第47話 想定内外
謳国、文国の国境付近の丘陵地帯では──。
謳国軍が呼延吹軍四百二十の他、三百と、二百ずつが二つの計四軍構成。文国軍も同じく千名ほどの数で対峙していた。
この度の謳軍全体を指揮する大佐は各軍の指揮官、副官を集めて作戦会議を行った。
その中で、騎馬による奇襲からの誘い込みで敵を釣り出し、それを待ち構えて討つという案が出された。
呼延吹軍は騎馬と歩兵の連携を考えて訓練をしてきたので、その作戦に于鏡は反対をしたが、呼延吹は特に発言をしなかった。
おそらく王族の立場で押し通す形を避けたかったのだろうと、于鏡は解釈した。
会議では他にも幾つか意見が出たが、最終的に前述の奇襲案が採用された。
于鏡の役割は呼延吹の補佐であるが、彼女を守ることも彼の仕事だった。
それは喬太后から直々に言われた任務である事は勿論だが、于鏡自身も、亡き友、呼延枹を守れなかったという悔恨があり。もう二度と同じ過ちは繰り返さないという、強い思いがそこにはあった。
しかも今回は奇襲だ。
呼延枹が死んだのも騎馬で奇襲をかけたときであったから、その事も于鏡の心掛かりだった。
彼は自分も呼延吹に同行し、騎馬隊に加わる事にした。
靄の掛かった朝だった。
呼延吹軍の七十を中心とする、およそ百五十の騎兵は、敵陣の側面を突くように大きく回り込んでの移動となった。
残る歩兵たちは、やや谷間のような地形になっている場所に移る。その周囲に潜伏し、騎馬隊に誘き出されてきた敵を一気に殲滅する手筈だ。
──この視界なら奇襲に持って来いではある・・
攻撃の直前まで発見されない事が、奇襲にとっては何よりも大事なことであったから、朝靄は謳国軍の味方をしてくれていると考えることができた。それは多くの将兵が共有しているだろう。
──しかし、それは文国軍とてわかっている。
于鏡は、自分が文国軍ならば、普段以上の警戒を以てあたるはずだと考え、この靄は却って奇襲の難易度を上げてしまっているのではと危惧した。
他に、靄が奇襲後も残ったままになるパターンも考えられた。そうなると敵が動かない可能性も高まり、敵を罠に掛けるという作戦自体は失敗となる。
于鏡は移動の間、独り、様々な想定を繰り返した。
騎馬隊には呼延吹、于鏡の他に、少佐の男と、その副官がいた。呼延吹の騎馬隊と、その他でわかれる構成になっている。その四者が集まって打ち合わせをしているのだが──。
「妙に静かですね──」
少佐の男がそう言った。
これは他の者も同じく感じていたことで。
「逆に待ち構えている可能性もあるのではないでしょうか?」
副官の男は罠を警戒した。
「確かに私も少しおかしいと思います」
呼延吹も同意を示す。
「敵が返り討ちを狙っているならば、こちらは下手に動けませんぞ」
「捕捉されているとは考えたくないですが・・」
敵に騎馬隊の位置が知られている場合、何もせずに帰路に就いた途端に背後から奇襲を受けることも考えられ、話が逆さまになる虞があった。
ここで于鏡は。
「私はすぐにでも奇襲を掛けることを提案したい」
言うと、三人は驚きを隠さなかった。
于鏡は構わず──。
「罠がある可能性は私も感じるところだ。しかし、いつ来るとも、本当に来るともわからぬ相手を待ち続けるだろうか。我等の動きが筒抜けでないならば、罠を考えたとしても、この靄を見てからのはずだ。視界の悪さを利用してくると読んだならば、同時に、自分たちで靄を利用しようと考えもおかしくはない」
一拍おいて。
