第63話 百川帰海
謳国軍と馗国軍との戦いはあまり芳しくない。
顔家軍が登場したことで、呼延吹軍がその対処に追われ、当初あった戦力差がなくなっているのだ。
呼延吹としても何とか馗国軍攻めに加わりたいが、そのためには、厄介な顔家軍を片付けてしまいたかった。その意思は敵も同じく持っているようで、顔家軍も本隊には目もくれず、ひたすら呼延吹との戦闘を続けた。
「相手は馬を休ませる頃合いのようです。こちらも休息しましょう」
于鏡が言って呼延吹軍は一旦退く。
騎馬隊は強力だが、いつまでも走ってはいられない。適宜休みを取らなければ、肝心なときに駆けられなくなる。いかに馬を休ませるかが騎馬の肯綮と謂われるほど、騎兵にとって大切な事であった。
呼延吹軍の八割は歩兵であるが、騎馬の相手は大変で、やはり休息は必要だった。
──一手たりない。
戦闘を振り返り、呼延吹は思った。
手前味噌だが、騎馬の動き、歩兵との連携、どちらも申し分ないと呼延吹は考えている。馗国最強を自称する顔家軍と互角の戦いをしているのも事実だ。将軍や大佐たちは、よくやっていると褒めてくれる。
さはさりながら、呼延吹は勝ち筋を見つけられずにいる。
このような展開に持ち込めば此方のもの、という勝利のパターンともいうべき、自分の形が掴めないままに戦っているのだ。
原因の一つとして考えられるのが、敵がスキルを使わなくなってきたことだ。
──流石に見抜かれたか。
呼延吹は自身の反撃スキルを使い、ぶつかり合う度に敵を討ち落としていたので、相手もいい加減警戒しだしたということだ。
その結果、それまであった圧している気配がなくなり、逆に振り回される感が強くなってきた。
──騎馬での競り合いで勝たなければ、軍としての勝ちもない。
そしてそのためには、指揮官である自分が敵を討つ必要があると考えた。味方を鼓舞し、敵を威圧する、そのような姿を見せてこそ軍は力を発揮する。
「呼延吹様、顔家軍が動きました」
報告に。
「出撃する!」
素早く返し、馬に駆け乗る。
顔家軍は二隊、三隊に分かれ、巧みに波状で攻めてくる。それに合わせてこっちも分けると、各個撃破のような形に持って行かれる。
おそらくは、それが彼らの戦闘の型なのだろう。
それを何度も仕掛けられている。
今は、相手の土俵で戦っている状態だった。
「呼延吹様、ここは騎馬は温存しましょう」
于鏡が提案する。
「歩兵だけで戦うのですか?」
「残念ですが、騎馬戦に関しては相手に一日の長があるようです。ですが、歩兵だけに戦わせるわけではありません。いざというとき一歩多く駆けるため、敵よりも動かぬ事で、力を溜めるのです」
「特佐殿の言いたいことはわかります。しかし、歩兵がまともに騎馬と当たれば、その戦いは苛烈にならざるを得ないはずです」
「御尤も。ですので、被害を最小に抑えるため、私が歩兵の指揮を受け持ちます。呼延吹様は、ただ機を逃さぬ事だけをお考え下さい」
于鏡も、戦いの流れを変えなければと考えた。
それには、呼延吹が持つ天性の勝負勘を以て穿つしかないと見たが、そのための隙を作り出すには、自分が敵を引き付けるほかないと于鏡は思い至った。
「わかりました。気を付けて下さい」
呼延吹の言葉に。
「ご心配なく──。お前達は私に代わり、呼延吹様をお守りしろ」
穏やかに返すと、部下に下知を出して于鏡は騎馬隊から離れた。
「閻炎!」
于鏡が呼ぶ。
「はい──」
しっかりとはしているが、覇気は感じさせない独特の声が返ってくる。
「敵は私を狙ってくるだろう。それなりにあしらうので、お前の小隊が奴らを討て!」
「はい──」
こちらの気合いに反して鈍い調子の返答に、肩透かしのような感覚を覚えるが、閻炎がこうなのは今に始まった話ではないので、指摘しても仕方がない。
于鏡は拘らずに他の小隊にも次々に指示を出す。
顔家軍の騎馬隊は二手に分かれて攻め寄せてくる。得意の波状攻撃だろう。
敵の片方が突っ込んでくる。
歩兵たちの陣形はそれで大いに乱れた。
──不本意だが、崩れることを厭ってはいられん。
無理に抗えば却って被害が大きくなると、于鏡は判断した。だから乱れるつもりで乱れ、崩れる腹積もりで崩れた。敵としては攻撃は通るものの、暖簾に腕おしたような物足りなさがあるはずだ。
それを幾度か繰り返す。
──次第に手応えに対する渇望が湧いてくる。
──うまく行けばいくほど、成果が欲しくなるのが人情だ。
于鏡は敵が間怠っこさに焦れるのを待った。
何度目かの波状攻撃の第一波、味方がかなり崩れた。そこを狙い、二波目が、更にこじ開けるように付け込んで来る。
歩兵たちが蹴散らされる。
騎馬隊の目途は指揮官である于鏡だ。
──望むところだ。
「行くぞ!!」
于鏡は声を張った。
敵の鋭い攻撃が迫る。攻撃スキルだろう。
──なめるな!
