第29話 休日
袁勝は周図と九門にある料理屋で会っていた。
彼は袁家に長く仕える者で、主に邑の管理など袁家軍の内務的な仕事をしていた。
「幹部の多くは袁雄殿を推しましたが、袁雄殿ご本人が自分は絶対にないと言われまして。袁策殿の長男、袁略殿が次の当主に決定いたしました」
周図は、国軍への用向きのついでに袁勝を訪ね、袁家のその後について語った。
その上で──。
「袁勝殿、袁家にお戻りになる気は御座いませんか?」
そう問うた。
「俺に戻る気はありません。今の仕事が気に入ってますからね。それに──、袁雄殿ならきっと、辛気くさいのが伝染る、などと言って反対するでしょう」
袁勝は笑って言った。
袁雄は当然の事ながら袁勝の兄にあたるが、袁勝は家を出た身であり現在は国軍の大尉であることから、袁家軍の重鎮である袁雄には殿を付けて呼ぶ。
聞いた周図は。
「まさしく──、その通りの言葉を言われました。だからこそと、今、私は強く思います。このように鋭く洞察される袁勝殿に、是非とも袁家の力になって頂きたいと」
これに袁勝はまた笑い。
「袁雄殿の語彙から想像してみただけの話です。彼を知る者ならば、似たような事を思いつくでしょう」
そう返した。
周図は尚も言葉を重ねたが、それでも袁勝は首を横に振るばかりであった。
「さぁ、料理が冷めてしまいます。ここはなかなか繁盛しているので予約も難しかったですが、周図殿が来るというので、中佐殿に頼んでコネで入れてもらったのですよ」
「それは態態──、申し訳ないです」
「いえ、お陰で俺もここの料理にありつけますから、少し感謝してるぐらいです」
言って、また袁勝は笑っていた。
周図は言葉を飲み込み、自分も笑顔をつくった。
「新しい所、良かったの?」
「えっ──!?」
「なんか、そう見えたから」
「ああ──、どうかな」
方倹は妻の言葉に曖昧に答えたが、内心ではその通りだと思っていた。あまりに簡単に見抜かれてしまって、少し気恥ずかしかったのかも知れない。
「思ったほど、つまらぬわけでもなかったよ」
やはり控え目に言った。
「そう──、なら良かった」
「心配させたか?」
「心配はいつもしてるよ、仕事が仕事でしょ。そういうのとは違うんだけど、やりたくない仕事なら、無理に続けなくていいと思って・・」
そうもいかないだろうとは思ったが、言うべき事じゃないのは理解していた。これも自分の態度が、余計な気を使わせた結果の言葉であろうと方倹は考えた。
「確かに乗り気ではなかったが、続けようと思う。給金はしばらく低いままだろうがな」
方倹がそう言うと。
「最後のひと言が余計。そんなのわかってる。そんなこと言われると、また気を使う」
指摘され。
「すまん──」
方倹は頭を掻くように謝った。
「で、どのへんが良かったの?」
良かったとは言ってないはずだが、と思ったが、そこには突っ込まず。
方倹はしばらく輜重隊の話をした。
今まで家で仕事の話などしたことがなかった方倹は、少し新鮮で、不思議な気分だった。
──存外悪くない。
そう思い。
機会があれば、また話をしてみようと考えた。
夜中に突然帰宅した百鈴に、彼女の家族は大いに驚いた。
百鈴が国軍を辞めて戻って来たのではないかと思ったのだ。
心配する家族をよそに。
「疲れたからもう寝るわ」
と、百鈴は翌日の少し遅い朝までぐっすりだった。
起きてきた彼女が。
「あー、三連休だったから帰ってきた」
と、言うと。
「それならそうと言いなさい!」
家族は百鈴に向かって一斉に言葉にした。
若干の混乱はあったものの、百鈴は久し振りの実家を堪能した。
といっても、その実態は、丸二日間ごろごろしてただけである。
