第53話 狩り
日の高いうちから野営となった。
場所は予定通りであったが、時間は随分と早かった。
第三輜重隊は文国との国境で荷をやり取りして、そこから南下し、南東の春国との国境を目指していた。
通常、他国間の交易品は一度軍営の確認を通すものだったが、現在は戦時体制ということで手続きの幾つかは省略され、輜重隊毎に後で報告処理するだけとなっていた。
そのせいで寄り道せずに行けるというのもあったが、隊員たちの力が増しているのか、行軍速度は自然と速くなり、袁勝もあえてそれを抑えようとはしなかったため想定よりも前に到着したのだ。
現地に先乗りしても、結局翌日まで商人を待つことになるため、風雨を凌ぎやすい場所で野営をした方がいいだろうという判断だった。
方倹は隊長に願い出て、隊の半数と、近くの森へ行くことの許可を取り付けた。
狩りをして獣肉を手に入れようというのだ。
「伍長、弓がないですけど大丈夫ですか?」
一緒に行くことになった者が言う。尤もな指摘だ。
「ああ、問題ない。軍曹の戦いを見て思いついた方法がある」
方倹はそう答えた。
彼は投げ槍で獲物を仕留めようというのだ。ただ、普通に投げてもそうそう当たりはしないので工夫は必要になる。
隊員たちは荷車に使う縄や、雨よけの布を使い、あちこちに通行不能と思わせる壁を作った。布はそのまま張って固定するだけだが、縄は木と木に渡してそこに枝葉やつる草などをからめ、一見茂みに見えるようにした。進路を限定して、目標を誘導しようというのだ。
作業が終わると、実際に槍を投げてみて、上手だった者が仕留め役となった。
方倹は、まあまあだったが、彼にはスキルがあるためそれを使えばよいと、仕留める側にまわった。
追い込む役たちが方々に散って、方倹たちはそれを静かに待った。
待っている間、方倹は馬豹の新たなスキルの動きを思い出していた。
──勢いを利用した滑るような回転・・
方倹に騎馬のスキルは無いし、馬に乗ることもない。それでも想起してしまうのは、自分の戦いでも、何か似た動きができるんじゃないかと感じるからだ。
──軍曹の影響かな?
百鈴は意匠惨憺の人だと方倹は見ている。
スキルの無い不利を帳消しにするほどの工夫と努力。それは既にある強さから想像できるのは勿論のこと。立ち合いや実戦を経た後の彼女は、次の機会には、その経験を自らの剣に取り込んでいることからも明らかだった。
方倹も百鈴と立ち合いスキルを放ったが、次の立ち合いでは、自分のスキルに酷似した動きをとる彼女に大いに驚いた。
その視点から彼女を観察すると、馬豹のような強者は言うに及ばず、稽古を付けているはずの隊員たちからでさえ、なにがしかを吸収しているようであった。
──以前は、単に天稟と思ったが・・
現在の方倹は、百鈴の強さは、その研鑽によって成っていると結論付けていた。
ならば、自分にもと方倹は考えた。
百鈴のようにとまではゆかずとも、取り込める動きはあるはずだと。
そうしているうちに騒がしさが伝わって来た。
「鹿だ!」
誰がの声。
方倹も視界にとらえ、すぐさま槍を放った。
彼のは外れてしまったが、一本イイのが入って、いずれ死に至ると思われた。
──逃げられると面倒だ。
鹿にあまり未来は残されていないが、それでもしばらくは動けそうであったから、遠くに行かれると探すのが大変だと方倹は考えた。
彼はそのまえに仕留めようと、鹿の進路に横入りする格好で駆けた。
──スキルを使えばやれる!
そんなとき。
「気を付けろ! 何か行ったぞ!」
声が聞こえる。
聞こえたが、方倹の眼前には手負いの鹿がいるのだ、それどころではなかった。
──よし、いける!
そう思い、剣に手を掛けたときだった。
方倹の斜め後ろから、猛然と迫り来る物体──。
──イノシシだと!?
この勢いがついた状態ではよけたりはしない。方倹は、猪は自分を弾き飛ばすつもりで駆け抜けるだろうと判断した。
──ならば!
方倹はこの場面にて標的を変えた。
彼の頭の中には、騎馬が滑るように回転した絵がある。あれを再現すると決めた。
──!!
