第26話 夜襲
国境で待ち合わせた商隊の人数は八十を超えていた。第三輜重隊の倍以上で、半分は護衛の者であった。
商人の荷車に護衛が付くのは普通だったが、これほどの数を見たのは、百鈴としては初めてだった。
──それだけ危険ってことか。
複数の曖昧な国境線が交わる地域だけに、賊などが出やすいのだろうかと、先程の騎馬の集団の事を想起しながら考えた。尤も、百鈴はアレが只の賊徒だとは思っていない。
百鈴はいつものように、馬豹に付いて荷の検分に立ち会った。
今回は下ろす荷と、積む荷の両方がある。
特に問題もなく終わったが、ふと見ると、馬車の女が商人と何やら交渉しているようだった。
「ところで、坤門まで付いてくる気なんですかね?」
馬豹に聞くと。
「そうらしい。大尉も兌門の方が近いから、途中からそちらに向かう事を提案されたようだが、それでもということみたいだ」
「何者なんでしょう」
「さあな──」
馬豹には何か心当たりがありそうな感じだったが、饒舌の彼女が言わないのだから確信ではないのだろうと思い、百鈴はそれ以上聞くことはしなかった。
百鈴たちは商隊が出発するのを見送り、自分たちも、目的地に向けて針路をとった。
この晩の食事は、少しマシなものとなった。
馬車の女が、力添えに感謝するとして、商人より買い付けた燻製肉を提供したのだ。
一人一切れの焼いた肉の他に、兵糧を戻す湯の中にも切れ端のような肉片が入っていた。汁に味がしみ出て、ふやけた米や豆がそれを吸って、旨かった。
──ここでは狩りなど、せんのだろうな。
方倹は汁をすすりながら思った。
歩兵隊では野営の際、森に入って獣を狩って肉とすることが時折あり、それはそれで一つの楽しみのようなところもあった。一方、輜重隊は、その任務から常に移動しているため、狩りをしている時間などあるはずもなく、ここまでの食事も兵糧だけであった。
「知っているか、ひと言に燻製肉といってもな──」
何故だか馬豹が、燻製肉についての蘊蓄を語り出した。
やれ塩がどうの、乾燥がどうの、燻しがどうのと、どこで仕入れたのか、すらすらと知識を披露した。
彼女の話す事柄は、まぁまぁ興味をそそられるものであったが、それ以上に。
──存外、よく喋る。
黙っていると爪を持つ獣のような雰囲気を漂わせている馬豹が、音吐朗朗と語る姿は、方倹始め新参の者には意外すぎて、軽く頭が混乱した。
斯様にして、いつもとは異なる時間が流れたが──。
それは、この時ばかりではなかった。
方倹は目を開けた。
星が浮かんでいる。
それなのに、体は起きろと彼に訴えた。
「伍長、そのままでいろ」
身を起こそうとした方倹に、馬豹の声が届く。
彼は黙って従い、静かに自身の剣の所在を確かめた。
「百鈴、遅いぞ」
また馬豹の声だ。
──どうやって把握しているのか?
