第38話 片恨み
二度目の実戦だった。
礼国との小競り合いから発展した戦闘は激しさを増し、日が傾きかける頃には、尚史の部隊にも犠牲者が出ていた。
──くそ。まだ日は落ちないのか。
別段、夜になったらハイ終わりというわけではないが、互いにやりにくくなるのは事実であったから、そこで一旦幕引きになる可能性は高かった。
そのような曖昧なものに期待を抱いてしまう程、尚史は肉体的にも、精神的にも疲労していた。
また押し合いになった。
スキルを使って攻撃を往なし、すぐさま反撃に転じる。仕留めそうになるが、隣の者がフォローに入って尚史の攻撃は届かない。
これは集団戦だ。
敵は一人じゃないし、当然、尚史も一人で戦っているわけでもない。フォローしたりされたり、敵もまた同じ。一進一退を繰り返しながら、互いにじわりじわりと削り合う。
地味で苛酷。それが歩兵同士の正面切っての戦いだった。
──まだか。まだ終わらないのか。
尚史は、ほとほと参っていた。
彼としては逃げ出したいぐらいの心境であったが、そんなことをすれば査問では済まない、軍法会議で死罪もあり得る。
──くそ。まだか。
また思ったときだ。
突然、敵に動揺が走った。
「援軍だ! 押せ! 押し込むんだ!」
隊長の声。
歩兵隊は前へ前へと突き進みだし、尚史も、ここぞと思って力を振り絞る。そのさなか、敵を蹴散らす一塊が目に映る。
重騎兵の集団だ。
敵の集団に突っ込み、草を踏みつぶすように押し進む。その強引で圧倒的な威力によって、礼国の兵は大きく崩れた。
そこに歩兵が襲いかかったことで、敵は堪らず逃げ出した。
日が落ちたときには、尚史の願い通り、戦いは終わっていた。
馗国の部隊は基地まで戻り、そこでささやかな祝勝を行った。
流石に酒は出なかったが、食事には肉が付き、兵士の労をねぎらった。
尚史は早早と食事を終えると、基地内をさまよった。彼は重騎兵隊を、そこにいるであろう熊収を探していた。
特に用向きはない──。
無いが、会って話したかった。今回の勝利を共に分かち合いたかった。
尚史は健闘を称えてくれるだろう熊収の姿を想像し、胸が高鳴った。
──そのときは、俺も熊収を称えよう。
傷を負った尚史のことを心配してくれるかも知れない。
──どのように返せばいいだろうか。
互いに互いを褒め合い、親愛を深める。尚史は、そんな近い未来を思望した。
熊収がいた。同隊と思われる者と話している。
尚史は焦らずに待った。
話の切りが良いだろうというタイミングで声を掛ける。
「熊収、ちょっと話せるか?」
熊収は尚史を認めると。
「ああ──」
言って仲間と別れ、尚史に近づいた。
そのとき気付いた。
「お前、少尉になったのか!? この短期間で! 凄いじゃないか!」
熊収の階級章は少尉のそれだった。
「いや、一時的なものだ。先輩が病に罹ってな、他に尉官がいなくて、指揮権の関係でそうなっただけだ」
「それってお前が部隊を動かしているって事か?」
「私の動かしているのは小隊にすぎないよ」
「それでも凄いじゃないか。代行に選ばれるだけでも、お前が優秀っていう証拠だ」
尚史は熱を入れて褒めたが、熊収は軽く頷くのみであった。
「傷を負ったようだが」
熊収が言う。
「いや大事ない。複数をいっぺんに相手にしなきゃいけなくてな、流石に疲れたぜ」
尚史は明るく返した。
「そうか──」
熊収は一呼吸待ってから。
「ところで、話とは何だろうか?」
そう尋ねた。
「いや、これという用があるわけじゃないが、折角の勝利だし。お前とも分かち合いたいと思ってな」
「そうか──。そうだな、お互い活命で良かったな」
「ああ、俺のところは二人がやられてな。前線の兵は辛いぜ」
これに熊収は何かを言いかけたが、声は発しなかった。
尚史としては、思ったほど熊収の反応が良くないのは残念な事であったが、それでも心は高揚し、もうしばらくの会話を望んだ。彼は話題を探し、言葉を綴った。
その中で、孟国の内乱に話が及び。
「いつ敵と戦い、いつ命を落とすかも知れん恐怖。今回の事で、俺たちが普段味わっている苦労を、輜重隊の連中も思い知っただろうさ」
尚史はそう発言した。
熊収は眉をひそめ。
「それは百鈴たちの事を言っているのか?」
そう問うた。
「なんだ、知っていたか──。まぁ、外国まで行って荷物運びとはおそれいるが、アイツも前線を望んでた人間だ。ある意味、願ったり叶ったりなんじゃないか。俺たちと同じ空気を味わって、今頃、嬉々としているかも知れん」
と、尚史は返した。
熊収は首を振ると。
「何も知らんというのは幸せなことだな」
そう据えた目で言った。
尚史は言葉の意味がわからず、困惑した。
「いいか尚史。百鈴は既に実戦を経験している。彼女は初任務のときに賊に襲われ、それを撃退している。また、謳国軍と遭遇し、一度はこれを退けてもいる。もう半年ほど前の話だ。以降どうなったか知らないが、経験が減ることはないのだから、今の私達以上であることは確かだ」
熊収は続けて。
「話のついでだから言わせてもらうが、百鈴との立ち合いを怪我させられたと訴えたのは、どういう了見なんだ。あれは私も立ち会ったものだろう」
じっと尚史を見て言う。
「百鈴に聞いたのか」
「違う。私もその場にいた人間として査問を受けた」
「そうか、それはすまなかった」
尚史の言葉に熊収は首をかしげ。
「その謝罪は何に対してだ? 私が査問を受けたことか、軍に訴えたことか」
尚史は返答に窮した。
熊収は答えを待たず。
「これは少し前に、百鈴に会ったとき聞いたが、また勝負をしたらしいな」
「あ、ああ──」
「また訴える気か?」
「いや──。そのつもりはない・・」
この答えに満足したのか、熊収は数回頷くと。
「ならいい──。二回立ち合ったならわかっただろうが、百鈴は強い。いや、より強くなった。あれでレベル3というのだから、スキルの無い不利を補おうと努力をしたのだろう。恐らく同期で互角に戦えるのは、私ぐらいか──。なんにせよ、もう勝負などしない方がいい」
と、言って。
「では私はもう行くよ。怪我を大事にな」
そう言い残して立ち去った。
尚史は、その後どうやって隊に戻ったのか覚えていなかった。
彼の頭にあったのは、ただ、百鈴への憎悪だけだった。




