第21話 奪還!?
百鈴が報告したとき、袁勝はどこか戸惑ったように見えた。
それは百鈴の心にも、動揺に似たものを与えた。
最初、なぜ自分は今になって不安を感じているんだろうかと不思議だったが──。
「袁家の兜は袁家軍の誇りであるはずです。誇りを奪われたままでは、立ち直ることはできません。人は、戦士は、それを拠り所としているから戦えるのです! 我々には隊長の指揮が、それを実行しうる力があります。隊長、追いましょう!」
戦場にあっても、馬豹が朗朗と言ってのけ──。
「そうです! 謳国に、この間の借りを返すときです」
他の兵も続き──。
「やりましょう!」
「袁家に貸しを作るのも悪くない」
「謝礼が出るかもな」
「まだやれます!」
いつになく、皆が積極的に声を発する──。
そうして、それを聞いた袁勝が──。
「わかった。ではこれより、謳国軍を追撃、袁家軍の兜を取り戻す」
いつもように、柔らかく、そして淡々と命じる──。
それで百鈴は理解した。
袁勝はいつも同じ調子だったんだと。
そこに自分たちは、無意識に安心を覚えていたのだと。
だから袁勝の僅かな戸惑いに、心が乱された。
百鈴には、その対処をどうすればいいのか、わからなかったが。
馬豹たちは、意気を見せ、明るく振る舞うことで、袁勝のことを励ましたようだった。
「行くぞ!」
袁勝が気合いの声をあげて、第三輜重隊は駆け出した。
血は既に止まった。
呼延吹は、鎧の肩から袖にかけての部分を、動きが悪くなるからと革のみで誂えていた。
そこを巧く狙われ、斬られた。
攻撃が来る瞬間、咄嗟に反対側に体を寄せたので、傷は浅くて済んだようだ。
袁家の当主を討ち、残る袁家軍を追い込み、その指揮官も倒せると呼延吹は思った。しかし、敵の捨て身に気付かず、彼女を庇った数名が犠牲になった。
それでも、敵の背後を取り、今度こそというとき新手が向かって来た。
両手に武器を持った女、袁家軍とは異なるが、敵であるのは変わりなかった。
呼延吹は敵の姿を見た瞬間、九分九厘、攻撃スキルを使ってくると踏んだ。
だから彼女も自身のスキルを使った。
相手のスキルにカウンターを当てるこのスキルと、鉤鎌槍があれば、自分は絶対に負けないんだという自信をもっていた。
ところが、敵はスキルを使ってこなかった。
いや、もしかしたら、身体強化のスキルを使っていたのかも知れない。
鉤鎌槍を往なして、すれ違いざまに斬り付けてきた。
負傷した呼延吹は一旦戦線を離れたが、その間に、味方は大きく崩れた。
戻った彼女は急いで撤退命令を出したが、先程までの勝ちが嘘のように、惨憺たるありさまだった。
撤退のさなか──。
「あいつらだ──。またアイツらがきた」
「槍と剣の奴は、前にも見た」
誰かがそのように言ってる。
「皆、何か知っているのか?」
呼延吹が周囲に問うた。
一人が。
「以前、呼延枹様と来たときに遭遇した敵です。少数ですが、異常な強さで、あのときは七十人以上がやられました」
そう答えた。
そのとき。
「報告、後軍が敵の追撃を受けています」
「袁家軍か?」
隊長の者が聞く。
「袁家軍にあらず、途中から現れた馗国軍の歩兵です」
報告者の言葉に、何人かが青ざめる。
──後方が潰走すれば、それは全体に及ぶ。
呼延吹はそう考え。
「これより敵を牽制し、足止めする」
言うが。
「呼延吹様、あの軍と戦うのは危険です。先程も蹴散らされました」
などと返ってくるので。
「私も彼等の一人と戦い負傷しました。強く、危険な存在であるでしょう。ですが必要とあれば、再び刃を交えることを厭いません。撤退中の今、後方が崩れれば、その波は全体に及びます。そうなれば、多くの者を帰還させる事は困難になります。私は、今一時、軍を借りているだけですが、それでもこの軍の兵の命に責任があります」
呼延吹は、力むことなく淡々と言葉にした。
その様に、何人かは彼女の母である喬太后の姿を思い浮かべた。また幾人かは、その責任感に、亡き呼延枹を思い出した。そして、それらを受け継ぐ目の前の呼延吹を、あらためて傑物であると認識した。
「兜を返せー!」
第三輜重隊の隊員たちは、そう言いながら敵に突っ込んだ。
ついさっき散散に蹴散らされたばかり謳国兵は、それですぐに浮き足立った。
そこに馬豹が達人の槍の見せつけ、百鈴も両手に持った武器で派手にアピールする。そして隊員たちが流れるような連携で敵を倒していく。
戦いの中で自然と固まった、第三輜重隊の戦闘パターンだ。
しかしこのとき。
