第28話 唇歯輔車
第三輜重隊は二週間の任務を終え帰還した。
百鈴は、初回からこの行程じゃ大変だったろうと、新しく入った兵を心配したが。彼女の目に映る彼等の姿は、存外はつらつとしていて、先輩風の吹く隙は微塵もなかった。
そんな百鈴は相変わらず、わかり易いのか。
「残念だったな──、先輩面できなくて」
逆に、馬豹に先輩風を吹かされた。
前回の鹵獲品で報奨金が出た。一人当たりにするとほんの僅かだったが、皆の、特に新兵である四人の気持ちは高揚したようだった。
百鈴は彼等と比較し、自分はひねくれてたかも知れないと反省し。
──やりがいなんて、やってるうちに感じるものか。
などと、尤もらしく考えた。
それを見た馬豹は。
「知った風な顔してるぞ。何を考えてるか知らんが、哲学だけは語るなよ」
と、先輩として釘を刺した。
百鈴も少々シャクだったので。
「私は曹長ほど舌が回りませんので、ご心配なく」
そう返すと。
「ほう──。顔を真っ赤にするぐらいしか能がなかったのに、成長したな。嬉しいぞ」
言って笑った。
若干モヤる百鈴だったが、それでもすぐに気分は凪いだ。
なにしろ明日から三連休だ。
──家に帰ってみるか。
特に決めてはなかったが、百鈴は実家に行く事を考えた。
武官学校時代は、馬で半日ぐらいかかっていたが──。
馬術も上達したと自負している今なら、もう少し早く着くのではないかと想像した。
袁勝が気を利かせたのかどうか定かじゃないが、この日はかなり早めの解散となった。
百鈴はさっきまで、明日の早朝にと思っていたが。
──今からもアリか・・
と、今日中に家に戻ると決めた。
百鈴は脱兎の勢いで部屋に戻り、素早く旅装を調え、すぐさま部屋を飛び出した。
馬を借りに向かう道すがら、訓練帰りと思しき部隊とすれ違った。
すると、駆け足で行く彼女の後ろから誰かが追ってきて。
「百鈴! 俺と勝負しろ!」
と、怒声を発した。
声の主は尚史だ。
訓練用の棒を二本持っている。
おそらく自分の一本と、部隊の他の者に借りてきた一本だろう。
──またコイツか・・
先を急ぐ百鈴は、面倒なのに捕まったなと思ったが。前に査問官に呼び出されたことを思い出し、ふざけるなよという感情が高まった。なので──。
「上等だ!!!」
尚史に負けじと、怒号で返した。
百鈴は、尚史が投げた棒を拾うや否や。
「はっ!」
気合いと共に間合いを詰め、鋭く突く。
〔 鱗茎剥捨 〕
尚史はスキルを使い、百鈴の突きを大きく往なす。
百鈴の体勢が左に傾く隙に、この間のお返しとばかりの突きが放たれる。
が、百鈴は前に踏み込みながら石突きの側でそれを弾く、続けて返す動きから左足で踏み込んでの振り下ろし。
尚史は引いて躱すが、この時の百鈴の右手の位置はいつのも短めのスタイルではなく、やや後ろ側にあり。撞球(ビリヤード)のような姿勢からの強い突き出しがきた。
〔 鱗茎剥捨 〕
再びスキルを使った尚史だったが、インターバルが足りなかったのか百鈴の攻撃を往なし切れず、突きを受けて棒を落とした。
しかしそれでも百鈴は止まらず、尚史の腹に一撃を入れ、前回と同じように彼を悶絶させた。
百鈴は尚史が気を失うと棒を捨て、とっととその場をあとにした。
──気絶させたのはやり過ぎたか?
思ったが。
「知ったことか」
と、考えるのをやめ、替わりに自身の動きを思いだし。馬豹の槍を参考に、石突き側で踏み込んでみたのが良かったと振り返った。
百鈴は馬を借りると、九門を東に出て、一路故郷に向けて馬を走らせた。
雍白は、彼女と面談した馗国の高官たちに向かって言った。
「孟国は、馗国からすれば歯に対しての唇、目にとってのまぶたような存在です。または、車と荷台、瓶と蓋、上あごと下あご、骨と肉かも知れません」
彼女の言葉は──。
両国の関係は密接で、切っても切れない間であり、仮に一方を失えば、もう片方も大いに困ることになるというものだった。
これに高官の一人は。
「それは孟国によった見方ではないですか? 我等馗国からすれば、孟国は多くの貿易国の内の一つに過ぎません。今、我が国がそちらに援助をしても、受ける恩恵など、これまで以上には見込めないと思うのですが・・」
雍白は。
「幸福にある者は、自分が今、満ち足りているとは、なかなか気付かぬものです。また、健康であるという事は、病になって初めてありがたみがわかるもの。愛も、失ってから気付くのかも知れません」
彼女は続けて。
「この先、孟国が周国によって滅びれば、次に周国が考えるのは何でしょうか?」
そう高官たちに問うた。
雍白は答えを待たずに。
「私も、馗国に来て知ったのですが、北の謳国が何度も国境を侵しているとか。なんでも北を守っている軍閥と、激しい戦闘もあったと聞きました。また、東では礼国と、常に小競り合いが起きているとも聞き及んでおります」
この時点で、多くの者が彼女の真意に気付いた。
雍白にもそれがわかり、声にも一層力が入る。
「周国が孟国を滅ぼせば、次に狙うのはここ馗国です。そうなったとき馗国は、謳、礼、周の三カ国からの侵攻に対処しなければならなくなります。いえ──、これは少し間違っていますね。おそらくその時は、二国、もしくは三国による連携した動きになるはず。それならまだ良い、おこぼれに預かろうと、いらぬ欲を持つ国が加わってもおかしくありません」
うなづく高官たちに。
「今、孟国を救うことに利は少ないかも知れません。しかし、救わねば大きな不利益を被ることになります。どうぞ私達の存在を、炎天を和らげる日傘か何かにお考えになり、そのほつれを直すつもりで御助力を頂きたい。なにとぞ、何卒、お願い申し上げます」
言って、慇懃に礼をした。
それは、一国の王女としては最大限のもので、馗国の高官たちも恐懼せずにはいられなかった。
概ね、高官たちも雍白の意見に理を見付けた。
しかし、ひと言に助力、援助と言っても、どのような手段を用いればという問題があった。
ここで雍白は。
「難しいことでも、殊更に手間のかかることでもありません。私達と直接交易をして頂きたいと考えております」
そう言った。
今後、孟国と馗国の貿易は全て、雍白派と馗国との取引にしてほしいというわけだ。
雍白派でなければ馗国に売ることも、馗国から買い付けることも出来なくなる。そうなれば、馗国との交易に依存する孟国は、自然と雍白派に傾くことになるとの考えだ。
「それは簡単で良いとは思いますが、既に孟国内では闘争が起きているとか。ならば、実力を以てそれを阻止する動きも出ましょう。やや悠長ではないでしょうか」
この指摘に。
「闘争のことでしたら、もとよりの話なので私達も対処はしております。ただ、荷が奪われたり、その運行を妨げる動きには、なかなか対応できぬかも知れません」
雍白はここまで言ってから、再び頭を下げ。
「できますれば、貴国の精鋭なる輜重隊、特に、第三輜重隊にお願いしたいと考えております」
そう言葉にした。




