第46話 そぞろ
実戦の機会が欲しかった。
鉤鎌槍を振りながら、呼延吹は思望する。
袁家軍との戦い以来、彼女が戦場に出ることはなかった。
馗国から帰還した呼延吹に与えられた罰は、厠の清掃だった。
てっきり降格や謹慎といったものを想像していた彼女だったから、この処分には驚いた。それは呼延吹に近侍していた者にとっても同じで、彼らはこの処分はおかしいとして、撤回、変更を求めた。
その事で呼延吹は、母である喬太后に呼び出され。
「あなたのお付きが何やら抗議をしているようですね──。見苦しいのでやめさせない。聞かぬなら、暇を出しなさい。これ以上は王家の恥となると、あなたも自覚することです。軍の規律を乱し、その罰も受け入れぬ、それが王族の姿と我が国の将兵に思わせる気ですか!」
そのように言われた。
冗談でも間違いでもないことは、それでよくわかった。
汚物を汲み取り、肥溜めまで運ぶ。
臭いや、重労働という部分は勿論あったが、それは苦痛の範囲であったため、我慢することはできた。
しかし、肥に集ってくる虫と、それを捕食する虫やら何やらには、不快感、嫌悪感が酷く。ものによっては恐怖すら感じる始末だった。
剣だろうと槍だろうと恐れぬ呼延吹だったが、小さな体躯の虫たちに感じるそれは如何ともしがたく、何がそうさせるのかと不思議でもあった。
そしてしみじみと。
──私にとって、これ以上の罰はない。
そう思った。
兄、呼延枹の軍を引き継ぎ、特佐となった于鏡の補佐を受けながら、呼延吹は兵を鍛えた。
騎馬百、歩兵四百の軍。
馬が足りぬゆえ、まだ完成には至っていないが、人員は固まった。
訓練、模擬戦は続けているが、やはり実戦でどれくらい動けるのか、またそれを経験することで軍がどのような変化を見せるのか、気になるところだった。
他に呼延吹自身のこともあった。
彼女は現在レベル19。レベル20になれば新たにスキルを獲得できる──。
本当は二つ目のスキルを得たときを20と定めているので、話が逆なのだが、理解が容易いので一般的な言い方だった。
20まで到達できる者は千人に一人と謂われ、なかなかに貴重な存在だった。
そこに、あと少しで届きそうなのだ。
レベルが上がる基準はわからない。
訓練してもしなくても、上がる者は上がるし、上がらない者は上がらない、そういうものだった。それは実戦に於いても同じで、経験の有無が成長に直結しないと知られていた。
それでも呼延吹は実戦を欲した。
彼女は袁家軍との戦闘を経て、現在のレベルに至ったのだ。だから、自分には実戦が適しているのだろうと呼延吹は考えた。
強い軍を育て、自身も更に成長することを願う呼延吹。
彼女を突き動かすのは、馗国軍の少数部隊。彼らの存在だ。
あと少しで袁家軍を全滅させられるというときに現れ、最終的に袁家当主の兜も取られてしまった。
極めて精強な者達。
その中でも、呼延吹に一太刀あびせた女。
槍と剣を巧みに遣い、呼延吹の反撃スキルも通じなかった。今にして思えば、あの両手に武器を持つこと自体が、あの女のスキルなのかも知れない。
──あれに勝つためには!
呼延吹は彼らを倒すための、精強な軍と、強力な攻撃スキルを希求していた。
そんな折、国の東側で文国との小競り合いが発生した。
これまでも何かにつけてぶつかることの多かった国だが、ここしばらくは内乱が起きていたため、文国が此方に矛を向けることはなかった。今は乱も治まり、外に対して軍を動かす余裕ができたのかも知れない。
なんにせよ。
これは呼延吹と彼女の軍にとって、またとない出陣のチャンスでもあった。
「特佐殿。私はこの機に軍を動かしたく思います。しかし勝手な真似はもうできません。なんとか私達が参加することは叶いませんか?」
于鏡に頼み、彼は本営と交渉し、出撃の許可を取り付けてきた。
呼延吹自身が出向けば話が早いのだが、王族のそれで押し通すやり方は控えたかった。喬太后の言葉ではないが、将兵にどう思われるかは常に考えなければならない事だと、呼延吹も理解するようになった。
「今回は七十騎と歩兵三百五十で編制したいと思います」
于鏡が言う。
「はい、いいと思います。その選抜は新兵を含んだものですか?」
呼延吹は確認した。
「はい。新兵を全て組み入れたものです」
「聞くところによると、新兵の中には文国出身の者もいるとか。その辺りは大丈夫なのでしょうか」
裏切るとまではゆかずとも、同郷の者と戦うのを忌避するのではないかと思ったのだ。
「ご懸念には及びません。彼らは乱によって居場所をなくした者達です。そこに恨みがあるかどうかはわかりませんが、少なくとも手心を加えることはないでしょう。謳国と文国の戦いは昔からのこと、この国で兵に志願した以上、端から覚悟はできているはずです」
于鏡はそう返した。
「わかりました。出発は?」
「明朝、日の出と共にと考えております」
呼延吹は頷くと。
「了解しました。特佐殿も、今日は早めに切り上げて休んで下さい」
そう言った。
「はっ!」
于鏡は短く返し、一礼して退出した。
于鏡に休むよう促した呼延吹だったが、気持ちが高ぶって、自分はなかなか寝付けなかった。




