第18話 伝家の敵
騎馬隊は、ほぼ全滅した。
指揮していた袁炎の行方はわからない。
逃げ戻った者の証言によると、敵は少なくとも三百はいて、呼延の紋章旗だったという。
その生存者も満身創痍で、報告の後は、幽明の淵をさまよう状況だった。
先日、行軍訓練中の一軍が謳国の騎馬隊と遭遇し、これを撃退した。
軍の正体を隠すためなのか、旗などはなく、軍装から謳国軍と判断したのだが。それを指揮していたと見られる男は、ただの部隊長とは思えぬ風格があり、死してなお、威勢を放っているように感じた。
その事から、もしかしたら王家に連なる人間かも知れないと考えていたのだが──。
今回の件で、それは確信に変わった。
──断ち切れぬ因果か。
袁策は思った。
袁家の先祖は謳国を裏切った──、という事に世間ではなっている。
しかしながら、この認識は、袁家としては不満である。
真実、裏切りが本当であるなら、謳国から湯国へ付いた後、なぜ先祖は湯国をさって馗国に流れたのか?
湯国で良い扱いを受けなかったとも考えられるが、それではその後、謳国から湯国へ寝返ろうと思う者はいなくなるはずだ。だがそんな事はなく、両国が激しく対立する間、互いに引き抜き合うように裏切りは続いていた。
このことから、祖先が湯国に行ったのは亡命に近いのではないかと、袁家の子孫たちは考えている。
裏切って益をもたらした者ではないので、特段の扱いもなく、新天地として馗国に来たのではないか。
馗国にて出世し、一代にして袁家軍の前身をつくった事でやっかまれたと想像できる。そこから、あいつは裏切り者だと揶揄されたものが、今日まで続いているのではないか──。
勿論、これらは推測の域を出ない話だ。
ただ、切っ掛けはどうあれ袁家軍が、馗国の北の地域にて謳国軍とぶつかり続けてきたのは、紛れもない事実であった。
袁策には自分の体に流れる血が、謳国と戦うことを宿命付けられているような、そんな気がしていた。
「袁策、なにをグズグズしているんだ! 早く袁炎を探し出し、謳国の者共を討ちに行く軍を出すんだよ」
袁雄が怒鳴り声を上げながらやって来る。
「この雨です。索敵は難しく、下手に軍を動かせば奇襲を受けるおそれがあります」
「奇襲を受けるなら結構ではないか! 返り討ちにすれば探す手間も省ける」
「無茶を言わないで下さい、兄上」
袁雄は袁策と母を同じくする兄であり、袁家の兄弟の中では最年長である。武勇に優れた豪傑であるが、いささか短絡的なところがあり。母をして分別を腹の中に置き忘れたと言わしめる男であった。
「無茶も苦茶もあるか! このままでは、まんまと逃げられてしまうぞ!」
「多くの騎馬を失いました。敵が逃げを選択したのなら、どのみち追走しても届きません」
「だから誘き出せばいいんだよ、俺が囮になってやるさ!」
「兄上──」
斯様にして、袁策が袁雄を抑えるのに苦心しているときだった。
カン!カン!カン!カン・・
半鐘の音が響き、すぐさま。
「敵襲──! 敵襲──!」
ほうぼうから声が上がる。
──やはり来たか。
袁策には、敵が復讐を考えているなら、強引にでも攻め込んでくるかも知れないとの予感があった。
彼は袁雄を置いてけぼりにして、急ぎ櫓に向かった。
「敵の数はおよそ三百」
「ほとんどが歩兵」
「外門周辺の柵は完全に破壊されました」
移動の間にも次々に報告が入る。
「内門の中に退避せよ、門内の者は弓を射かけ、敵を門から遠ざけよ」
袁策も早足で行きながら指示を出し、櫓に着くと、素早く駆け上った。
上で袁策が最初に目にしたのは、豪雨の中でもしっかりと掲げられた呼延の旗だ。それを見たとき、馗国と謳国の戦いというより、袁家と呼延家の戦いだとの印象をもった。
袁家軍の根拠地は地形を利用した塞であるが、防壁によって囲まれている部分は小さく、大半は取り外し可能な柵で造られた簡単なものだった。
そこには塞ができた当時にくらべ、軍の規模が大きくなったのは当然のこととして。自分たちは盾ではなく、矛でありたいという、彼等の誇りのようなものも理由としてあった。
──妙だな。
袁策は敵の騎馬の少なさを訝しんだ。
袁炎が率いていた騎馬隊を壊滅させたのが眼前の敵ならば、そのときに多くの馬が手に入ったはずだった。
──馬もろとも攻撃したか。
的の大きい馬を狙うことも無い話ではなかったが、自分なら包囲した相手にはやらないだろうと袁策は思った。
敵は味方を散散に蹴散らしたが、矢を嫌ってか、防壁や内門の近くには寄りつかなかった。結果、多くの兵が門内に退避することができた。
──あとは敵の出方を見て、じっくりやればいい。
突然の強襲に多少の混乱はあったが、これで仕切り直すことができると袁策は考えた。
兵力はこちらの方が上なのだから、不意打ちさえ凌げば問題ないという判断だ。
敵もそれを理解しているのか。
内門の扉が閉まると、敏速に軍を引いた。
立ち込めていた戟塵の気配は、雨音と共に、すぐに消えた。
袁策は要警戒を命じ、一度意見を聞こうと幹部に召集を掛けた。
しかし彼が会議を開く前に。
「袁雄殿が百の兵と追撃に出られました」
兵が報告にきた。
袁策は苦い顔をして思う。
──無駄に知恵が回る。
袁雄の狙いは袁策にも読める。
袁雄に指揮権のある部隊だけでは数が足りないことは明白だ。それでも追撃に出たのは、袁策がそれを補うように追加で軍を出すとわかっているからだ。
自分に袁家の全軍を動かす力がなくとも、弟を使えばいいという発想だ。
袁策は、自分の情念を利用しようという袁雄に腹がたったが、そうかといって捨て置く事はしないのが彼の性格であった。
──いたしかたない。
袁策はすぐに頭を切り換え。
「塞にいる全軍を以て敵を追走する。袁家軍に喧嘩を売った事を後悔させてくれよう!」
そのように命じた。
袁策率いる反攻の軍五百は塞を出て、急ぎ袁雄の部隊の後を追った。




