第23話 ペナルティー
「私は降格処分には反対です」
于鏡は言った。
この会議の議題は、呼延吹の処分をどうするか、だった。
「袁家当主を含む、推計三百以上を討ち取ったというのは確かに戦果だ。だが、軍令違反を無かったことにはできまいよ」
一人が言う。
「その通りだ。呼延吹様は優れた武勇をお持ちであるが、軍という組織をどこか甘く見ているフシがある。これを機に自らを顧みて頂き、今後の成長につなげてもらいたい」
別の者も言う。
他にも、同調するような意見が続いた。
これに于鏡は。
「私は軍令に背いたことを不問にせよ、と言ってるわけではありません。皆様方の言は、まことその通りだと思います。だからこそ、きちんと処罰をするべきだと考えております」
「どういう事か?」
喬太后が問う。
「呼延吹様は少佐であります。普通、少佐が軍を勝手に動かし他国に攻め込んだ場合、その処分は如何ほどになるでしょう」
于鏡の言葉に、群臣達は口をつぐむ。
──死罪もありうる。
──だが、相手は呼延吹様だ。
──まさか、太后様に娘を死罪にしろと言う気か!?
彼等は胸裏の言葉を耳に聞くことをおそれた。
「他の者ならば死罪でしょう」
沈黙を破ったのは喬太后であった。
「なるほど──、形だけの処分はすべきではないと言うことか」
続けて呟くよう言った。
「はい。呼延吹様にとって階級に意味はありません。此度の件も、兵達は少佐だから従ったというより、呼延吹様だからというのが本当の所でしょう」
于鏡が応じる。
「では其方の考える、適当な処罰とは、どのようなものか?」
再び喬太后は問う。
「先程、甘く見ているとありましたが、私はその原因は兵を知らぬからだと見ております。呼延吹様は、そのお立場は当然の事として、武芸に於いても異彩を放っておられたため、早早と騎馬隊を率いるようになりました。ご存じの通り、騎馬隊は軍では花形、光の当たる場所とも言えます。呼延吹様はそこからの景色しか知らぬがゆえ、甘くなるのではないでしょうか」
于鏡は一拍おいて。
「呼延吹様には、下士官未満の者らに与えられる罰から始めればよろしいかと」
そのように言った。
一般兵に下される罰、それはもちろん罪状にもよるが、ほとんどは労役である。そしてその代表的なものは、汚物の清掃だ。
早い話、于鏡は便所掃除や、どぶさらいでもさけておけと言ったのだ。
聞いた一同は目を丸くしていたが。
「ハハハッ──。確かに、あの娘にはそれが一番効くかも知れませんね」
喬太后が笑い出し、釣られて他の者も顔を緩めた。
それで呼延吹についての話は終わった。
喬太后は会議のあと、于鏡だけを残し、話を聞いた。
「実際のところ、軍人としてのあの娘は如何ほどでしょう」
于鏡は。
「もとより、騎馬の扱いと指揮に関しては目を見張るものがあります。加えて、今回の事で大きく成長されたと思います」
「成長ですか」
「はい。同行した者たちに話を聞いたところ、呼延吹様は皆の意見を良く聞き、その上で自分も意見を出し、またそれを皆で考えるという事をされたとか」
聞いた喬太后も驚き。
「イノシシのような娘だと感じておりましたが──」
意外な我が子の姿に、そう言葉にした。
「呼延枹様の敵を、なんとしても討ちたいという思いが、呼延吹様を変えたのではないでしょうか」
于鏡は続けて。
「また不利と見てからの撤退の判断も早く、強敵に尻込みする味方を冷静に諭し、強い責任感をもっておられたとか。敵の証である兜を奪われたときは、やや気が急いておられましたが、私の言葉を聞き納得するだけの平静さがありました」
そこまで言い、最後に。
「私には、呼延吹様は、いずれ呼延枹様をも超えるであろうという予感があります」
やや声を張り、まっすぐに言った。
喬太后は。
「そうですか──」
静かに言い。
「其方には、あの娘のことを助けてもらいたいと思います。呼延枹の分まで、という言い方は酷かも知れませんが、それが正直な気持ちです」
自身の憂いを隠さずに、声にした。
于鏡は頭を下げ。
「私のもてる全て以て──」
と、言った。
軍に入って半年、この日は身体検査があった。
体格や、健康状態などのチェックがあるが、重要なのはレベルの測定だ。
