第43話 積怨
朝議は追求の場となった。
太子派は周国と密かに交易をしようとしていると、雍白派の高官が言い出したのだ。
最初は。
「ふざけたことを言うな!」
と、威勢良く反論していた太子派だったが、雍白派が用意してきた幾つかの証拠によって、その言葉の出は次第に悪くなっていった。
それに伴って、二派に関わり合いを持とうとしなかった中立の者も、徐々に太子派に対して疑念の言葉を掛けるようになってきた。
その中には。
「斯様にして秘密裏に交易をしようとし、あまつさえそれを指摘されれば、声を荒げ事実無根と宣う。これを見るに、事ここに至っては貴殿たちの主張する周国への割譲すら、なにがしかの見返りがあると思わざるを得ない」
太子派の我田引水を洞察した言葉が放たれた。
これを皮切りに、議場の流れは一気に雍白派に傾いた。
──いったいどうやって手に入れた?
田牽は首を捻った。
雍白派や、軍の中にも、太子派の交易を探る動きはあった。しかし、当事者である田牽を除いては、数名しか関わっていないわけで、証拠の入手など不可能に近いと思われた。
ここで、雍白派の者が更に追い打ちをかけるように。
「先程、見返りという言葉が出たが、私が入手したこの約定書には、将来的に我が国全土を譲渡する事を条件に、協力者は周国の爵位を得るという旨が書かれている。これにより太子派の売国は明らかである」
そう言い放ち、持っていた約定書を他の高官に見せだした。
──馬鹿な!?
──それを持っているのは、私の他には・・
──どのような手妻を使ったというのだ!
田牽は答えを求めるように雍白を見た。
彼女は真っ直ぐに視線を送っている。その先にいるのは──。
──太子!?
彼は微動だにせず、じっと下を見ている。
そしてその横には、馬車を動かせないから宜しくと言っていた男。
──そうか、そういうことか!!
田牽全てを理解した。
交易の証拠は、御せぬ男が渡したのだ。
おそらく、先日の敗戦で臆病風に吹かれた男は、保身を図ろうと雍白に擦り寄った。証拠は、その手土産というところだろう。
そして雍白は交易の証拠を太子に突きつけ、決断を迫ったはずだ。
このままでは太子も売国奴の汚名を着せられ廃嫡となる、太子派の高官たちを切るか、それとも共倒れになる道を選ぶのか、と・・
それで太子も保身を選択し、約定書を雍白に渡した。
──やはり表層だけの男、新道を切り開く者ではなかった。
田牽は、太子を優れた者と思っていた過去の自分を、呪わずにはいられなかった。
その後太子派は沈黙した。
反論の仕様が無いのは勿論、多くの者が己が立場に絶望した結果でもあった。
彼等の面目は潰れ、主張していた割譲案、李代桃僵の策は完全に消えた。
──おのれ・・
周国との交易を言い出したのは太子だ。
失敗に終わった襲撃と陽動も、太子の持ってきた手紙が切っ掛けだ。
そして田牽らを切り捨てた男。
──ただではおかん。
田牽の中で、怨情の炎が燃え上がった。
百鈴たちの任務は終わりを迎えようとしていた。
太子派の主張は潰え、孟国は周国との決別姿勢を鮮明にした。
当初の目的である雍白派への援助は不要となり、交易はいずれ以前と同じ状態になる予定だ。
現在は組んでしまった輸送計画分を消化する日々であった。それも、あと少しで完遂に至る。
──今のうちに孟国土産でも買っておくか。
百鈴は、そんなことをぼんやりと考えていた。
そんなとき、基地に雍白がやってきて袁勝と何やら話していった。
そして翌日から第三輜重隊の運行ルートは、周国との国境に沿った遠回りの道に固定された。
