第19話 本命
「機嫌を直せ。これで死んだ仲間の敵が討てるってもんだろ、良かったではないか」
袁雄は独断行動を詫びるわけでもなく、むしろ自分のお陰と言わんばかりの態度だった。
袁策には。
──兄に何を言っても通じる事はない。
という諦めがあり、特に何かを言うことはなかったが、表情だけは怒っているという風に見せた。
袁家軍の総勢六百は、三百の敵軍を追走している。
斥候の報告から、敵は行軍速度を上げているようで、一目散の撤退行動のように思えた。
──想定よりも守りが堅かったか?
──騎馬隊を討ったことで溜飲は下がったため拘らなかったか?
袁策は、敵の引き際の良さの理由を考えていた。
元より、これが偽装である可能性は考慮している。
逃げた振りをして、追ってきた部隊を返り討ちにする狙いだ。伏兵を配すれば数の不利は補えるだろう。
それ故、袁雄の部隊に追いついた後は、周囲に斥候を放って警戒を強めながら進んでいた。
「おい。このままでは振り切られるぞ!」
袁雄が言う。
袁策としては、それはそれで仕方がないとも考えている。このような悪天候は、追う者より、逃げる者の方に有利に働くものだ。
「なあ袁策、伏兵を警戒してるのはわかるが、この先は大して隠れる所もない。ここまでの道で、もっといい場所が幾つもあっただろう。所詮は余所者、地の利はこっちにあるんだ」
袁雄としては、逃がしてなるものかという心境なのだろう。
──珍しく言ってることに無理がない。
袁策は少し感心した。
尤もそれは、普段の強引さがあっての相対的な評価に過ぎない。
「俺を二百で先行させてくれ、それで足止めすれば逃げられずに済む」
袁雄の言うこともわかる。
しかし、騎馬隊ではない以上、先行するということは強行軍に他ならない。追いついても、へとへとになった兵では戦いようがない。
袁策のそのような思考を読んだのだろうか。
「大丈夫だ。お前が追いついてくるまで戦わん。構えを見せるだけだ」
袁雄はいつになく真剣な表情で言った。
袁策は思案した。
彼も袁家の当主として、敵にやられっぱなしでは立つ瀬がない。一矢報いたいという気持ちは、袁雄同様にあるのだ。
「わかりました。三十騎を含む二百を預けます。くれぐれも無理はせぬように」
袁策が言うと。
「まかせろ!」
袁雄は大きな声で言って、駆け去った。
呼延の紋章旗がしっかりと、はためいていた。
ここが死地である事は覚悟している。
しかし、この旗の下で死ぬのであれば、それも悪くないという気もする。
部隊を預かった男はそう思った。
謳国の軍勢は、騎馬隊を温存し袁家の本拠を攻めた。
そして、敵が守りに入った段階ですぐさま撤退した。
敵が追ってくるかどうかは賭けであった。追わぬなら、今回はその時ではなかったのだと諦める方針だったが、袁家軍は早早と追撃を決めたようだった。
その後は駆けに駆けた。
中途半端な速度では、相手も全力で追うことはないかも知れないとの考えだ。
謳国軍に伏兵の意思はない、逃げに徹している、そのように印象づける必要があった。
しかし実際は、少しずつ兵を分離し、それらを伏した。併せて、部隊の間隔を広げ、人数が減ったのを誤魔化した。
それらは敵に感付かれることはなかったようだ。
それだけ、こっちの逃げ足が速く、相手の意識を引き付けたのだろう。
「そろそろ噛み付かれる頃合いか・・」
男は声に出した。
偵察の報告から、猛追する二百が近づいてきているのはわかっている。
彼はもう一度、旗を見た。
「敵襲、騎馬が突っ込んで来ます」
報告が入る。
「芝居は終わりだ! 密集隊形で迎撃する!」
ばらけていた部隊は集まり、百と少しの塊になった。
──時が来た。
敵を討つときだ。
呼延吹は本拠攻めには加わらず、八十騎と共に潜み続けた。
敵が追撃の軍を出しても動かず、十分に距離ができるまで待った。
そして、少しずつ、ゆっくりと後を追った。それはもう騎馬の速度ではないから、騎乗はせずに、馬と共に静かに歩いた。
敵の斥候の目が、次第に前方に集中していく。それは後方が、彼等にとっての慮外になりつつあるという事だった。
呼延吹は逸る気持ちを抑え、慎重に距離を詰めた。
敵が動いた。
部隊を分け、前方の味方を捉えようというのだ。
「騎乗!」
呼延吹が言って、全員が馬に乗る。
──予定通りだ。
彼女は天を仰ぎ、今一度、この雨に感謝した。
鉤鎌槍を高く掲げ。
「これより袁家の首を取る!」
まっすぐに前を見たまま言った。
後ろからの突撃を受けた。
──何処にいた!?
