第48話 伯仲
──また強くなったか!?
熊収は思った。
鋭い突きが向かってくる。
──これはフェイントだ。
熊収の回避を誘って、踏み込みながらの強烈な振り下ろしが来る。
彼女は咄嗟に膝の力を抜いて重心を前に移動させる。その僅かな勢いを利用して逆に間合いを詰め、斬撃が十割になる前に止めに行く。
カンッ──と、木剣が打ち合う良い音が響く。
そのまま互いに押し合う膠着状態に移る。
──ここで流れを変える!
〔 錠除利剣 〕
肢体のリミッターを外し潜在能力を最大限に引き出す、熊収のスキルだ。
「ハァァァア!」
気合いと共に強引に前に出る。
──崩れた。
熊収は隙を見逃さず、低めの姿勢からの斬り上げを狙う。しかしその攻撃は巧く合わされ、紙一重で往なされてしまう。いや、実際は些些ほどに掠っているので、髪一本のギリギリだ。
すかさず攻めに転ずる姿勢に。
──攻撃ごと粉砕する!
打ち返すのではなく弾き飛ばし、そのまま倒す、そういう反撃を熊収は放った。
が──。
サッと身を引かれて間合いは大きく開き、熊収の攻撃は不発に終わった。
──またフェイントか・・
攻めに見せかけた、逃げるための予備動作だった。
熊収は、生じた距離は自分から縮めるしかないと理解した。現状はスキルが切れるのと、そのあとのインターバルを待たれている格好だ。
当然、熊収も詰めるが、やはりその分だけ距離を取られ、また膠着へと戻った。
スキルが切れた。
こうなると逆に熊収の方が時間を稼ぎに行きたくなるが、それは思う壺だと知っている。守勢は通じないのは百も承知なのだ。
息を合わせたように、二つの影が搗ち合う。
カンッ、カンッ、カンッ──。
激しく打ち合い小気味良く音が鳴る、真剣ならば火花が出ていそうだ。
熊収は側面を取りに行く、横への動きは彼女の方に分がある。だがそれにも回転の動きで対応され、決め手にはならなかった。
その後、数度にわたって打ち込み合ったが、勝敗はつかなかった。
疲れ果てて同時に座り込むと、遠くから拍手が聞こえた。いつの間にかギャラリーがいた。
ヤジなどなかったから、行儀良く見ていたようだ。
──軍人の分別かな。
熊収は息を整えながら、そんな事を考えた。
「流石、百鈴──。スキルを使えばと思っていたけど、崩しきれなかったわ」
「そこは滅茶苦茶、警戒してるからね。熊収の早さも流石だったから、小細工して誤魔化した」
熊収の賛辞に百鈴はそう返した。
百鈴は小細工と称したが、それこそが彼女の戦い方だった。様々に工夫を凝らして相手の虚を突く、型にはまらない変幻自在、千変万化の剣、それが百鈴だと熊収は見ていた。
対する熊収は、自分の剣をしっかりと定め、その一つ一つを徹底的に磨き上げる、質実剛健、剛毅木訥といった感じのものだった。
剣の違いは性情の違いを表しているようで──。
何事にも当たり障りなく、争いを好まない熊収に対して。
百鈴は好き嫌いが分かり易く、何気に好戦的なところがある人間だった。
最初、熊収にとって百鈴は、その他多くの友の中の一人でしかなかった。しかし彼女は、熊収と立ち合う度に強くなり、やがて一本取るようになった。
剣を交え感じたのは、色んな者の技を吸収しているという事だった。
普通、技というものは、安易に真似れば自分を見失う虞のあるものだった。人によって筋肉にクセがあると考えられていて、合わぬ動きは怪我の元だったり、もともとのクセを壊してしまう可能性があった。だからこそ自分の剣という概念が存在したのだが、百鈴はそれに反抗するように色んな技を真似た。
その是非はわからないが、結果として、百鈴は熊収と互角の戦いをするようになった。
このときより、このチグハグな友に熊収は興味を持った。
後に二人の関係は、互いに切磋琢磨し自他共に認めるライバルへと進化した。
孟国から戻った百鈴は、十日間の休みを経て職務に戻ったが、ここ数日は輜重隊としての任務もなく、ずっと書類仕事に忙殺されていた。
それを知った熊収が気分転換にと百鈴を誘い、練兵場にて立ち合いをしていたのだ。
「でも、双剣の百鈴の全力を見れなくて残念」
熊収はそう声を掛ける。
「だから、違うって──」
百鈴は困ったように返す。
いつの間にか『双剣』なる二つ名が生じており、腕に覚えのある者の間では、ちょっとした噂になっていたのだ。これはおそらく、百鈴が槍と剣を持って戦ってるのを見た者が語ったものに、尾ひれがついたり消えたりしながらできた話だと思われ。百鈴としては第十一輜重隊の連中が怪しいと睨んでいた。
「私、剣二本持ちはしたことないから」
百鈴が否定するが。
「槍と一緒に持つより、現実的だと思うけど」
と、熊収に言われてしまう。
「いや、馬上の話だし、それにいつもやってるわけじゃないからね」
百鈴は、多数を相手にするため、手数を増やそうとしたらそうなっただけだと思っている。別段、二刀流が優れているとも考えていないのだ。これも彼女のとらわれない剣であった。
「百鈴、たまにでも普通はやらないからね」
熊収は言って笑った。
その笑顔に百鈴も釣られて笑い、熊収の思惑通り、煮詰まった神経をリフレッシュさせた。
馬豹は本営からの帰りに、練兵場に人だかりができている見つけて、何事であろうかと覗いてみた。
すると百鈴が、誰かと激しく木剣で打ち合っていた。
一瞬、また喧嘩でもしてるのかと思ったが、両者はどこか楽しげでもあったので、友人との戯れだと判断した。
相手の女も百鈴に負けず、なかなかの猛者で、派手さはないが、どれもこれも洗練された動きをしていた。百鈴が動なら、女は静といったふうに見えた。
馬豹は二人の才能を、どこか羨ましさをもって見ていたのだが。
ふと、自分と同じような気配を感じて、視線をそちらへ向けた。
それは向こうも同じだったようで、すぐに馬豹の存在に気付いた。
知らぬ者同士であったが、互いが互いに、只者ではないとの認識を持った。
国軍とは違う軍装をした女だった。
どちらからともなく会釈をし、以降は視線を合わせる事はなかった。
百鈴たちの立ち合いが終わり、気付くと、女はいなくなっていた。
──軍閥の者とは思うが・・
馬豹も、そちらの方の情報はよく知らなかった。
ハハハッ──。
百鈴たちの笑い声が聞こえる。
「ところであいつは、仕事を終わらせたんだろうな?」
馬豹は据えた目で後輩を見つめながら、独り呟いた。
百鈴は何の警戒心もなく、無邪気に笑っていた。




