第56話 荒武者
瀬踏みのような軽い接触が何度かあった。
互いに嗾けた騎馬隊と防御する歩兵、または騎馬同士の牽制のような展開だ。本格的なぶつかり合いに向けての前哨戦であったが、それなりに被害は出ていた。
それはこの戦いが、もう引くことのできない状態であることを示していた。
明日明後日にも決戦が始まる。
そんな予感を皆が持っていたとき、その話は出た。
「萩家は礼国につく!」
当主、萩淮は萩家軍の軍議でそう言った。
──なるほど。違和感の正体はこれか・・
崔姜はようやく理解に到達した。
彼女は、急にできた親衛隊の存在が解せなかったが、武官を抑える、首輪をはめるという観点に立てば、間違いなく効果的だった。
家々から跡継ぎ達を集めた理由、それは──。
──ただの人質だ。
裏切れば、お前達の子供がどうなってもという、お世辞にも君主の所行とは思えぬ蛮行だが、今の萩家と萩淮を考えれば、さもあらんといったところ。
「ハハッ──、これは確かに萩淮殿を守っている。人質の集団に親衛隊などと名前を付けるとは、皮肉が効いているとは思いませんか?」
崔姜は笑って隣の者に賛同を求めたが、相手は引きつった顔をしていた。
彼女は別段、声高に言ったわけではなかったが、笑い声など似つかわしくない空気だったので、結果的に目立ってしまった。
当然、萩淮も崔姜に目を付けた。
「崔姜よ。お主は何か意見があるのか?」
聞いたが──。その声は冷え切ったもので、周囲の人間は緊張で肌が粟立った。
「意見? そんなものはありません」
「では、私と共に戦ってくれるのか?」
萩淮の問いに。
「同隊という意味でしたら辞退したいですが、国軍と戦うという意味でしたら、吝かでないです」
崔姜は言ってのける。
お前のお守りをする気は無いという意思表示に、また周囲は凍り付いた。
しかしこれに萩淮は、あいかわらず冷たい声だったが。
「それは頼もしいな」
とだけ返した。
──ほぉ、意外に手懐けておるのか?
居攸は思った。
彼は親衛隊を考え、萩家の武官達を掌握しようと画策したが、萩家最強の兵である崔姜に関しては、どのような手立てを講じればいいかわからなかった。彼女は長く萩家に仕える者であるが、家自体は末端の出で、己が武芸だけで伸し上がってきた人物だったからだ。
仮に崔姜が反対や離反をしようなら、見せしめを兼ねて殺すしかないと考えていた。最強の駒がなくなるのは惜しいが、仕方のないことだと思っていたのだ。
だが居攸の予想に反して、崔姜は萩家の行く末などには興味がなさそうであった。
そして、これも予想外だったが、萩淮もそんな崔姜の事を理解していたようであった。
二人の関係性は居攸のあずかり知らぬ事であったが。
──なんにせよ、手間が省けて良かったわ。
ひとつ懸念が消えて安堵した。
──しかし。やはり蛮人の思考は理解できん・・
居攸は崔姜の関心がなんなのか想像しようとしたが、これといって浮かばなかった。
ともあれ──。
この会議を経て、萩家軍は馗国に反旗を翻すことになった。
熊収は馬の横でじっと待っていた。
彼女のいる重騎兵隊は、戦場を縦横無尽に駆けるということはない。戦場に於いてはタイミングを計って待機することが多く、馬の体力を温存するため、移動さえも基本は下馬した状態で行われていた。
もちろん敵に突っ込めば、それを粉砕し、弾き飛ばす勢いで進むことになるが、あまり長くは走れないため、ここぞという場面のみの疾走であった。
合戦は払暁より始まり、今、全面的な押し合いに発展したところだ。
ある意味、均衡の取れている状態であり、このような局面で重騎兵が出る事はない。
押し込んだり、押し込まれたり、もしくはより激しくぶつかり合ったり、軍勢の力が集中するそのときこそ彼らの出番である。圧倒的な突破力で穿つことで、敵は自らバランスを崩すことになる。それは重心の掛かった足を払うようなもので、そこからの立て直しは難しく、味方もそれを許しはしない。文字通り戦局に一穴をあける部隊が、重騎兵だった。
熊収は現在、少尉として小隊を率いている。
以前、代行役として臨時でなったままである。それは礼国との合戦の気配があり続けたというのは勿論だが、熊収が指揮者としても論を俟たない優秀者であったからだ。
彼女とて逸る気持ちはあったが、率いる立場になったからには先に立つ必要があると考え、努めて泰然としていた。
──もうしばらくは一進一退を繰り返すだろうな。
熊収は思った。
その見通しは彼女だけでなく、多くの国軍の指揮者達も同様のものを持っていた。
しかし、そうはならなかった──。
ワァッーと、あらぬ方向から喊声が来た。
──敵に別働隊がいたのか!?