〔 一遂四剣 〕
ガンッ!ガンッ!ガンッ!
于鏡は連続して迫り来る騎馬隊の攻撃をギリギリで受け流していく。
彼のスキルは手首を使った、文字通りの小手先の剣技である。
しかし、敵を倒すほどの力はなく、立ち合いに於いてもほとんど役に立たない。間合いや重心移動で、どうとでも、あしらわれてしまうのだ。
ハズレを引いたようで落ち込んだが、呼延枹が活路を見つけてくれた。
『馬上なら手首の動きだけでも十分通用する。攻撃が難しいなら防御に徹すればいい。自分スキルを信じろ。自分を疑う者に、未来は切り開けない』
友の言葉を糧として于鏡は修練を積んだ。結果、回避や防御のスキルに比肩するまでに、己がスキルを磨き上げた。
彼が馬上ではやや不利な剣を遣い続けるのには、こういう理由があったのだ。
──あれに比べれば、大した攻撃ではない。
于鏡が比較対象とするもの、それは謎の精鋭部隊の騎兵。
騎馬のスキルを使い、稲妻のような攻撃を仕掛けてきた──。自分の肩を穿った、あの雷神の槍を思えば、心持ちに自然とゆとりが生まれてくるというもの。
于鏡に集中した敵の虚を突いて、閻炎たちが襲いかかる。
顔家軍の騎兵はそれで不意に乱れ、まずいと思った指揮官は、すぐさま離脱を選択した。
だがそれを待ち構える者がいる。
呼延吹だ。
彼女は歩兵から離れた敵騎馬に脱兎の勢いで襲いかかった。
当然敵も振り切りにいくが、呼延吹たちの馬の方に活力がある。距離を詰め、背後から敵を追い落とす。
顔家軍もそれを看過することなく、もう一方の部隊が、反対に呼延吹たちを落とすべく横から迫る。
ここで呼延吹は部隊を分けて追撃を続けさせながら、自分は向かってくる方と正面から搗ち合う格好を取った。
何度となくやったぶつかり合い。互いに見知ったような関係だ。
そんなとき──。
──!?
呼延吹に変化が起きた。
両軍が馳せ違う。
〔 龍吟轟返 〕
騎馬を率いる者に、呼延吹の凄まじい突きが放たれる。
相手はそれに合わせつつも、咄嗟に身をかがめて回避しようとする。それは巧くいき、呼延吹の攻撃は届かなかったかに思えた。
しかし──。
放たれた突きは一度伸びると瞬時に引き戻され、加えて払うような動きを見せた。
呼延吹の武器は鉤鎌槍。
槍の尖った穂先の他に、鉤状になった鎌のような部分がある。刹那、その鎌が、背後から敵の指揮官の首を掻き切った。
呼延吹は戦闘のさなかレベル20に到達していた。
そこからは呼延吹軍の時間だった。
騎馬が激しく当たり、崩れたところに容赦なく歩兵たちが襲いかかる。
正面から向き合えば、呼延吹が、攻撃とカウンターの二択で迫り、相手はスキルを使えば反撃され、使わなければ鉤鎌槍による表裏一体の攻撃の餌食となった。
不利を悟ったか、顔家軍は呼延吹たちから間隔を取り、この日はそれ以上仕掛けてくる事はなかった。
呼延吹軍の戦果は大きく、五十騎を落とし、手傷を負わせたのは多数に及んだ。
また、空馬を幾つか捕らえ、それで騎馬を編制。
呼延吹が構想した、騎馬百、歩兵四百の一軍はここに来て完成へと至った。
この一戦を終えて──。
明日より合戦の流れが変わると、呼延吹始め、謳国軍の誰もが強く期待を抱いたのだった。