「我等は昨夜からの予定通りだったから感じる事が少なかったかも知れぬが、敵はこの機を逃すまいとしたのではないか。つまり、急遽、同じく奇襲作戦を立てた。我等は靄などないことを想定していたため、釣り出すことを考えたが、仮に、この靄を見てから作戦を立てた場合はどうであろう」
于鏡がここまで言ったとき。
「全軍で奇襲することを考えるかも知れません」
少佐が言った。
「私もそう思う。敵が既に奇襲に動いている場合、敵陣は殆ど《《もぬけの殻》》であろう。私がすぐにと言うのはこのためだ。敵がいないなら味方が危ない、敵がいるなら罠かも知れぬが、わかっていて飛び込むなら被害は少ないだろう。いずれにしても、敵の動きについて、早めに結論を出してしまった方が良いと考える」
この于鏡の言葉で、騎馬隊は奇襲を敢行することを決めた。
激しい馬蹄の音を響かせながら、謳国の騎馬隊は敵陣を強襲した。
だがそこは于鏡たちが危ぶんだ通り、留守番の兵がいるだけで、敵の多くは出陣した後だった。
「特佐殿の言にあったように味方が危ない! 急ぎ合流地点を目指します」
呼延吹が言って、騎馬隊は歩兵が待機しているはずの谷間に向けて走り始めた。
その間に靄は晴れ、視界は普段のそれを取り戻した。
予定地点が間近になると、既に戦塵の気配がしていた。
騎馬隊が到着したとき見たものは、敵を追い込む谷間だった所に、逆に味方が追い詰められていて、完全にあべこべの状況だった。
「急ぎましょう!」
副官が言ったが。
「まだ歩兵は折れてはいません。ここは逆落としで敵の一辺を崩壊させた方がいいでしょう」
呼延吹はそのように返した。
この判断は難しいところであったが、彼女の勝負勘に懸けてもいいと于鏡も思った。
「では、呼延吹様と私が先に仕掛けますので、ややタイミングをずらして波状で参りましょう」
彼が言って、騎馬隊は丘の上に移動した。
上からだと全体の動きがよく見えた。
歩兵たちは不利な状況でも、敵の攻撃を巧く凌いで、持ちこたえている。しかし、そう長くは保たないだろうと思われた。
「突撃!!」
呼延吹の大喝と共に、七十騎が丘を駆け下りる。そして歩兵に襲いかかっている敵軍の背後を突く。
敵はその勢いと圧力に大きく崩れた。
続けて、残りの八十騎が突っ込み、味方を包囲していた一辺は消えた。
歩兵たちはそれを背にして、今度は敵に逆襲を始めた。
騎馬隊はその敵の側面に回り、更に背後を狙う素振りを見せる。相手はそれを警戒し、攻撃の勢いが分散した。結果、味方の歩兵が強く押し込み敵は乱れ、すかさず騎馬隊が当たって、ついに彼らは逃げに転じた。
そのままに追撃となったが、味方の疲労も大きく、あまり深追いはせずに謳国軍も引いた。
于鏡は呼延吹の側で、その動きを見ていたが。
──生まれながらの騎兵か。
そう思えるほどに素晴らしいもので、実戦の中で機を逃さない勘の良さは、感嘆の言葉なくして語れない程であった。
然りとて、それは于鏡も予想していたことだ。
そういう意味で、驚きという部分はなかったのだが、そんな彼をして目を見張る者がいた。
閻炎だ──。
彼は于鏡たちが駆け付けたとき、部隊の先頭に立ち、数十人を率いるような形で懸命に戦っていた。その戦い振りもさることながら、的確に味方に指示を出しているようだった。
後で歩兵の状況を確認したところ。
小隊の隊長、二番手がやられ、混乱しかけたときに閻炎が積極的に前に出て敵を倒し、味方を鼓舞したのだという。それでそのまま彼が指揮者のような形になって、部隊は戦い続けたということだった。
于鏡は閻炎のことを熟練者だと思っていたから、ある程度はできると踏んでいたが、危機的状況で咄嗟にやって熟すのには、大いに感心した。
帰ったら閻炎を隊長に抜擢することを、于鏡は決めた。




