第33話 隔靴掻痒
程軫は命令を受け二百の兵を率いて布陣していた。
正規軍の他、高官たちの用意した彼等の私兵集団もおり、それらを加えると三百近くになる。
任務は、にわかには信じられぬもので──。
『第一王女の雍白が馗国に亡命を図ったが拒絶され、現在は帰国の途にある。事の詳細を聞き出すため、彼女の身柄を拘束し、長陽まで護送せよ』
というものだった。
ただそれは、正規の手続きで出されたものではなく、高官からの直接の命令であった。緊急性の高い案件ゆえ、一部を省略したと説明された。
程軫の他、数名の佐官に同様の命令が出されたようで、合わせて七百程の兵が動員されていた。勿論これは正規軍のみの数であって、高官の私兵も数えると総勢千名もの大規模行動であった。
「報告、四十名ほどの歩兵の集団がまっすぐに向かって来ております。中央に馬車があり、雍の旗印がある模様。軍装は一般的なものの、見慣れぬ青緑の色を基調としています」
駆けてきた兵がそのように報告した。
「少佐、雍の旗というのは──」
部下が言い掛けるところに。
「馬車にそんな旗を揚げるのは、この国では王族ぐらいしかいない」
程軫は被せるように言葉にした。
彼女は続けて。
「歩兵がわからんが──、これはここで考えるより見た方が早い」
言って、前線に赴いた。
──確かに青緑だ。
程軫は、前方から来る馬車は雍白で、ほぼ間違いないだろうと思った。
彼女の目に映る軍装の色合いは、宝玉で見かけるそれに近く。何かで、雍白がそれら青緑の石を好んで集めているという話を聞いたことがあった。
「それはいいとして・・」
──あの歩兵たちは何であろうか。
雍白お気に入りの色を身に付けているわけだから、彼女の兵と考えるのが自然だが。
──亡命は本当の話か?
とてもじゃないが、亡命しに行って失敗した者たちとは思えぬ、整然とした隊列であった。それどころか、得も言われぬ自信のような気配に満ちている。
それは程軫ひとりの感覚ではないようで。
「少佐、一度、話を聞いてみた方が良いのではないでしょうか」
部下もそう具申した。
それは彼女も思っていたことなので。
「よし、誰か──。いや──、私が直接行った方が早いな」
程軫は五騎を引き連れて件の集団に近づいていった。
すると集団の先頭の騎馬が槍を高く上げ、彼等は歩みを止めた。
「どう見てもまともな軍だな」
「はい・・」
程軫たちには、青緑の兵が、かなりの練度ように見えた。
「止まれ!!」
先頭の騎馬の女が大喝する。
──威勢はいい。
「私は西面軍、少佐の程軫だ。そちらは雍白様の一行で間違いないか」
程軫は落ち着いて声を発する。
「如何にも、我等は王女殿下直属の親衛隊である。少佐殿に問う、何故、殿下の隊列とわかった上で道を塞ぐか!」
女は相変わらずの威を放っている。
その目は肉食獣を彷彿とさせる鋭さがあった。
──三百の兵と少佐という肩書きでも怯まぬか。
程軫には女が只の演技派とは思えなかった。
「私達も命を受けて来ている。取り急ぎ雍白様に確認したい儀がある。お取り次ぎを願おう」
程軫は調子を変えず言った。
「わかった。暫し待たれよ」
女は言うと素早く馬車の元まで駆けていった。
「気付いたか?」
「な、なににでしょうか・・」
程軫の問いに、部下は困惑した。
「馬だ──。あれは並の馬ではない、名馬の類いだ」
──そして乗り手も並ではない。
彼女は皆まで言葉にはしなかった。
しばらくして、女が駆け戻ってきた。
「殿下がお会いになるそうです」
「そうか、ご苦労──。お前たちはここで待て」
程軫は馬車の横まで案内され、馬を下り膝をついて待った。
親衛隊の兵によって馬車の扉が開けられ、雍白の姿が見えた。間違いなく第一王女その人である。彼女は文官が着るような服を着ていた。
「程軫少佐、私に確認したい儀とは何か──」
雍白が声を発する。
「雍白様は、此度はどちらへお出かけになられたのか、場所と用向きを伺いたく」
「なに──、北の村の方まで視察に行っただけです。民の生活の今を知ることも、王族としては大切なことでありましょう」
