第35話 自分の仕事
田牽は参内した雍白を見て、苦々しく思った。
田牽たち太子派の打った雍白を捕らえる手立ては、失敗に終わった。
軍を動かすまでは巧くいったが、雍白を拘束させるまではゆかず、私兵のみであたる事となった。
しかし、親衛隊なる雍白の私兵が手強く、こちらの隊長が死んだこともあって、みすみす彼女を取り逃がした。
雍白は馬車のみで帰ってくると考えていた田牽らは、いつの間に兵を用意したのかと不思議であった。
「姉上を捕らえるのではなかったのか?」
太子に言われた。
「雍白様は兵を用意していた模様で、それに阻まれました」
「馗国にいながらどうやって──、いや、なぜ兵が必要とわかったのだ。こちらの情報が向こうに漏れていたのではないか」
──確かに・・
太子派の勢力は、このところ拡大を続けている。だがその中に、雍白の息のかかった間者がいたとしても何らおかしくはない。此方が雍白派の動向を探るように、向こうもこっちを探っていると考えるのが自然だ。
考えてみれば、太子派が周国から援助を受けているのも秘密であったはずで、それを雍白派が知ったために、彼等も密使を送ろうとしたのではないか。
「聞いておるのか!」
太子の声が田牽の思考を中断させる。
「其方がしっかりせねば、勝てるものも勝てなくなるぞ」
彼は叱責をしているつもりらしい。
──尤もらしいことを言いおって・・
田牽は自分たちの絶望を理解し、共に新しき道を歩もうという太子の事を、英邁な主君と思っていた。自分のことはもとより、この方の将来をと考え行動してきた。
だが長く接するうち、次第に、その軽薄さが見て取れるようになった。
太子の言葉は至極尤もなことが多い。
聞けば皆が、そうであろうと納得するような事を言う。喋りも巧い。
しかしながら、その話に具体性は全くない。
最初はあえてそうしているのかとさえ考えたが、自分で何かを捻出する事はなく、どれだけ探しても芯の部分は見つからなかった。
彼の語ることは徹頭徹尾うわべの理想であり、その中身は空っぽである。そうでなければ今回のようにダメ出しをするか、疑問を呈するかのどちらかだ。
それもまた王の姿とは、田牽も思う。
然りとて、これから新道を開こうという者の姿ではなく。極端に表せば──。
──いてもいなくても同じだ。
田牽は、そう結論付けた。
斯様なわけで、田牽としてはこの有口無行の男をとっくに見限っているのだが、今しばらくは人を集める山車として利用するつもりであった。
「おっしゃる通りであります」
言って恭しく頭を下げる田牽を見て、太子は満足したようであった。
雍白の親衛隊こと第三輜重隊は、伯陽の輸送基地に逗留する事になった。
一行の防具は新しい物になり、再び明るい青緑の集団となっている。
隊員たちは用意された荷車の点検、整備を行い、実際の使い勝手などを確認した。また、馗国とは違い輓馬が多いため、その誘導を実践して慣らしていた。
袁勝は雍白派の高官や商人たちと、今後の輸送計画について話し合っていて、馬豹もその手伝いに付いていた。
で、百鈴はというと──。
やることがなかった。
たぶん輸送が始まれば、なんやかんや書類仕事など雑務がありそうであったが、まだその段階になく、ひとりだけあぶれてしまった。
隊員たちを手伝おうにも、実際の彼女の仕事は騎兵なのだから、ここでそれをやっても意味はなく。馬豹の補佐以上の手伝いができるわけでもない。
──ガチで仕事がない。
無いならないで、のんびりしようとならないのが百鈴の思考で。彼女は自分も何かやらねばと、若干の焦燥をもってやる事を探した。
と、ここで輸送計画のルートが複数あることを思い出した。
百鈴たちが伯陽に来た道の他に、東側の大きな街道、西の街道、その間の細い道、西の街道より更に西の周国との国境に沿うような道があった。
距離が短いのは東の街道であり、それがメインとして使われることは間違いないが、任務の性質上、あえて遠回りをすることも十分ありえた。
──いざ運行が始まったら調べてられないな。
そう考えた百鈴は。
「私は道を下見してくる」
そう隊員に告げて、馬に乗って伯陽を出た。
──次に使うとしたら西の街道だろう。
二番目の選択肢として考え、百鈴は馬を走らせた。
しばらくして、百鈴は後ろから数騎が追ってきているのに気付いた。
