第36話 予定外
「新しく入った者はどうだ?」
于鏡は訓練の担当者に尋ねた。
「悪くないですね。もう付いてこれるようになりました。流石は特佐、良い人材を見付けてきたと、呼延吹様も仰っておられました」
「今まで通り、于鏡でいいぞ」
「いえいえ、呼延吹様のお言葉という意味です。于鏡殿」
「ああ──。そうか」
于鏡が新たな階級を得て以来、特命の于鏡だとか、特佐の于鏡とか、謳国軍内ではちょっとした話題になっていた。
于鏡としては、あちこちで話の種になってしまい、気恥ずかしい日々を過ごしているところだった。
そんな事を喋っている間に、呼延吹が騎馬隊を率いて戻って来た。
彼女の構想は百の騎兵と、四百の歩兵による連携である。現在は馬が足りてないので、七十騎ほどだが、いずれは百騎の騎馬隊を編制する事を考えている。
于鏡は駆けていく騎馬隊を見ながら。
「あれには新兵は入っていないのか?」
聞くと。
「いえ、新兵の騎兵候補は全て編入済みです。熟練は交代で組み入れています」
そう答えが返ってきた。
「あの片目の男はどうした?」
目立つ容貌なのに姿が見当たらない。
「あー、閻炎ですか。あの男は歩兵です」
「歩兵!? それは呼延吹様の判断か?」
「いえいえ違います。本人が馬は嫌だと言いまして。一応騎乗はできるみたいなんですが──、乗りたくないと申すのです」
騎馬は戦場では花形、活躍次第で戦況をひっくり返す存在だ。
そこに憧れ、目指す者も多い。ましてや呼延吹の騎馬隊だ、袁家軍との戦闘で、謳国でも今や指折りの精鋭との呼び声が高い。
于鏡は、閻炎の棒術を見ていたから、てっきり馬上で棒を振るうのだろうと思っていたのもあって。本人が騎馬を嫌がるのは意外過ぎた。
「落馬でもしたかな──」
言ってみて、そんな事でと思ったが。当人しかわからぬ辛さもあると思い至り、于鏡はそれ以上の言葉を控えた。
「なんにせよ、見た目の印象と合わぬ者もいるのだな」
「ハハッ、そうですね」
担当者も意外は同じようだ。
予定にはなかったが、于鏡はあとで歩兵の訓練も見ておこうと思った。
馗国との取引が一切できなくなった。
いや、正確には雍白派に与する者でなければ、売ることも買うこともできなくなった。
「これが狙いであったか」
田牽は、ちょっとやそっとの援助を取り付けたぐらいでは何も変わらないと考えていた。しかし雍白の打った手は、この国の経済の根幹を牛耳るという大胆なものだった。
そしてそれは、田牽をして──。
「これ以上の手はない」
そう言わしめる程、太子派にとって厳しいものだった。
──どのように交渉したのだ・・
田牽は自分ならばと考えてみたが、どういう筋道で話をしていいのか、全く思いつかなかった。
「そんなことはどうでもよい」
声に出して首を振る。
このままでは、官はおろか、商人を始めとする市井の者たちも雍白に取り込まれるのは必至であった。
田牽は急ぎ太子派の者を集め、対策を練ることにした。
「こちらは経国との独占を取り付ければどうか」
誰かが言うが。
「馗国とは規模が違う、それに少し調べた限りでは、既に手が回っているようだ」
「どうやって?」
「どうも馗国側から経国に働きかけがあったようだ」
「それ程に雍白派は馗国を手懐けたのか」
皆も対策に頭を悩ませている。
すると、ここで太子が。
「周国と交易すればよい」
と、言った。
──馬鹿かコイツは!
田牽は思わず太子を睨み付けた。
彼はあきれて言葉にする気も起きなかったが、忠実な者もいて。
「殿下、周国に割譲を主張する我々が彼等と交易し、あまつさえそれを独占しようとすれば、これまでの行動は全て我田引水であったと罵られましょう」
そのように諭した。
しかし太子は意見を否定されたのが気にくわないらしく。
「ならばどうするというのか! 其方らがウダウダと言い合っている間に、状況が悪くなっていくのがわからんのか!」
例の如く、尤もなことを言う。
ようやっと何かを発意したと思えば、頓珍漢。問題点を指摘されれば立腹し、反論のしようのないダメ出しで威を張る。
ここまで田牽他数名でしかなかった太子への失望は、ここより太子派の多数が共有する感覚となった。
その空気は田牽にも伝わり。
──今、結束が緩むのは良くない。
と、考え。
「まぁ、表立っては無理だろうが、小規模なら経国も周国も抜け道はあろう」
遠回しに太子を宥め、話の筋を戻そうとした。
「しかしそれでも差はついていきます」
「なら兵を出して妨害するしかないだろう」
「輸送は雍白派の私兵がやるようだが、手強いという話だ。捕らえようとした、こっちの兵が返り討ちにあっている」
「宝玉色の派手な連中だろう。あれは王女の親衛隊と聞いていたが?」
「わからん。同じ色で統一しているのかも知れん」
ここでまた太子が。
「仮に手強いとしても衆寡敵せずであろう。其方らの私兵を出し合えば、相手の数倍の軍を編制できよう」
そう言った。
「御尤もです」
田牽が言って頭を下げる。
彼の言葉に、どこか皮肉の音を感じた者たちは、太子への失望から田牽への期待へと心の機微を変えた。
太子は頼れぬが、田牽が付いているのだから大丈夫であろうという勘定だ。
これは田牽の予定にはなかったことだが、この機会に、牽引力の中心を太子から自分へと移行させていく事を考え出した。
対策自体はイマイチな話し合いだったが、それなりに収穫はあったと田牽は思うことにした。