連休の最終日、日の出前に百鈴は出発することにした。
寝ててもいいと言ったが、家族は見送ってくれて、申し訳ないのと嬉しいのが混ざって、百鈴は急に寂しくなった。
「危険なのはわかってるが、無理はしないようにな。無事でいてくれればいいから」
「大丈夫だって、基本荷物運びだから」
百鈴は戦闘とは程遠い輜重隊のイメージに、この時ばかりは感謝した。
「まとまった休みがきたら、また来るよ」
それだけ言って百鈴は馬に跨がり、馬腹を蹴った。
その必要はなかったが、ずっと見送る家族を気遣って、彼女は馬を速く走らせた。
結果、百鈴の姿は家族からはすぐに見えなくなった。それでも、しばらくの間、彼等はその場を動かなかった。
夜道を駆けるのとは違い、明るい道を行くのは快適で、復路はかなり早く移動できた。百鈴が九門に到着したのは、昼を少し過ぎたあたりだった。
馬を返し、部屋に戻ると熊収からの伝言があった。
戻ったら会えないかというもので、昼前に来たようだ。
百鈴は例によって素早く身形を調え、急ぎ熊収の元へ向かった。
「なんだか、貴方たち大変なことになりそうよ」
熊収と御茶屋に入り、そこで一息いれて、百鈴はこう言われた。
大変な事と言われ。
「また査問って事!? 上司の責任問題とかにもなっちゃうとか!?」
百鈴は、尚史がまた軍に訴えて、自分や馬豹、袁勝たちが詰問を受けるようになるのではと考えた。
これに熊収は眉を寄せ。
「ちょっと待って百鈴──。あなた、何か、やったの?」
百鈴は熊収の怪訝な表情に、あれ?っと思いながらも。
「尚史に棒で勝負を挑まれたから、返り討ちにしてやった・・」
と、答えた。
「はぁ・・」
こめかみを抑えて、ため息を吐いた熊収は。
「言いたいことはあるけど──、この際、置いておく。私の話は尚史のことじゃない」
少し間を置いて。
「これはうちの先輩が聞きつけてきたんだけど、どうやら孟国で内乱に近い状態が起きているらしいの。周国に靡こうとする派閥と、それに反対する派閥。で、馗国としては周国に伸びられると困るというので、反対派の方に援助することになったみたい」
いきなり外国の話になったものだから、百鈴としてはかなり困惑したが、熊収のことだから筋道はしっかりしてるだろうと思い、黙って聞いた。
熊収は続けて。
「具体的には、今後、馗国と孟国の交易は全て国軍の管理になって、孟国の反対派としか取引しないって事になるようなの。で、その荷を運搬するのに輜重隊が使われるみたいなんだけど──。危険な部分に関して、何故だか、百鈴のとこの第三輜重隊が、名指しで推されたらしい」
そのように言った。
百鈴の困惑の度合いは益々高まったが。
「それって、うち等が孟国まで荷を運ぶってこと?」
聞くと。
「ちょっと違う。さっきも言ったけど、内乱に近いから物資が狙われるおそれもある。それで、孟国内を移動する部隊も必要になったんだけど、そこに百鈴たちが指名されたってわけ。だから孟国までっていうよりか、孟国から先は~って感じになる」
熊収は答えた。
百鈴は熊収の言葉を理解するのに時を要した。
そして、ひり出すように。
「内乱状態の外国で、荷物運ぶって事だよね」
確認した。
「だから、大変なことだって」
熊収が再び言葉にした。
百鈴は常に戦う覚悟はできていると自負しているが、外国へ行くとなると、これまでになかった不安を感じてる自分がいて、戸惑った。
──基本荷物運びか・・
どうしてか、今朝言った自分の言葉を思い出した。
途端、寂しさがぶり返してきた。
連休最終日の午後、百鈴は低めのテンションで過ごすこととなった。