何者かは知らぬが、単に呼び止めたいだけなら単騎で疾駆すれば済む話なので、それだけでは終わらぬだろうと見当をつけた。
なので、そこから百鈴は一気に速度を上げた。
先陣を切ったときも感じたことだが、この馬の加速力は段違いだった。今日は槍も持っていないため、そのぶん駆ける事に集中でき、更に速度は上がった。
結果、後続する者らを完全に突き放して、百鈴は彼等の視界から消えた。
西の街道を三分の一ほど進んだところに集落があり、そこで休憩した。
百鈴と馬の青緑が珍しかったのだろう。
好奇心旺盛な子どもが何人か集まった。そしてそれに釣られて大人も集まってしまった。で、あれやこれやと質問される事となったが。
「王女殿下の親衛隊です!」
と、胸を張った百鈴は。
「道について調査をしています」
と、それっぽく設定をつくり、街道についての情報を得た。
話を聞くに──。
ここまでの道もそうだったが、この先も特に難所のような場所もなく、平坦で荷車も進みやすいという。途中に他の集落もあり、そこで休息もできそうであった。
──この道は問題ないだろう。
思った百鈴は、追われたことも早めに報告せねばと、帰る事を考えたが。
──今、戻ったら鉢合わせるな。
例の騎兵たちがいるかも知れないと想像した。
「他に伯陽への道はありませんか?」
百鈴は尋ね、少し戻ったところに細い道に通じる横道があると聞かされた。
戻ることに若干の戸惑いはあったが。
──結構突き放したし、いたとしても、もっと先だろう。
相手は自分を見失った時点で追いつけぬと悟り、待ち伏せに切り替えたと推断した。
百鈴は教えられた通り少し戻り、横道に入った。
それなりに往来はあるのか、思ったよりかはしっかりした道だったが、勾配があるところが幾つかあり、荷車を引くとすれば難儀しそうではあった。
進んだ所で別の道にぶつかった。
おおよそ南北に走っているから、地図上で東西の街道に挟まれる細い道がここで間違いない。
百鈴は針路を南に取り、伯陽を目指した。
道は少し荒いが、百鈴たちが来たときの裏道と同じぐらいであったから、輸送も問題ないと思われた。道中、横道があり、たぶん東の街道へと通じるのではないかと思ったが。
──とりあえず報告が先だ。
と、帰還を優先し調べるのは控えた。
もう間もなく道も終わるだろうというとき、前を塞がれた。
どこかに隠れていたのか、後ろもだ。
前後に二騎、計四騎が百鈴を囲む。
「雍白の親衛隊の者だな。命が惜しくば一緒に来てもらおうか──。言っておくが、逃げられぬぞ。良い馬に乗っているようだが、ここまでで随分と疲れただろう。無駄なことはせん方が身のためだ」
前方の一騎が言った。
百鈴の読み通り、待ち伏せされていた。
違ったのは、来た道ではなく、別の道に伏していた事だ。いや、もしかしたら、複数の道に配していたのかも知れない。
百鈴は静かに剣を抜いた。
四騎も槍を構えた。
「ハッ!」
気合いと共に百鈴は馬腹を蹴って前方に飛び出る。相手も待ち構える態勢をとるが、それを見るや否や、百鈴は反転する。間を詰めようとしてきた後方の二騎、端から彼女の狙いはこっちだ。
出だしの足並みの乱れを狙う。
手前の一騎を往なすにとどめ、もう一騎の攻撃を紙一重に逸らし、即座に相手の首に剣を突き刺して薙いだ。
派手に血が飛び散り、青緑の装備は、また汚れた。
その所為であろうか。切り返した百鈴の目に映る敵には逡巡があった。
「ハァァァアッ!!」
勝機を見た百鈴は、況して気合いを発し一騎を斬り伏せる。
それで前方の二騎は逃げに転じた。
百鈴は倒した者の槍を奪うと、即座に追走、更にもう一騎を落とす。あと一人と思ったが、ここで馬の疲れが見えたため追撃は断念した。
百鈴は空馬を捕まえたが、一頭はどこかへ行ってしまったようだった。
「どのみち三頭は難しい」
と、二頭を引く形で伯陽へ向かった。
が、しばらく進んでいると後方から行方不明だった空馬が駆けてきて、何故だか百鈴たちと合流した。
「寂しいなら付いておいで」
百鈴は声を掛けて、引かれる二頭と一緒に連れ帰った。
基地に戻ると百鈴は。
「待機するのも仕事だ!」
と、馬豹からお説教を受け、基地の人に頭を下げて、また綺麗な装備を用意してもらい。
「お前が拾ってきたのだから、自分で面倒見ろ」
と、馬の世話をすることになった。




