第50話 心証
「土産が届いているぞ」
馬豹が言った。
なんの比喩かと思ったら、文字通り百鈴が孟国に置いてきた土産物だった。
「これどうしたんですか?」
「どうもこうも──、そんなの送ってくる人間は限られてるだろうが」
百鈴の問いにあきれた様に答える馬豹。
輸送基地を管理し、百鈴たち第三輜重隊の素性を知る人物。
「王女様が!? 私のために態態!」
百鈴が感動しかけてるところに。
「あー、態態ではないな。どちらかと言えば、事のついでだろう」
そう言うと、付いてこいと百鈴を外に誘った。
二人が馬屋に行くと、そこには孟国で乗っていた駿馬がいた。
「馬を届けてくれたんだ」
百鈴が言うと。
「ああ──。まぁ、これもついでの一つだろうがな」
馬豹が応じる。
じゃあ何がメインなのかと百鈴が目で訴えると。
「待ち伏せされていた件についてだ」
言って馬豹は続ける。
「情報漏洩は間違いない。で、その入手経路だが、死んだ太子の所に馗国から手紙が届いていたらしく、それに輸送計画が書かれていたようだ。ここで問題なのは、その手紙に使われていた状袋が、国軍の物だったというんだ」
ここまで言って、百鈴にも、馬豹が馬屋に連れてきた理由がわかった。
人が出入りする兵営では、いつぞやの百鈴みたく立ち聞きされる可能性を考慮したのだろう。
「それって間諜とは違いますよね? なんだろう、味方を売るみたいな感じですね」
「ああ。本営が事務所荒しにあったときに、情報を抜かれたと考えられている」
「犯人はわからずじまいのやつですね」
「そうだ。だが今回、実際の手紙が届けられたみたいだから、そこから探れないかという動きになってるらしい」
「だとすると──。そのお手紙が主役で送られてきたって事ですか」
「そういうことだ」
なるほどと納得した百鈴だったが、馬はともかく、土産まで届けてくれるのは、やはり雍白なりの思いやりだろうと解釈した。
「今にして思うと、意外にイイ人でしたね」
百鈴が言う。雍白のことだ。
馬豹としては、いささか賛同しかねる意見だった。
彼女は、太子が殺された件は勿論、その前の周国軍との戦闘に関すること、溯って二派の対立構造からして、どこか腑に落ちない感覚がしていた。
最終的に太子派は我田引水の徒とされたが、実際、雍白派も交易を独占するという真似をしているわけで、そこにはそれなりの金が落ちたと、馬豹は見ていた。
馬豹も、雍白は真実国を念う者であったと考える。
だが同時に、名状しがたい酷薄さを感じるところもあり、それも王族という生き物の姿であると割り切っても、正直、好きにはなれなかった。
然りとて、あえて百鈴の雍白像を壊す必要もないと。
「かもな──」
とだけ返した。
──また、あの女といるのか。
遠目から萩淮を見て、崔姜は思った。
別段、彼が誰といちゃつこうが知ったことではなかったが──。
崔姜は、あの笑わない女、泡易に対して言いようのない嫌悪感を感じていた。
理由を考えても、何がどうしてかはわからず、崔姜はまるで自分が悋気を起こしているみたいで、それもまた不快であった。
不快ついでをいえば、いつの頃からか萩淮の側に侍るようになった居攸という男からも、説明できない厭さを崔姜は感じていた。
その居攸の発案らしいが、萩淮の親衛隊をつくるのだという。
まぁそれ自体は好きにすれば良いという気がするが、崔姜が引っかかるのは、その隊員は萩家に仕える武官の子供らで構成するという点である。
無論、子供といっても童子のことではない。次代の家を継ぐ者だったり、その候補である者達のことだ。
彼らが集められるのは、同じく萩家に仕える者達として、より親睦を深める機会を設けるという事になっていた。
──家どうしの結束を高めるのは結構だが・・
これにも崔姜は、言葉にできない違和感があった。
崔姜としては、気に入らぬ事が多かったが、彼女はどこか、それも自分のせいではないかと感じているところがあった。
彼女は幼き頃より武芸に秀でており、それを買われて、同じく幼い萩淮の稽古相手を務めていた。
大人たちは、二人が切磋し合って成長する様を期待したのだろうが、実際はそのように素敵なことにはならず、崔姜の圧倒的な才能の前に萩淮が劣等感を感じる日々が訪れた。
もちろん崔姜とて、自慢気に振る舞ったりしたわけではない。萩淮に合わせて、彼の成長を助けるべく、適宜努力した。
しかしどういうわけか、却って萩淮は卑屈になり、仕舞いには稽古をサボるようになってしまった。
振り返ってみると、萩淮が人を遠ざけるようになった、最初の切っ掛けが自分なのではないか。
崔姜はそんな事を考えていたのだ。
こんな事が頭に浮かぶのは、先日、九門の国軍を訪ねた折。
練兵場にて、若い二人の立ち合いを見たからだろうと、崔姜は結論づけた。
静と動、質と文、剛と柔、何とたとえたものか、正反対の性質をもつ二つの才能が互いに研磨し高め合う姿は、崔姜をして憧憬を抱かざるを得ない輝きがあった。
そして自分と似たような事を考えている者も見た──。
褐色の肌に獣のような瞳をもった女。
一見して、これは自分に比肩する力があると崔姜は悟った。彼女は思わず。
──立ち合いに誘おうか・・
とも考えたぐらいであった。
崔姜は萩家軍最強の兵であったため、満足な稽古相手もおらず、やや倦んでいたのだ。
崔姜は、名も知れぬ強者との立ち合いを想像し、暫し間、自らの屈託を慰めた。




