第51話 玉昆金友
「痛み分けといったところです」
「よい。これで謳の馬鹿どもも、少しは横を気にするようになるだろう」
養嘉は大佐からの報告にそう返した。
「私は陛下の所へ行ってくる。お前は引き続き奴らの注意を引け。ああ──、もうぶつかる必要はないぞ。訓練がてら姿を見せるだけで十分だ」
「了解です」
大佐の返事に頷くと、養嘉は軍営を出て供回りと馬に乗って王宮へ向かった。
養静は本日分の仕事を終わらせ、庭で一息入れていた。
挽きたてで淹れた豆茶の、良い香りが辺りを満たしている。そこへ──。
「陛下。養嘉将軍がお見えです」
近習が言う。
「丁度良い。将軍の分も用意せよ」
「かしこまりました」
省略したが通せという意味で、近習の者はそれを理解した。
ほどなくして養嘉があらわれ、慇懃に礼をしてから席に着いた。
自分の前にも運ばれた豆茶を見て。
「兄上は、本当にこれが好きですね」
養嘉は言った。
「疲れた頭には心地よいだろう」
養静も返す。
「そうですが、私には効き過ぎるのか、小便が近くなっていけませぬ」
「なんだ。年寄りみたいな事を言う」
「そうですか?」
「そうよ。部下の前では、そんな話はするんじゃないぞ」
「あー。気を付けます」
養嘉は頭を掻き、続けて。
「作戦は、ほぼ成功。多少の損害は出ましたが、我等の旗幟はしっかりと伝わったと思われます」
と、言った。
「そうか──。これで馗国との関係も元に戻るであろう」
「はい。兄上の好きなこれも、また入って来るでしょう」
「別に、それが目的ではないぞ」
「そうですか?」
「そうよ」
養静は言って笑った。
この二人の兄弟、養静と養嘉は文国の王と将軍である。
北の三大国、西から湯、謳、文は、北部の覇権をめぐって互いに同じように敵意を向けてきた歴史があるが、こと南の馗国への対応は、それぞれで異なった。
湯国は友好したり敵対したりを繰り返し、謳国は常に侵略的、文国は一貫して馗国の側に付くといった感じだった。
しかし文国で乱が起き、政情が不安定になったことで、馗国との関係がとどこおってしまった。
今、養静と養嘉によって乱は鎮まり、文国は馗国との関係を修復しようとした。
自分たちは以前と変わらず馗国に味方する者だと、謳国と一戦交えることで態度として鮮明にし、言葉以上に意思を伝えることを考えたのだ。
二人の会話は、それに関するものである。
「将軍、礼国の方はどうなったかな?」
「近々大きく仕掛けると見て、間違いないかと──」
養嘉の言葉に。
「愚かな連中だ」
養静は言って首を振った。
一呼吸あけて。
「謳も礼も、馗国を取れば、その財が手に入ると思っておる。まぁ少しは旨みがあるだろうが、それは一時腹を満たすだけの行為だ。後に残るのは馗国ではなくなった不毛の地よ。かの国の財は土地にあらず、国そのものの姿勢だ。日毎定刻通りに荷を運び、金を回し、人を動かす。そのような真似、他のどこの国ができるというのか。青く見える庭を手に入れても、手入れができなければ枯らしてしまうだけだ」
そのように語った。
「謳国は属国を抱えてますから、まだましですが。礼国は春国との差がなくなりつつあり、焦っているのでしょう」
養嘉は礼国の侵攻の動機について言った。
一時期は、礼国が春国を属国化するのではというほど力の差があったが、もう過去の話という認識だった。当然、そうなってしまったのには馗国への対応が関係している。春国は馗国との交易によって国力を高めていったのだ。
「仕掛けた場合、どうするべきかな?」
養静が弟に意見を求める。
「単に馗国に恩を売るということもできますが、もうひと工夫の余地があると感じています」
養嘉が考えをめぐらせながら言うと。
「おーこわいこわい。養嘉将軍の奇略がまた出てきそうだな」
養静はそうおどけて見せた。
「局面に応じた方の機略であれば否定しません」
「どちらとて同じよ。虚を突くのだからな」
「そうですか?」
「そうよ」
先の乱にて、養嘉はその軍略の才を発揮し、養静を大いに助けた実績があった。
「なんにせよ、軍を動かすことになるでしょう」
養嘉が言うと。
「まぁそちらの方は将軍にまかせる」
養静も返して茶を口に運んだ。
養嘉もそれに倣う。
兄弟は暫し、ゆったりとした時間を過ごした。




