた。
百鈴はその虚を突いて敵を蹴散らしつつ、馬から飛び降り、その勢いのまま敵を切り倒す。即座に相手の剣を抜いて二刀流で周囲の敵を切り刻む。
鋭い槍の突き出しは大きく往なし、迫り来る斬撃は相殺し、反対から来る攻撃は小手の金属を巧く合わせて凌ぐ。細かい突きをかいくぐり、手を軽く斬る。押し込む者には微かな重心移動でその力を逃がし、体勢の崩れたとこを滑り抜けるように斬る。
百鈴は持てる全てを出した。
──馬豹は私が守る!
その一念は、百鈴を更なる高みに押し上げた。
しかしそれでも無欠の存在ではない。そこに害意が迫るが──。
〔 抑梟扶雀 〕
「百鈴!」
袁勝も勢いのまま馬から飛び降り、フォローに入る。
「曹長を!」
百鈴が言うが、既に隊員たちによって救出されている。
「方倹、隊を動かせ!」
「ハイ!!」
「百鈴、この落とし前をつけるぞ!」
袁勝の声がいつもとは少し異なった。百鈴はそれに彼の静かな怒りを感じ取った。
「はあぁぁぁあ!!」
袁勝が気合いと共に敵に斬り込む。
百鈴もそれに続く。
袁勝が直線の動きで敵を強引に蹂躙し、百鈴は舞うように相手を翻弄した。
そして隊員たちが確実に頭数を潰していく。
──一騎当千とでも言うのか!?
萩家軍の兵は、もう逃げるというそれしか選択肢が浮かばなかった。
潰走である。
三倍以上の兵力を以て基地を落とせないばかりか、たかだか四十の兵によって一軍がズタボロにされる有様を見れば、当然の帰結であった。
「追撃!!!」
いつになく気合いの入った霹靂の一声であった。
「了解!」
それに応える、同じく熱い声。
「曹長!」
百鈴は思わず驚喜の声を上げた。
馬豹は再び馬に乗っていた。そして──。
「続けぇぇえ!」
言って三騎の騎馬を引き連れて駆け出した。
馬豹が狙う者、それは萩家軍の指揮官だ。
彼女には確信がある、敵は自分を討ちに来たと。自惚れではない、崔姜とは異なるが、それでも根本はどこか同質の殺気を感じていた。
だからこそ、自分が行く必要がある。教えてやらねばならない。
「私はここだぁぁ!」
馬豹の絶叫が聞こえたわけではあるまいが、指揮官を囲む五~六騎が一斉に馬豹に方向を変えた。討ち取るというより、足止めのつもりだろう。
それでもやや数が多いのは、討ちたいという欲があるからだ。
──それでいい。
馬豹は敵とぶつかる直前。
〔 脱兎捉爪 〕
馬豹は方向を変え敵騎馬を大きく回り込むように高速で駆けた。
そしてそのまま指揮官の前方を遮る動きを見せる。それを妨害しようと護衛の騎馬が迫るが。
〔 威馬進燕 〕
馬豹は方向を急に変えてそれを躱す。
しかし、指揮官には届かない。
敵はそう思った。
それこそが馬豹の意図したことであった。
指揮官以下の意識が馬豹に釘付けになったことで生まれた、僅かな虚。
そこに第三輜重隊の三騎の騎兵が食らい付く。
敵も気付いたが、それは遅きに失した。
二人が周りの者を抑え、一人が背後から萩家軍の指揮官の体を貫いた。
この日、馗国軍の基地は萩家軍の奇襲を受けた。
基地の兵には二百名以上の死傷者が出たが、戦闘の末、萩家軍は退散した。
萩家の犠牲は四百近くに及んで、その中には萩家当主、萩淮と思われる人物がいた。