袁策が第一に思った事がそれであったから、彼等は完全に虚を突かれた形だった。
数は百に満たないが、全て騎馬。
そのうちの幾つかは、よく知った意匠の馬具に見えた。
──袁炎の騎馬隊の馬か。
袁策は一つの納得に辿り着いた。
やはり馬は奪われていて、それは周到に隠されてもいた。本拠を攻めたのは釣り出すためで、騎馬はずっと背後にいたのだろう。そしてこのタイミングで仕掛けてきたのは、部隊を分けたからだ。敵の目的は袁家軍に痛撃を与えることではない。狙いは端から、袁家当主である自分の首だと。
敵はこちらの軍勢を貫き、素早く反転すると再び突撃の構えをとる。
──袁家を侮るなよ。
「迎撃態勢をとれ! 敵を突き落とし馬を奪い返せ!」
袁策は声を張る。
歩兵のみであったが、普段から対騎馬の訓練は積んでいる。適したスキルを持つ者もぬかりなく配置してある。先手は取られたが、それで崩れる袁家軍ではない。ましてや数に四倍の開きがあるのだ、負けるはずがない。
袁家の兵達は迅速に動き、敵の騎馬に備えた。
そのとき──。
左右から挟み込むようにワァッーと喊声があがる。
「なっ──!?」
敵の歩兵があらわれ、こちらを挟撃する。
同時に、騎馬隊は二つに分かれ、ややタイミングをずらす格好で突撃した。
袁策には歩兵の出所はわからなかったが、今はどうでもいい事だ。三方から攻められている、この状況を何とかしなければならない。
騎馬が味方を蹴散らしながらやって来る。
──スキルの間隙を突いてくるか!
最初の部隊が軽めにあたり、こちらのスキルを誘い。続けてもう一方の部隊が、今度は強烈にぶつかってくる。
連続使用は難しいというスキルの弱みを考えての攻撃だった。
それは理屈の上では誰しもわかっている事だったが──、個人の立ち合いならいざ知らず、実戦の部隊同士の搗ち合いでやってのけるのは至難の業であった。
「同じことを考える奴がいたとはなっ!」
戦いのさなか、袁策は頑固な弟のことを思い出した。
スキルに拠らない戦い、スキルのない者でも戦える用兵、そんなことを考えていた。
父は、それは理屈に過ぎない、実戦はそう簡単にはいかないと否定した。それが切っ掛けで父との関係が拗れ、もともと他の兄弟とも馬が合わないところがあったためか、弟は家を出た。
「ハァァァ!!!」
袁策の思考を現実に連れ戻す気合いの声が向かってくる。
騎馬の先頭を駆ける、並々ならぬ気迫を持つ女。
──呼延の者か。
袁策は知らぬが、知らずとも、そうであるという確信を持った。
敵は鎌だか鉤の付いた異形の槍を構えている。
──討ち取るしかない!
彼女を倒せば敵は大いに動揺し、現在の不利を帳消しにできるはずだ。
袁策は馬腹を蹴って勝負に出た。
〔 光芒逸閃 〕
瞬く速さの槍の一突き。
武勇に優れた袁雄を以てしても敵わぬと言わしめる、袁策の槍術スキル。
防御や回避のスキル持ちでさえ、初見で防ぐのは難しい強力な攻撃だった。
しかし──。
〔 虎嘯風逆 〕
敵は袁策の突きに呼応するように武器をあわせると、瞬間、往なすと同時に反撃の一撃を放った。
──厄介な因果だ。
袁策は、己が体から吹き出る血を見ながら、そう思った。