──これは面倒な事になりそう。
数日後、百鈴の予感は的中することになる。
荷を交換し、帰路に就いていたとき襲撃を受けた。
太子派は既に崩壊しており、当然、彼等ではない。
百鈴の知らぬ軍装であったが、そこには、はっきりと周の字を模した紋章旗があった。
喊声を上げながら向かってくるが、そこに覇気は感じられない。
──虚仮威しだ。
百鈴は明察した。
一斉に迫れば、恐れて逃げ出すと考えている。その事から、相手の目的は百鈴たちというよりも、その運ぶ荷を強奪することにあると思われた。
「総員、戦闘準備!」
袁勝の声で隊員たちは臨戦態勢をとる。
「機先を制す。歩兵で当たり動揺した隙に旗印を騎馬で叩く。馬豹たちは後方に付き、機を見て飛び出せ」
「了解!」
「敵は周国軍だ、これまでとは違うが、だからといって力み過ぎるな」
「はい!」
皆の声に袁勝は頷くと。
「進撃!!」
それで第三輜重隊は戦闘速度で駆け出した。
百鈴は馬豹らと輜重隊の後ろに位置取る。
敵には既に困惑が見て取れる。
〔 窮鼠噛獣 〕
密集した歩兵がクサビとなって敵に食い込む。そして一気に周囲に広がり、敵軍をこじ開ける。
「いくぞ!」
馬豹の声で、百鈴たちは生じた間隙を走り抜ける。
目指す先には周の旗。
「私は先行する、任せたぞ百鈴!」
馬豹は返事を待たず。
〔 脱兎捉爪 〕
バンッと加速し、遮る敵を弾き飛ばす。
百鈴たちはそれを懸命に追い、同時に敵を見定める。
──指揮官のまわりに三騎、強兵だ。
百鈴は槍を短く持ち、剣を逆手で抜いた。
「私が護衛を引き付ける。三人は指揮官を狙え、一撃当てるだけいい!」
「はい!!」
命じた百鈴は、一瞬、自分の姿を馬豹と重ねた。
騎馬のスキルのような圧倒的な飛び出しはできない。だが、タイミングをずらす程度のそれならば、馬の力を引き出せばいける。
「はっ!」
気合いと共に加速し、一歩前を駆ける。
それに続く三人。
敵も気付いて向かってくるが、二騎だけだ。一騎は指揮官から離れない。
百鈴と敵が肉薄する。
相手の恐ろしく鋭い槍が迫る。
──スキルか。
短い槍でギリギリに逸らす。
その隙を狙って、もう一騎が百鈴にまた鋭い槍を放つが、今度は剣でその軌道を変える。そしてすれ違いざまに、一方は槍を回し石突きで打ち落とし、一方は素早く剣を持ち替えて斬った。
直後、三人が敵の指揮官に迫るが最後の護衛が立ちはだかり、身を挺して攻撃を防ぎ絶命した。
指揮官はその間に逃げようとしたが、そこに馬豹が戻り退路を塞いだ。すぐに百鈴が詰めて一閃、首を刎ね、勢いそのままに旗持ちに迫ってこれを突き倒した。
周の旗印が倒れると、敵は我先にと逃げ出した。
百鈴たちは袁勝と合流したが、彼は追撃の指示を出さなかった。
隊員たちは意外な面持ちだったが、ほどなくして、その理由を知ることとなった。
逃げた周軍の退路に、孟国の正規軍が現れたのだ。
数は千を超えるであろう大軍であった。
彼等は逃げ惑う周国軍を次々に討ち、あちこちに躯の山を築いた。そのありようは、逃げ延びた者は数える程ではないかと思われる徹底ぶりで、殲滅を目的とした戦いであった。
平素、やや好戦的な百鈴をして。
──戦意がすごい。
そう思わしめる程の、孟国軍の意地尽くな行為であった。
そこには長年積もり積もった悪感情に加え、割譲案をめぐっての周国の暗躍に対する怒りもあり、それがこの機に噴出した結果の姿であった。
袁勝は事態が収束に近づくと構えを解き。
「輸送を再開する」
と、言って、荷車は再び動き始めた。




