第62話 鶴立企佇
夜中に襲撃部隊の一つが逃げ帰ってきた。
指揮官は死に、兵達は深手を負った者が多く、無傷の者は皆無であった。
崔姜は。
──やはり口先だけの者だった。
そう思った──。死んだ指揮官は、利いた風に言っていた、あの男だ。
流石に、このような結果になるとは考えていなかったが、それでも、さもあらんという心境だった。
──にしても、逃げずに反抗し、あまつさえ返り討ちにするとは・・
崔姜は味方を退けた敵の輸送隊が気になり、帰還した兵に事情を聞いたところ、そもそも今回の襲撃が、えらく遠くまで行っての事だったとわかった。
崔姜達は、震門から前線基地へ送られる物資の強奪が任務となっている。
時間やルートは様々だろうが、必然的に範囲は、ある程度限定されていた。
ところが死んだ指揮官は、なぜかそこから大きく外れ、まるで目的地が決まっているかのように進んだという。そこから荷車の跡を見つけて追い、襲撃を行った。
──もしや、先日の書き付けを当てにしたか?
輸送計画が記された真偽不明の物。あれを参考にして動いたなら説明がつく。
──では、あれは本物だったということか?
崔姜がそのように思考しているとき、彼女の耳が、聞き捨てならない音を拾った。
「双剣の奴がやばかった・・」
兵の一人がそのように呟いた。
双剣、それには聞き覚えがあった。崔姜が九門の国軍軍営を訪ねていたとき、二刀流で戦う強者がいるという噂があった。しかし実際に見た者はなく、崔姜としても話半分として聞き流していた。
──あの噂の双剣か? たしか・・
崔姜は記憶を探り──、そして目を見開いた。
──双剣の百鈴。
──百鈴とは、馬豹の後輩の、あの百鈴のことではないのか!?
もちろん同名の別人という事もあるが──。
崔姜が思い出す百鈴の立ち合いは、変幻自在の剣。
──あの器用さならば、二刀流も可能なのではないのか・・
──それ以前に、噂になる程の力量を持つ者がそうそういるとは思えん。
──ましてや同じ名など・・
「おい、お前!」
崔姜は双剣を呟いた兵士に詰め寄り。
「その双剣は女で、他にも槍を遣う褐色の女がいなかったか!?」
激しく興奮した音で問うた。
兵士はそれに驚き、気圧されながらも。
「はい、若い女でした。それにもう一人、女がいました」
そう答え。
「自分も見ました。確かに褐色の、恐ろしい槍を遣う女がいました」
他の者も言う。
聞いた崔姜は確信した。
──間違いない、馬豹だ!
それから崔姜は、兵達から詳しい場所などを聞き、自分の部隊に明朝の出撃を告げて寝に就いた。
高ぶる感覚があったが、思いのほか、すんなりと眠気が来た。
──待っていろよ。
そう思ったときには、彼女は夢の中にいた。
「西より二千三百の軍が急速に接近しております」
偵察の兵から報告が入る。
「やはりな──。萩家軍があるせいで、補給の方は手抜きされたか」
養嘉はそう言葉にした。
「南は全軍を動かしたようですが、それと守備兵を合わせると四千の軍になりますぞ」
部下が言う。
この少し前に、南から千の兵が移動して来ているのも確認していた。礼国軍は、春国との国境に配した兵を全て引き上げて、此方に当てるつもりらしい。
「うむ。半分は残すと思ったが、それだけ春国が侮られているという証左であろう。だが、却ってこちらの思惑通りでもある。あとは陛下の手紙で事はなるだろう」
養嘉は片目を瞑りながら軽く握った拳を顎に当てて語った。彼が考え事をするときは、大概、この格好をとっていた。
「それで、我等はどのようにいたしますか?」
「予定通り、もたもたと逃げる」
「はぁ・・」
「ハハハッ──、心配するな。相手も強行軍だ、戦闘になってもそう長くは戦えまいて」
部下の不安を打ち消すように明るく笑う養嘉。
そして。
「全軍に通達、これより包囲をやめ、進路を北に取る」
