第37話 内憂外患
〔 窮鼠噛獣 〕
袁勝のスキルで感覚が研ぎ澄まされる。
もう何度目か知らないが、経験する度に、より鋭く感じるのは気のせいだろうか──。百鈴はチラッとそんな事を思った。
「私と百鈴が突破口を開く、三人はそれを後押しするだけでよい。敵を討つよりも、己の身を守ることを優先せよ」
馬豹が言う。
「はい!」
三人が一斉に返事をする。
「いくぞ百鈴!」
「はいっ!」
馬豹のあとに百鈴、そして新たな三人の騎兵が続く。
彼等の乗る馬は、先日、百鈴が拾ってきたものだ。
袁勝はその馬を使って、隊員の中から馬術に優れた者を選抜して騎兵をつくった。
これは単に鹵獲品の有効活用という点もあったが、輓馬の多い編制であるため、いざというときの保険としての意味合いでもあった。
輓馬がいれば運搬は楽になるが、馬の死傷を含めた生き物としての予期せぬトラブルも常にあり、その依存度が高いと却って輸送に差し支えが出る側面をもっていた。
五騎の騎兵は敵勢の脇に回り込むようにしてから、斜めに突っ込んだ。
馬豹が右側、百鈴が左側、二騎が敵を押しのけ、続く三騎が傷口を閉じさせないように駆ける。併せて袁勝が歩兵を率いて正面から当たり、その最初の一撃で、敵の半数を崩した。
そして相手方の態勢が定まらぬうちに更に激しく攻め立てて、あっという間に潰走へ追い込んだ。
ただ、いつものように追撃を仕掛けたりはせずに、相手の逃げるにまかせた。
この日、第三輜重隊は、およそ百五十人の敵対集団を撃退した。
「逃がしちゃって良かったんですか」
「青緑の集団は手強いと敵に印象づける狙い、という事になっている」
「それも王女様の案山子計画ですか」
「そういう事になるな」
「そんな巧くいきますかね?」
「さあな──。私達は荷物を運ぶだけだ」
百鈴の懐疑に、馬豹は少し笑って応えた。
伯陽から国境まで荷を運ぶ途中の野営だ。
歩兵の通常行軍なら一日も掛からぬ距離だが、輜重隊での移動となるとそうもいかない。足下が見えぬ状態で荷車を引くのは事故の元で、日が落ちての運行はしない方針なのだ。
どこかの集落で休むことも可能だが、人は人の中にこそ隠れるものであったから、夜襲を警戒する意味で、あえて人気を避けた。
日の出前の青白さの中、荷車は動き出す。
道すがら、百鈴や三人の騎兵は交代であちこちを探索する。地図にはない道はないか、伏兵が置ける場所はないか、既知の情報の確認と、それ以上の調査をしている。騎馬が増えたので、このような運用が可能となった。
一行は朝焼けが落ち着いたころ、予定の地点に到着した。
荷を下ろしながら待っていると馗国の輜重隊が到着した。
ここで荷をやりとりして、また伯陽へ戻るのだ。
「おい、襲撃されたのか!? 大丈夫なのか?」
返り血で汚れた第三輜重隊員を見て、別隊の隊長が言う。
「少しつついたら逃げ出したので、問題ありません」
袁勝はそのように返していた。
実際は四倍の数の敵であったから、普通に考えれば一大事なのだが──。第三隊の面面は大概、感覚がズレてしまっていて、冷静な思考を持つ袁勝とて例外ではなかったようだ。
「そうか、ならよいが──。にしても派手な衣装だなぁ」
隊長の言葉は比喩というより、むしろその通りで、青緑の装備は馗国の軍装と比べると、演劇で俳優が身に付ける衣装のように見えた。
「こればかりは客の意向なので、どうにもならないですね」
袁勝も笑顔で返した。
「大尉」
馬豹が冊子を袁勝に手渡す。
「ああ──、すまん。これが、向こう一ヶ月の輸送計画になります」
袁勝は言って、冊子を隊長の男に渡した。