霊石と呼ばれる石をもって力を込めると熱が生じる、その熱を測ったものがレベルだ。
初めてスキルを覚えた状態の熱をレベル10、二つ目のスキルを得たときを20として定めている。
熱に個人差はあるものの、ごく僅かな違いでしかないため、皆が同じ基準で測定する。
計測用の石は中を穿ってあって、そこにガラス管が入っている。中の油の膨張で判断する仕組みだ。
百鈴も、もちろん測定した。
しかし、結果はレベル3のままだった。
係の人間は。
「冷まさなくて済むから助かるよ」
などと、無神経に失礼な事を言ってくれるので。
「うるさい!!」
百鈴は腹から一喝して相手を竦ませ、溜飲を下げた。
兵営に戻り、他の隊員たちと同じく結果を提出する。
何人かレベル8を超えた者がいて、一人10に到達した者もいた。
袁勝が彼等と話し、それぞれ転属の申請を出すようだった。
百鈴には転属したいという気は無いし、今はスキルを超えた強さという理想に燃えているわけだが。そうであっても、レベルが上がっていないという状況は不満で、やるせない気分になった。
そんな彼女の心境は、周囲には分かり易く伝わるようで──。
隊員たちは。
「軍曹、元気出してください」
「みんな軍曹の強さは知ってますよ」
などと、百鈴を慰めた。
また、第三輜重隊は任務がないときは訓練を欠かさぬが、本日はそれもなく、隊員たちは暇をしているというのもあってか。
「軍曹、稽古を付けて下さいよ」
と、百鈴に指導を頼んだ。
これには百鈴も、流石に腐る態度は見せられないと思い、気持ちを切り替えて彼等と立ち会った。
普段の訓練でも一応やってはいるのだが、袁勝が連携を重視する方針なのもあって簡単で短いものだった。なので、このときはじっくりと向かい合ったが──。
──謳国軍の兵なんかより断然上だ。
百鈴をして精兵と思わしめる強さを隊員たちは見せた。
この強さは訓練の成果なのか、それとも実戦経験のなせるわざなのか、百鈴にはわからぬところであったが。
──私だけじゃなかった。
と、レベルという謎の物差しで、理不尽な扱いを受けるのは隊員も同じであったと思い出した。
その共感は真剣さを呼び、百鈴たちの稽古は熱を帯びた。
ほどほどにイイ汗をかいたところで終わり、百鈴はひとり兵営にもどった。
すると、袁勝と馬豹が話をしているとこで、百鈴は意図せずして立ち聞きのような形になってしまった。
「私は、大尉の元を離れるつもりはありません」
馬豹が強く言う。
「ああ──。知っているが、打診があった以上、伝えるのが俺の仕事だ」
袁勝は穏やかに返す。
「では、謹んで辞退したく思います。その旨の伝達をよろしくお願いします」
馬豹は変わらず張りを持った声で応える。
「わかった──」
袁勝は普段の調子で言って、立ち去った。
百鈴としては自然に戻りたかったが、やはり、彼女は分かり易い人間のようで──。
「おい百鈴、さっきの話を聞いていたな」
馬豹にバレた。
「いや、ちょっと聞こえただけですよ」
「同じことだ」
馬豹が据えた視線を送る。
百鈴も気まずく、なんとか話題を変えようと。
「そういえば、曹長は身体検査、どうだったんですか?」
ダメ元で振ってみた。
と、意外にも馬豹は神妙な面持ちで。
「レベル17になってたよ」
そう言った。
聞いた百鈴も驚き。
「えぇ!? 14から、三つも上がったんですか?」
「みたいだ──」
平素、なにかと自慢気な馬豹だったが、このときばかりは当惑の気配だった。
「ちょっとズルくないですか? 私なんて全然変わってないのに」
「ズルいとは何だ、ひと聞きの悪い──。私も驚いたさ、レベル10を超えてから、これほど短期間に上がったことはなかったからな」
馬豹の言葉に、またしても不満感を募らせた百鈴は。
「三つも増えるなら、一つぐらい分けてくれてもイイでしょうに」
と、理不尽な物言いで馬豹を困惑させた。
──よし、そろそろ退散しよう。
百鈴は巧く話をそらせたと感じ、この隙に逃げようとしたが。
「ところで百鈴──。身体検査といえば、お前、何をやった?」
馬豹は、いつもの調子を取り戻して。
「先程、連絡があり、お前が検査場の人間を恫喝したとクレームが来たぞ」
と、百鈴に問うた。
それからしばらくの間、百鈴は馬豹から説教を受けることになった。