そう命じた。
養嘉の指示の通り、文国軍はのそのそと包囲を解き、のろのろと移動を始めた。
これは孔丘の守兵は勿論、西から急行していた軍勢もすぐに知ることとなった。
軍を率いていた大佐の女は。
「我等は孔丘に入り、南からの軍と合流してから再度対処を考える」
と、文国軍を追わず、一旦態勢を立て直すことを考えていた。
しかし、孔丘から早馬がやってきて勅命という形で追撃の指示がきた。国土を侵した賊を、逃がさず打ち倒せというのだ。
「なにが勅命だ。高官どもが好き勝手やってくれる」
大佐は不満を言う。
普通の指示であれば、現場の判断としてそれを拒否する事もできたが、国王直々の命令ならば従わざるを得ない。尤も実際は彼女が言ったように、それは形ばかりで、王は決定されたものを認めているだけだ。
大佐が不平であるのは、何も指図されたからというわけではない。
今率いている軍のうち二千は、国境付近の兵で構成される。彼女自身は文国側にいる千を警戒する任に当たっていたが、首都が三千の兵に包囲されたというので、途中、侵攻軍の予備兵と合流し、強行軍を辞さずに駆けてきたのだ。
南から来る千の軍も同様のはずで、合流するのには休息を取るという意味合いもあるのだ。
それを休まずに敵を追えいうのだから、憤懣やるかたないのも仕方のない話であった。
では何故、孔丘の高官たちが、そのような指示を出すに至ったかというと。彼らはここ数日の文国軍の動きにほとほと疲れていたのだ。
文国軍には孔丘を落とすつもりはなかったが、養嘉は常にその演技をし続けた。昼夜を問わず、何処かから潜入しようとしたのだ。見つけた守兵が矢を放ち、文国側も同じく射返すなどして、双方にそれなりの負傷者が出た。
しかし数に圧倒的な差がある以上、戦力が減ることのストレスは大きく、高官達は胃に穴の空く思いであった。
今、それから漸く解放され、これまでの鬱憤を晴らすべく、逃がしてなるものかという思いに駆られた結果、追討の決定がなされた。
──全力で逃げられれば追いつけんかも知れん。
当初、大佐はそのように見ていたが。
「なに!? まだそんな所にいるのか」
偵察の情報で文国軍の位置を知ると、そう言葉にした。
部下たちも。
「こちらが一旦休止すると見ているのではないでしょうか?」
「追ってこないと高を括っているか」
「ならば先回りして、連中の退路を断つのはいかがでしょうか。そうしているうちに孔丘の兵と、南の軍も追いついてくるはずです。そうなれば、こちらも一息付くことができます」
「総勢四千による挟撃であれば、三千の軍とて恐るるに足らずであります」
これを好機と捉え、それまであった僅かな厭戦の気分を忘れ、文国軍との戦闘に意欲を持って発言した。
大佐も概ね部下達に同意するところであった。
彼女としても文国にはしてやられたという思いがあった。補給線を狙ってる振りをして首都を囲むとは、全く予想だにしていなかった。
──しかし、真の狙いは外れた。
文国がこれほど大胆な作戦をとったのは馗国を救うためだ。
首都を落とす気があったかどうかは定かではないが、この事態を看過できるはずもないと判断したのだろう。孔丘を囲むことで、六千の軍を引き上げさせようという魂胆だ。
──囲礼救馗の計。
それこそが文国が狙っていた作戦だと大佐は勿論、馗国侵攻を指揮している将軍も洞察した。ゆえに彼らは引くことなく馗国攻めを続けている。
ただ、あまり悠長にしてもいられないのも事実であり、本当に首都が落とされるわけにはいかないのだ。だからこそ無理を押して行軍してきた。
「よし! ただで帰れると思われてもシャクだ。我等が国の名に恥じぬよう、しっかりと御礼をさせてもらおう」
大佐はそのように言って、部下たちも歯を見せた。
礼国軍は文国軍を抜き去るようにして、その進路に割り込んだ。