目を覚ました者に声を掛けているようだが、その手妻の種は謎だった。
第三輜重隊では篝火は使わない。
これは埋伏などでもそうなので、その事に方倹は疑問を持たなかったが。見張りなど、特に決めることなく寝に就くので、少し不用心だと思っていた。
だが、この勘の良さがあれば不要かも知れないと考え直した。
深夜、輜重隊の一行は、何者かによって取り囲まれ、夜襲を受けようとしていた。しかしながら、隊員たちは自然と、または近くの者に引っ張られるように目を覚まし、寝ながらにして待ち構える状態になった。
「荷を狙った者とも考えられるが、昨日の今だ。九分九厘、馬車を狙った連中の方だろう。馬車の方は私と百鈴で受け持つ。皆は班ごとに敵の殲滅──、そんなところでしょうか?」
「ああ──、問題ない。方角を見誤るな。敵の正体について知りたいところではあるが、捕らえようなどとは考えるな。欲をかけば身を滅ぼすぞ」
馬豹が皆に呼びかけ、最後に確認し、袁勝がそれに応えてるようだ。
方倹には馬豹の声はよく聞こえたが、袁勝のはよくわからなかった。
「皆、方角を確認せよ。戦闘中は敵を倒す事に集中しろ」
馬豹が言う。
彼女は小さくともよく通る声で、袁勝の代わりに言葉を伝えてるのだろう。
ともあれ、これから戦闘になることは間違いない。
──今の俺が、どれだけやれるか・・
方倹は、闇の中にあって、憂色を浮かべている自身を認識した。
敵が動き出した。
もはや気配を隠す必要もないとばかりの跫音だ。
──思ったより多いか。
方倹は、相手が夜襲を狙うならば数に絶対的な優位がないはずで、いたとしても同数程度までだろうと考えていた。しかし聞こえてくる音は、彼の期待に反し、敵の多数を教えていた。
「総員、戦闘準備!」
袁勝が言って、一斉に飛び起きる。
続けて。
「一班、二班は北。三、四は東。五、六は南だ」
そして間髪入れずに。
「迎撃!!」
その大喝で皆が敵に向かう。
方倹は二班、北側、やや西よりから来る者等に対処する。
「連携を忘れるな」
班長が言って先頭を行く。
──無茶しなきゃいいが・・
方倹は、自分を含め、輜重兵で敵を倒せるとは思っていない。
やれる事は、せいぜい時間を稼ぐぐらいで、その間に馬豹たちが倒すのだろうと考えた。彼女たちには、それだけの強さがあると見ている。
だから、班長の後ろ姿に、危ういものを感じてしまったのだ。
しかれども、方倹の憂慮は徒労に終わる。
〔 窮鼠噛獣 〕
──なんだ!?
方倹は何か感覚が鋭くなったような気がした。
その自覚に戸惑っている間に、二班は敵とぶつかった。
──惚けている場合ではない!
方倹は敵の攻撃を避けること、躱すことを念頭に置いた。
そのはずだったが──。いつの間にか相手の動きに合わせて自然と踏み込み、そのまま斬り上げる自分がいて、大いに驚いた。
──なにが!?
彼の理解が追いつかないうちにも、味方が敵に打ち込み、相手が防御したところで班長が横から仕留める。
「連携だ」
班長の声。
その言葉に我を取り戻し、方倹も味方にあわせて敵に斬り付ける。
またひとり、もうひとり、二班の仲間は敵を屠っていく。
──本当に倒している。
じかに目にしているにも拘わらず、方倹は騙されているような気分になった。
そんな中、方倹に向かって一際強い攻撃が来た。
咄嗟に防御したが、左腕の力が押し負ける。
味方がフォローに入ろうとするが、敵の一人も、そうはさせまいと妨害する。
──くそ、やはり俺じゃ・・
方倹は諦めかけたが、ふと、馬豹と百鈴の立ち合いを思い出した。
何日目のときだったか──、百鈴が間合いを詰めてから、急に左構えに変えて、そこから激しく攻め込んだことがあった。それでも馬豹は崩れなかったが──。
方倹は両利きを見せた百鈴に、大したものだと、ただただ感心した。
──右腕なら!
方倹は何とか攻撃を往なすと、素早く持ち手を右になおした。そしてそのまま踏み込んで斬り付ける。
相手も受けるが、方倹は構わず圧していく。
相手の押し返す力が強まる。何かのスキルかも知れない。
瞬間、方倹は力を抜き、敵の体勢が崩れたところに、横を滑るようにして薙ぎ斬った。
同じとき、味方も敵を倒し、ついに襲撃者たちは逃げに転じた。
「追撃!!」
袁勝の大喝が聞こえる。
方倹は仲間と共に、敵を討ちに討った。
もう追う者がいないと思ったとき、星は、まだ鮮明に灯っていた。