雍白はそうのように言う。
「なるほど──。では、馗国からお戻りになったのではないのですね?」
「何の話か──」
「私に下った命は、亡命を図った雍白様を拘束せよというものです。亡命が失敗して、馗国から戻ってくると情報がありました」
「意味がわかりません。私は亡命などしません。するはずもない。よしんばそれを考え実行したとしても、失敗したからと、態態戻ってくるほど間抜けではありません」
「御尤も──」
──あらためて言われると、おかしな話だ。
馗国は四方、いや八方に道が延びる、何処へでも行ける国である。たとえ馗国で亡命を断られても、別の国に行くことも簡単である。
孟国と関係性が低く、馗国と昔から敵対している謳国あたりなら、すんなりと亡命を受け入れそうでもある。
「して。少佐は私をどうしようというのでしょう」
「亡命が間違いであるなら、拘束する理由はありません。しかし事情を聞くために、長陽へお越し頂く必要はあるかと存じます」
「それならば問題ない。私は明日、参内することになっている」
「わかりました。では、私の方からこれ以上の用向きは御座いません」
「うむ──、大儀でありました」
程軫は雍白の言葉に頭をさげた。
兵によって、再び馬車の扉は閉められた状態になった。
程軫は馬に乗ると。
「貴殿が隊長か」
馬車の近くで馬に跨がる男に尋ねた。やはり名馬のそれである。
「如何にも」
獣の女の上司とは思えぬ、穏やかな返しであった。
「よく鍛えられた兵だ。貴殿の力量が窺い知れるな」
これに男は静かに笑い。
「優秀な兵に恵まれているだけです。自分は彼等に支えられている存在に過ぎません」
そのように言った。
──面白いことを言う。
兵は駒であり、それを扱う者の力量で強兵にも弱兵にもなる。だからこその用兵であり、指揮者の判断力が軍事の要諦であるのは常識だった。
男の言葉は、ただの謙遜とも思えぬ響きがあり。
程軫は、それが正しいとは思わぬまでも、珍しい考え方だとは思った。
「名前を聞いても?」
「袁勝です」
「程軫だ」
名乗りを終え、部下の所へ戻った。
「やはり亡命はないな」
「あの命令は一体何なのでしょう」
「わからん──」
程軫には見当が付いたが、憶測の域を出ず、言葉にするのは控えた。
彼女は軍に戻ると全体を移動させ、雍白一行の通り道をつくった。
それを認めた彼等はゆっくりと前進を始めた。
程軫たちが青緑の集団が通り過ぎるのを見守っていると。
「少佐! どうして行かせるのです。命令に背くおつもりか!」
高官たちが付けた兵の隊長が来て言った。
「現場の判断だ。それが正式な手続きを踏まない命令であるならば、私の決定の方に優先権がある。それに、雍白様は明日参内なさるご予定とか、話を聞きたければ、そのときにでも良かろう」
程軫は隊長の方を見ずに、淡々と返した。
「我々はこれを看過できません。あなたに意思がないならば、我々はこの軍からは離れます。我々は自分たちが受けた命を完遂します!」
怒鳴るように言葉を吐き捨てて消えた。
「何なんだあいつらは・・」
部下が不平を言う。
「しかし、宜しいんですか? あの様子だと実力行使も辞さない感じでしたが・・」
部下の危惧はその通りであった。
「だろうな──。だが、そうなったら最早、私兵同士の闘争でしかない。そこいらで起きているのと大差はない。私達が介入すれば却ってややこしくなるだろう」
程軫の言葉に。
「それはそうですが、雍白様が危険な目に遭われるのでは?」
「そうなれば、王女殿下を救助するという名目で動くことになるな」
「ああ──。なるほど・・」
程軫たちは、雍白自身を守るために行動することはできた。
しかしながら、私兵同士のぶつかり合い自体を止める事はできない。そんなことをすれば、軍を巻き込んでの内乱に発展しかねない。軍部としては、そこには干渉しない方針なのだ。
そこに歯痒さはあった。
「仕方がない──」
思わず声に出てしまったが。
部下たちは、誰も、程軫の言葉を拾おうとはしなかった。