馬豹、百鈴はもとより、他にも数名は気付いていたが、袁勝の部隊強化のスキル効果は既に消えていた。
百鈴には、それが時間による問題なのか、何か別の条件によるものなのか、わからぬ事であったが。それ以上に、味方が変わらず良い動きをしている事に、不思議を感じていた。
馬豹のことは置いておくとして──。
当の百鈴自身も、槍と剣を巧みに操り敵を屠っていたが、それは立ち合い稽古の成果だろうと考えた。
なんにせよ、彼等の猛攻は凄まじく、敵の殿は潰走直前であった。
そこに馬蹄を響かせ、敵の騎馬隊が向かってくる。
幾分か雨が弱まったせいか、馬から湯気が立ちのぼり、それが闘魂の炎のように見えた。
騎馬が、こちらを側面から突こうとしてくるが。
「構うな! 敵を穿って盾とする」
袁勝が言って、輜重隊は鏃ように敵軍に食い込んだ。
騎馬隊も、ならばとばかりに、今度は真後ろを狙ってくる。この状態で突撃を受ければ、逃げ場のない百鈴たちは押しつぶされる格好になる。
「馬豹、出端を折るだけでいい」
「了解!」
「俺は左、百鈴は右だ」
「はい!」
「皆も遅れるな」
袁勝はそこから数秒待ち。
「反転!」
その一声で彼等は取って返した。
騎馬隊と正面からぶつかる。
〔 脱兎捉爪 〕
馬豹が一気に飛び出し、敵に肉薄する。攻撃を躱し、一騎を落とす。そしてすぐさま敵から離れた。
続けて輜重隊の一団が敵に迫るが、搗ち合う直前、彼等は左右に分かれ騎馬をやり過ごす。結果、敵の騎馬隊は、歩兵の中に埋没した状態になった。
それは騎馬の機動力が封じられたようなものであり、このまま攻められれば極めて不利であった。
敵もそれは十分承知で、すぐに反転したが、そこに第三輜重隊の姿はなかった。
百鈴たちの目的は、敵を潰走させる事ではない。
そのような事態になれば、敵を討つことはできても、兜の所在がわからなくなり、取り戻すこが難しくなる。
数百を超える集団の中で、重要な人や物は中軍に置かれるのが常であり、第三輜重隊の狙いは最初からそこである。
敵の後軍を攻撃することで、敵は潰走をおそれ踏みとどまる。
そのことで中軍との間に生じた隙間に入り込もうというわけだ。
袁勝率いる半分と、馬豹、百鈴の半分は、それぞれ敵を大きく回り込み、敵中軍の真後ろに滑り込んだ。
謳国軍の後軍や騎馬隊は、殿が狙われると思い込んだため、それに気付くのが遅れた。
これまで天候によって相手を出し抜いてきた謳国軍だったが、ここに至り、逆にその視界の悪さが仇となった。
袁勝は己の逡巡を打ち消すつもりで。
「俺がお前達を守る。俺から離れるな」
隊員たちに向かって言った。そして──。
「突撃!」
大喝をあげて自ら先頭に立って突っ込んだ。
〔 抑梟扶雀 〕
自分自身で封じたスキルを再び使う。
弱者を喰らっていると思えたスキルだった。
厭悪した。
だが、今になってみると、それは自分の驕りでなかったかという心境になる。
戸惑う自分を、励まし、勇気付ける仲間たちを前にして袁勝は思う。
もとより自分は、彼等によって支えられる存在であったと。
導く気でいたが、それは思い上がりの自惚れであったと、恥ずかしくなる。
スキルのない者でも戦える用兵──。
──偉そうな話だ。
袁勝は過去の自分を嗤った。
喊声を上げ第三輜重隊が敵に襲いかかる。
敵も即座に迎え撃つが、先頭の袁勝が次々に味方を躯に変える姿を見て、完全に怖じ気づいた。
「隊長、あれです!」
馬豹が言って指さす。
「俺に続け!」
袁勝は言うや否や、逃げる騎兵に詰め寄ると背後から一閃、続く馬豹が敵の持っていた棒ごと兜を取り返した。
そこに敵の騎馬隊が猛然と向かい、その後ろからは敵の後軍が詰めてくる。
「袁家の誇りは取り戻した。次は俺たちの番だ!」
袁勝はいつになく強く言った。
「密集隊形!」
隊員たちが小さな塊になったとき、別方向から、新たな馬蹄の気配がやってきた。
袁勝は、騎馬二部隊による波状攻撃を警戒し、隊の構えを変えた。
しかし、新手はこちらには目もくれず敵の騎馬隊を遮るように停止した。
何があったか──、彼等は一つの騎馬隊となり、じっと袁勝たちを見据えた。
必然、両者は睨み合う形になり、その間に迫っていた敵後軍は幾つかに別れ、騎馬隊と輜重隊を大きく迂回するように過ぎ去った。
暫しの間その対峙は続いたが、やがて騎馬隊はゆっくりと動きだし、闘争の気配を残したまま消えた。
「警戒を維持したまま、袁家に向かう」
袁勝が言った。
いつの間にか、雨は上がっていた。