〔 渓流打ち 〕
方倹のスキルは、素早く低い体勢での横薙ぎから相手の側面にまわり込む技である。
彼は振り向きざまの抜剣と同時に使うことで、急旋回での飛び出しを実現した。
方倹は迫り来る突進を紙一重で躱しつつ、一気に薙ぎ斬った。
猪は暫し勢いのまま駆けたが、ほどなくして崩れるように倒れた。
だが、その間に鹿は何処かへ行ってしまった。
「やりましたね、伍長」
隊員たちが言う。
それは猪を仕留めたことを言ってるのであるが、方倹はその言葉を、剣技の階梯を一段のぼったのだという自覚と共に噛みしめた。
「鹿はどうしますか?」
「血を辿っていけば見つかるんじゃないか?」
「では二手に分かれよう」
そのように話は進み。猪の血抜きをする者と、鹿を探す者とに分かれることになった。
と、そこへ──。
六騎の騎馬が駆けてきた。
その軍装は、国軍の物ではなかった。輜重隊の者達はよく知らぬようだったが、方倹は歩兵隊時代に何度か目にしていた。
騎馬の集団は方倹らの所まで来ると、馬から下りもせずに。
「おい。その猪は、我等が追い込んだ物だ。渡してもらおうか」
そう言い放った。
これに隊員たちは憤った。
「これは俺たちが仕留めた物だ!」
至極当然な異議である。
「それは関係ない。元は我等が追っていたものだ。我等が追い立てねば、うぬらが仕留めることもなかった」
などと、上から目線で返してくる。
その驕慢な態度は、一種の権威めいた圧力があり、平素そのようなものと無縁の輜重隊員は、それに気圧された感じになった。
しかし──。
「ふん! 萩家軍はどこでも無駄に偉そうだな」
方倹は強気に返した。
隊員たちは、それに戸惑ったが、方倹は構わず続ける。
「追い込んだと言うが、何処へだ? 俺たちはずっと同じ場所で待ち構えていたのだぞ。先に誰もおらぬのに、追い込む馬鹿がいるか? 尤もらしく言ってるが、単に逃がしただけであろう。それを自分たちの物のように宣って、恥ずかしい連中だ!」
と、言ってのけた。
方倹は過去に何度か萩家軍と接触したことがあり、その時も尊大な態度であったから、歩兵隊との間で一悶着おきていた。彼は萩家軍を見たときから、その見下した振る舞いを予測できており、どうせ何か因縁を付けてくると思っていたのだ。
これに騎馬たちは激昂した。
「貴様、萩家軍を侮辱する気か!」
「侮辱も何も、ありのままの姿を言葉にしただけだが?」
方倹も煽る。
すると、一番偉いと思しき男が。
「行儀の悪い奴だ。お前の所属と名前を聞こうか?」
そのように言った。
「ふん! 国軍兵站部運搬科第三輜重隊、方倹伍長だ!」
方倹は尚も強気である。彼は続けて。
「偉そうなお前の名も聞こうか?」
そう言った。
「ハッ──。荷物運びの連中に名乗るなどない」
「ああ──。まぁ聞かずともわかるがな、萩家の人間であろう」
方倹は相手の装備の意匠から、普通の幹部などではないと見抜いていた。
「上行下効とは良く言ったものよ。上に立つ人間が愚かでは、下の者までそれに毒される。こうなると、萩家軍が落ち目と揶揄されるのも時間の問題だろうな」
方倹はあえて先々の話としたが、現実、既に謂われている謗りであった。
「貴様ぁぁあ!!」
騎馬の何人かが剣を抜いた。
これには隊員たちも咄嗟に身構えた。
事態は一触即発の様相を呈した。
静まりかえった両者の所へ、馬蹄と幾つかの足音が近づいてきた。
歩兵を数人引き連れてた男がやって来る。
彼は萩家の人間に近づくと。
「如何されたのです?」
そう問うた。
「なに。この無礼者らを手打ちにしようとしていたのだ」
萩家の男はそう言ってのける。
方倹は、見るからに文官そうな男に対して。
「少しは話のわかりそうなのが来たな。俺から説明するが、こいつらときたら、俺たちが取った猪を自分の物だと言いやがるんだ。何とかしてくれまいか」
あきれた音を入れて言った。
それに騎馬たちはいきり立ったが。
文官はじっと方倹の目を見てから──。
「泡易さんが萩淮様をお捜しです。お早くお戻りになりますよう・・」
耳打ちするように言った。そして、萩淮が何か返す前に。
「あまり待たせぬ方がよろしいかと思います。この者らとは、私が話を付けますゆえ・・」
そう言葉を被せた。
これに少し考える素振りをした萩淮だったが。
「わかった──。居攸、あとは任せた」
言って、五騎と共に駆け去った。
居攸という男は馬を下りると、方倹に慇懃に礼をして。
「うちの者が大変ご無礼を働きました」
と、頭を下げた。
先程までの者達とのギャップに、隊員たちはみな驚いた。
居攸は。
「私共としても、是非に獲物が欲しいところでありまして、つきましては此方の猪を買い取らせては頂けないでしょうか?」
そのように言った。
方倹としても居攸という男が、話を丸く収めようとしているのはわかり。彼は隊員たちを見回して、どうであろうかと目で問うた。
隊員たちも言葉ではなく、目と頷きで返した。
「頭を上げてくれ。その申し出は受けよう」
方倹が言って、猪は譲渡されることとなった。
萩家軍の歩兵たちは手際よく猪を棒に括り、それを担ぐようにして運んだ。
居攸は最後にもう一度頭を下げ、彼らは森の向こうに消えた。
「伍長が喧嘩を売るみたいになったから、焦りましたよ」
隊員の一人が言う。
「悪かった──。前いた隊でも揉めたことがあってな、ついムキになってしまった」
方倹はみなに謝った。
「まぁ、あの態度なら、さもありなんって感じですね」
隊員たちも萩家軍の評判の悪さを想像した。
方倹は濁った空気を入れ換えるように。
「さて、本命の鹿の方を探しに行くか」
ことさら明るく言った。
その後、彼らは動けなくなった鹿を発見し、とどめを刺した。
軽く血を抜いたのち腸を取り除いて、萩家軍がやったように担ぎ、ついでに香草なども採ってから帰還した。
方倹は袁勝に森でのことを報告し、受け取った金子を渡した。
袁勝は萩家軍について少し考えていたようだったが。
「これで皆の分け前も増える」
そう穏やかに返し、それ以上は何も言わなかった。
ともあれ。
この日、第三輜重隊の夕餉は、これまでにない豪華なものとなった。