「確かに。すぐに軍営に届けよう」
隊長が言って、目的の半分は達せられた。
自分たちの荷車に積み終えると、それぞれの隊は来た道を戻る。
といっても、第三輜重隊は往路とは別ルートを取るつもりだ。
臆断は危険だが、昨日の今日では敵対勢力も、すぐに軍を編制するのは難しいだろうと考えた袁勝らは、実際の所要時間を計る意味で、復路を違えた。
道中は、また見た目から視線を集めた以外は特に問題もなく、彼等は無事に伯陽へ到着した。
孟国の首都、長陽には久方振りの平穏さがあった。
一時期は毎日のように、あちらこちらで私兵同士の闘争が起きていて、住民たちは否が応でも凄惨な現場を見ることが多かった。
また、そのような殺伐とした空気は、良からぬ者らにとって好むところであるのか、治安の悪化もまねいていた。
今は、これまであった妖気が消え、かつての姿を取り戻したかのように感じられた。
「嵐の前の静けさでなければ良いが・・」
呟いた程軫だったが、抱いた期待は淡いものだ。
太子派と雍白派の争いは、既に今までとは別の形に移行していた。
馗国との交易権を手に入れたことで、雍白派は息を吹き返し、拡大を続けていた太子派は、その歩みを止めた。
この事態を不利と見た太子派は、雍白派の妨害をしようと私兵たちを集めた。
それは雍白派も察知するところなので、彼等もまた兵を集めた。
結果、闘争は個個の小さな集団戦ではなく、数百同士の軍と軍とのぶつかり合いに発展したのだ。そしてその舞台は、長陽から、北の伯陽以北へと移動した。
太子派は輸送部隊を直接狙うこともしているようだが、雍白の青緑の兵たちが、それをよく防いでいるのだという。襲撃に大軍を用意したこともあったみたいだが、それは雍白派に知られて彼等の軍を呼び寄せた。そして総勢千名が睨み合う、一触即発の状況が生まれた。
このときは互いに軍を引いたが、ここより闘争は、乱へと移り変わったと解釈された。
程軫は、まだ乱の炎は松明程度であっても、いずれ大火となって長陽に戻ってくるのではないか、そのような予感をもって成り行きを見守っていた。
「身内同士で愚かなことだ・・」
また程軫は呟く。
太子と雍白がそうであるのは勿論だが──。そもそも、周国の圧力への対応措置をめぐる意見の違いであったはずなのに、当の周国はほったらかして、国内での殺し合いになってしまった。
「これでは周国の思う壺であろう・・」
声を拾う部下がいないせいか、彼女の独り言は、いつもよりも多かった。
「伝令! 南部国境に周国の軍勢あり。少佐は後詰めとして現場に急行されたし」
兵が来て命令を伝えた。
「わかった」
程軫はすぐに部下を呼び、指示を出して速やかに軍をととのえると、針路を南に取った。
程軫が二百の兵を率いて行くと、四百程の味方がいて、川を挟んで周国軍と対峙していた。向こうも五百程の軍勢で来ている。
「どうですか?」
程軫が状況を確認する。
「毎度のことさ」
先に来ていた同じく少佐の男が返す。
「本当に渡る気があるか知らんが、一番浅いところを知ってるぞ、という態度だ」
「西は?」
「大丈夫だ、そっちにも展開済みだ」
孟国南側の国境は川で隔たれているが、西側は地続きなので、そこから回り込まれれば背水の構えを取らざるを得なくなる。
程軫の言はその対処を確認するものだ。
「まったく──。こんなときに、ふざけた連中だ」
少佐の男が言ったが。
程軫には、どの状況を指し、どの者たちに向けられた言葉なのか、判然としなかった。
両軍の膠着はそのまま続いたが、しばらくして周国軍が引き、それで終わった。




