第34話 血糊
──八十~九十といったとこか。
百鈴は敵の数を目算した。
正規軍の少佐が率いていた軍から離れた一団が、雍白一行の前を塞いでいた。
「馬豹、百鈴」
袁勝の声に二人が集まる。
「御者殿、あれは太子派の私兵で間違いないか?」
袁勝が雍白の馬車を御する者に問う。
「はい。正規軍ではありません」
袁勝は頷くと。
「百鈴、先陣を切れ。敵を中央から割り左右に展開、三班までは俺と左、残りは馬豹と右だ。馬車はそのまま直進を──、百鈴が誘導と護衛だ。敵が怯んだら撤退、馬車と合流し、速やかな離脱をはかる」
彼は一旦皆を見回し。
「今回は伯陽へ行くこと、王女殿下の護衛が第一だ。敵を前にしても拘り過ぎるな」
「はい!」
隊員たちは、袁勝の言葉に一斉に返事をした。
袁勝は数秒待って。
「進撃!!」
その大喝で一行は動き出した。
両軍の対峙は僅かの間だった。
すぐに雍白たちが戦闘速度で前進しだした。
「まさか、先に仕掛けるとは──」
部下の言葉だが、程軫としても同じ感想だった。
それにしても。
──あの胆の据わりは何だ。
雍白の親衛隊の兵からは、気負いも焦燥も、ましてや尻込みなど一切感じない。
もとより備わった自信が、更に一際大きくなったかのようにさえ見える。
「倍の兵を相手にして、あの態度は──、怖いな」
程軫の言と似たような事を感じたのだろうか、立ちはだかる側の私兵集団の腰は、既に引けていた。
〔 窮鼠噛獣 〕
親衛隊の速度は更に上がり、正面から突っ込んだ。
先頭を行く騎馬の女、歩兵を槍で撥ね除けながら突き進む。相手の騎馬と搗ち合い、互いの槍が交差する。
と、瞬間、女は槍を回して相手のそれを大きく逸らし、肉薄したときには抜剣から一撃を放った。
女はそのまま右に剣、左に槍を持った状態で次々に兵を倒していく。
「あれは何かのスキルか?」
「わかりません──。あんなのは初めて見ます」
程軫たちには、器用に剣と槍を同時に遣う姿が、女の地力とは思えなかった。
騎馬のあとに続く歩兵たちも尋常ではない。
遮る者を次々に蹴散らして、青緑の集団は、完全に相手を断ち割った。すぐさま彼等は左右に分かれて、私兵たちに激しく襲いかかった。
五、六人の班であろうか。青緑の歩兵たちは流れるような連携から、踵を接して相手を屠った。
結果、返り血で衣装は酷く汚れた。
遠目に見ている程軫たちでさえ戦慄を覚えるのだ。
実際に戦っている私兵たちは恐怖におののき、武器を捨てて逃げに転じた。だが同じタイミングで親衛隊の方も向きを変え、先行した馬車を追うようにこの場を後にした。
「正直なところ、あまり気は進まぬが、放っておくわけにもいかぬ。負傷者の手当をしてやれ」
程軫は部下に私兵たちの応急処置を命じた。
「奴らの隊長を呼べ」
あの偉そうな者に、小言の一つでも言ってやろうというわけではないが、これからどうするつもりかは確かめておきたかった。
しばらくして私兵の者がやって来たが、隊長ではなかった。
「隊長を呼んだはずだが?」
程軫が聞くと。
「隊長は死にました」
そう返ってきた。
「そうか──。お前があとを取り仕切るのか?」
「いえ、何人かと相談してと考えております」
「なるほど──。差し出口を言わせてもらえば、負傷者を連れて帰還した方がよい。其方らも、あの精兵とは戦いたくはないだろう」
程軫の言葉に兵は返答せず、黙って頷いた。
「それだけだ。もう行け」
──思っていたのとは違ったが・・
軍が介入して、話が拗れる展開にはならずに済んだ。
程軫はひとまず、それで良しとすることにした。
「全軍に通達、撤収の準備をせよ。完了次第、帰還する」
そう命じた。
「追ってくる者はいません」
百鈴は後方を偵察し、袁勝に報告した。
「わかった──。これより歩速を通常行軍に戻す」
彼の指示で、一行の駆け足は終わりを迎えた。
そこから1時間ほど進み、休憩となった。
「みなさん、お怪我はありませんか」
雍白が気遣う。
「全員、かすり傷一つなく無事です」
馬豹が言う。
「正規軍を動かすだけではなく、そこに自分たちの兵をあれ程に入れてくるとは──。私が留守にしている間に、太子派の勢力は随分と増してしまったようです」
雍白は言って、弱く首を振った。
百鈴だけでなく、袁勝や馬豹も何と返していいか難しく、沈黙するしかなかった。
少し暗い空気になってしまったので、話の筋を変えようと。
「新品だったのに、汚れちゃいましたね」
百鈴は自身に付いた返り血を見て言った。
もとが明るく目立つ色だっただけに、血の跡がはっきりとして、より生生しく見えた。
「遅かれ早かれだ。気にするな」
馬豹の言葉に。
「そりゃそうなんですけどね、折角の色が、なんか勿体なくて。洗えば落ちますかね?」
これに雍白が。
「すぐに新しい物を用意させます。それと──、皆さんの今の装備は、洗わずに、そのままで引き取らせて頂きたいと思います」
そのように言った。
ここで袁勝が。
「我々の案山子をつくるというわけですか」
「はい──」
雍白は静かに頷くと。
「先程の戦闘で、太子派の私兵は勿論、正規軍の兵も皆様の戦いを目の当たりにしました。おそらくそれは、いずれ噂となって広まるでしょう。そうなったとき、この汚れた装備が役に立つと考えました」
聞いた百鈴は。
──いつから考えてたのか?
と思ったが、そこは黙っておいた。
あとで。
「はじめからだろう」
馬豹と二人になったとき、彼女が言った。
「じゃあ、この派手な色も、血汚れを目立たせるためですか?」
百鈴が聞く。
「さぁ──、それはどうかな。私は単に、王女様の趣味だと思うぞ」
少し笑って返したあと、馬豹は。
「だがこれで、第三輜重隊が指名された理由がわかった。王女は荷を守る為というよりも、我々にちょっかいを出してきた連中を撃退させたいのだろう。それで雍白派の私兵は手強いと、まわりに思わせる。そこに返り血を浴びた防具を身につけている兵がいたら──と、そんな感じか」
そう語った。
「偶然助けたことに縁を感じてってわけじゃなかったんですね」
百鈴は、知らぬ者より知っている者に、という発想かと考えていた。
「縁は、縁だろうさ──」
馬豹は言って遠くを見ていた。
「ところで百鈴。あの槍を回してからの抜剣は良かったぞ」
馬豹が褒めた。
「前に曹長が相手の槍を飛ばしてたのを参考にしました。あんな風にはできませんが、私なりに工夫してみました」
百鈴も頭を掻き、言外に謝辞を伝えた。
すると。
「うむ。だか仕留め切れていなかったようだったから、私がきっちり討っておいた」
いつもの自慢気なトーンで返された。
──このひと言がなければ・・
と思ったが、百鈴はここも黙っておくことにした。