皆が最初に思ったのがそれである。
──どうやって近づいたんだ?
次に疑問が生じた。
発見されずに、よくこの戦場まで移動できたと不思議だったのだ。
その問いの答えはすぐに明らかとなった。
側面から味方に襲いかかる軍勢、その旗印は──。
「萩家軍だと!?」
熊収も、最早ただ待っているわけにはいかなくなった。
「騎乗!」
重騎兵全隊としては、まだ指示がなかったが、それを鶴首するほど熊収は間抜けではない。
他の小隊も熊収の隊に続いて騎乗した。
この時点で熊収の小隊は言うに及ばず、他の隊員も、彼女を頭一つ抜けた指揮者だと認識した。それは中隊を預かる者も同じだったようで。
「伝令。熊収少尉は三小隊を率いて動くようにとのことです」
彼女に複数の小隊の臨時指揮権を与えた。
「了解です」
現状の戦局は──。
拮抗した押し合いのさなか、馗国軍が萩家軍の裏切りにより側面を崩され、正面からも礼国に大きく押し込まれる展開になっている。このままでは潰走は必至であり、重騎兵隊としては、味方の二正面状態を緩和するため、礼国か萩家のどちらかを叩く必要があった。
礼国は六千、萩家は千、とすれば、叩きやすい方から先に叩くのが常道。
重騎兵隊は、ゆっくりと萩家軍へ向けて進み出した。
すぐにでも加速したいところであるが、彼らは機動性よりも攻撃力に割り振った部隊であるから、危機的状況であっても──、いや、だからこそ、力の出しどきを見計らう必要があった。
重騎兵隊は萩家の脇を突く位置を取った。
が、そこに萩家軍の騎馬隊が妨害にやって来る。重騎兵は軽騎兵とぶつかっても十分力を示すが、牽制するだけの相手には追い縋ることは難しく、厄介だった。
「熊収少尉、萩家の騎馬を抑えよとの指示です」
「了解!」
素早く熊収たちは全隊から離れ、二小隊を以て敵騎馬の進路を妨害、熊収率いる小隊が直接相手を叩く展開に持ち込んだ。
敵も割り切ったのか、正面からの搗ち合いを選択したようだ。
熊収隊と敵がぶつかり合う。
敵がよく見える。
先頭は、斧槍をもった女──、並の者ではない。
熊収は一目で、これまで戦ってきた者の中で最強の存在だと洞観した。
──出し惜しんでいたら死ぬ!
そう思い。
〔 錠除利剣 〕
スキルで肢体のリミッターを外す。
互いに肉薄する。
目が合う。
──笑っているのか。
〔 針立雷 〕
敵は不敵な笑みと共に斧槍を突き出す。
熊収の槍と合わさる。が、相手の方が若干強い。熊収はやや押し負ける形となった。
次の刹那──。
〔 針立雷 〕
敵は瞬時に斧槍を振り上げると、即座にそれを叩き下ろした。
クンッ──!
熊収は咄嗟に槍の柄でそれを受け止める。凄まじい衝撃だ。体勢が崩れたが、なんとか持ちこたえた。
両隊のぶつかり合いは、味方が敵を幾つか落としたようだ。
馳せ違った後、二隊は離れた。
「金飾りがなければ折られていた・・」
熊収は自身の槍を見て呟いた。
彼女の槍の柄には部分的に金属が巻いてあり、一応強度をあげるという意味であったが、ほとんど飾りとしてしか機能していなかった。それが本来の役目を果たし、彼女を守る働きをした。
それでも、金属は少し切れてしまっていたので、ギリギリのところといえた。
──スキルを使っていて正解だった。
でなければ、やられていた。
それは熊収にもよくわかった。それ程の敵だ。
──もう一合やるには厳しい相手だな。
熊収は苦戦を覚悟したが。
時を同じくして、重騎兵の本隊が萩家軍に突入し、彼らを大いに崩した。それに乗じて国軍も立て直し、不利な状況ながら、守りを固めて踏みとどまることができた。
重騎兵たちは合流し、再び機を窺う形になった。
だが、これという時には、やはり騎馬の妨害が入り逆転の芽は悉く摘まれた。
国軍はじわじわと押され続け、日が落ち、両勢力が引くまでの間に、千以上の犠牲が出た。
国軍は戦線の維持を諦め、前線基地を放棄し、その後方に新たに陣を敷いた。
この日の合戦は、馗国軍の負けであった。




