第61話 玉石
礼国軍の動きが若干慌ただしかった。
少し前までは守りを固めた此方に対して、じっくりと攻めてくる形で、戦局は、やや膠着状態であった。ところが今は、合戦開始直後のような積極性をもって攻めてきている。
──文国の介入がうまく行ったのか?
熊収はそう考えた。尤も、正確な情報は入ってきてないので、ただの推測だ。
文国が礼国の補給を狙っているのは知られていたが、その本気度には懐疑的な見方がされていて、馗国国軍もあてには全くしていなかった。
数日前に、千の兵が動いたという話があったが、結果がどうなったか、現在どうなのか、わからない。
それでもタイミング的に、敵軍の変化と合致するので、多少なりとも影響は与えたのではないかと、熊収は思ったのだ。
かといって、馗国が有利になったわけではない。
数は相手の方が上で、果敢に攻められれば、そのぶん味方の負担は大きくなる。最前線の兵は輪番で休みながら戦っているが、寡兵は常にそのサイクルが過密であった。
ただ敵が積極的な分、重騎兵としては突撃の隙が見つけやすいという側面があった。
もちろん相手も座して見過ごすことはしない。騎馬隊での妨害は毎回のように起きていた。その場合、熊収の指揮下の小隊は、敵騎馬と直接戦うことが多かった。彼女の戦闘力は、超一線級が集められた重騎兵隊の中でも突出していたからだ。
「礼国の騎兵か・・」
熊収は呟く。
と同時に、どこか安心する自分に腹が立つ。
熊収の脳裏にいるのは、あの斧槍の女。本格的な合戦が始まり、萩家軍が裏切ったすぐ後に戦った相手。
──槍の堅さで助かっただけだ。
今にしてそう思う。
あのとき槍を折られていたら、斧槍の直撃を受け無事では済まなかったはずだ。技術も力も負けていた。
熊収は、戦闘から時間が経てば経つほど、あの戦いに恐怖を感じるようになった。
本隊から分離した熊収たちが、敵騎馬隊と正面からぶつかり合う。
〔 錠除利剣 〕
両隊が馳せ違う間、熊収は立て続けに三騎を落とした。
「流石ですね、隊長」
敵から離れたあと、同隊の者がそう声を掛けた。
「大した相手ではなかっただけだ」
聞いた者は謙遜として捉えたが、熊収としては本心からの言葉であった。
──もっと鋭くなければならない。
再び相見えるときまでには、勝てずとも、競り負けないだけの力量を得なければならない。
熊収は強者の影に脅えながら、その残像と、実戦の中で戦い続けた。
これから夕餉を、今まさに食べようとしているときに奇襲を受けた。
「ふざけんな!」
百鈴は言って走りながら剣を抜く。
槍を取るとか、馬に乗るとか、そんな暇はない。
〔 窮鼠噛獣 〕
袁勝のスキルが発動する。しかし感覚の上昇はそれ程ないように思える。
百鈴は、敵も、ほぼ同数と見た。
軍装は萩家軍の物だ。
隊員たちは言われるまでもなく班ごとにまとまり、連携して敵に当たる。
百鈴は一瞬、自分の立ち回りを迷ったが。
「私と来い、百鈴!」
馬豹に言われ、彼女と共に敵に斬り込んだ。
馬豹が右に行けば左をカバーし、左を向けば右を受け持つ。表裏一体の動きを以て敵を屠っていく。
敵も二人を手強いと見たか、三騎の騎馬が槍を伸ばして突っ込んでくる。
討ち取るつもりではない。二人を分断する意図だ。
馬豹、百鈴も、それに抗わず別々に逃れるが、待ち構えていたように歩兵達が襲いかかる。
二人の連携は消えた。
だからといって、それで百鈴たちが弱くなるわけではない。独りなら独りなりの戦い方というものがあったし、普段から多数を相手にする事には慣れている。
動揺は彼女たちに一切なく、寧ろ、望むところという気迫に満ちていた。
加えて、こと百鈴に関して言えば──。
食事を邪魔された事で怒り心頭であり、元来怒りを闘争心に変換するタイプの人間であるから、敵対する者にとっては、いつも以上に厄介な存在となっていた。
百里は突き出された槍をギリギリまで引き付けて大きく往なす。怒りついでに思い出した尚史のスキルを真似たものだ。
そして崩れた敵の脇を抜けるように、低く薙ぎ斬る。これは方倹から学んだ。
休まず次の敵の間合いに瞬時に入り、高めの構えから一気に斬り下ろす。そこを狙って横からくる攻撃を片手で防いで、切った相手の剣を抜いて持ち、敵の懐に入り込んで突き殺した。
そのまま両手に持った二本の剣を遣い、派手に動いて足を斬り、腕を斬り、敵の中を縦横に駆け進む。
それを止めようと騎馬が襲いかかるが、突き降ろされた槍を受け流すと同時に、騎兵の腿を強引に抉り刺す。そしてまた次々に敵を斬りに行く。
百鈴にトドメを刺す気はさらさらない。
彼女が暴れ、乱し、斬りまくった後は、隊員たちが烈火の如く襲いかかって息の根を止めた。
一方、馬豹は倒した敵から槍を奪うと、例によって達人の技を見せ、一切の無駄なく敵を躯に変えた。
更に敵の指揮官と思しき騎馬に自ら向かい、どちらが騎兵かわからん勢いで、相手を突き落とした。
これで敵は逃げに転じたが、このとき袁勝は追撃を命じなかった。また戦闘後、普段やる防具の回収はせずに、武器と馬、指揮官の持ち物だけを集めるにとどめた。
まもなく日没であったのと、今回の任務が前線基地への補給物資の運搬であった事をなどを考慮した判断と思われた。そして──。
「野営場所を変更する」
と、第三輜重隊は日が完全に落ちるまでの間、移動した。
奇襲を受けた後であるからか火は使わず、当然湯もないので、再開されたこの日の食事は硬い兵糧をかじるだけとなってしまった。
──萩家軍、許すまじ・・
彼らが国を裏切っても、さして感慨を持たなかったくせに──。食い物の恨みではしっかりと敵意を抱く、現金な百鈴であった。




