第16話 鉤餌
森で不審な武装した集団を見たという報告が入り、袁炎は百騎を率いて現地に向かった。
袁家軍の中でも精鋭として知られる、自慢の騎馬隊だ。
このところ馗国では賊徒が増えていた。
原因は、幾つかの国で起きていた内乱のせいだと考えられている。理由は様々にあるだろうが、行き場を失った者たちが賊に身を堕とし、豊かだとされる、この国に流れてくるのだ。
袁炎は、件の集団は余所から来た賊徒だろうと見当をつけた。
「人数はそこそこいるだろうが、所詮は烏合の衆だ。逃がさんようにだけ気を付ければいい」
彼はそのように部下に言った。
これは袁炎の臆断であったが、これまでにも似たような事が起きており、騎馬隊の者たちも同様の見解を持っていた。
しばらく探索を続けていると。
「三十人ほどの賊徒と思われる集団を発見しました」
斥候が戻って来て言った。
「構成は?」
「騎馬は一騎、残りは歩兵、装備はばらばらです」
間間ある新参の賊徒の構成だったので。
「わかり易くて助かるな」
袁炎が冗談めいた音で言うと、周りの兵も歯を見せた。
袁炎は部隊を二つに分け、賊が逃げるであろう方向に先回りさせる事にした。
──待ち構えるのは性に合わん。
彼は自らは追い込む側にまわり、先回りの方は部下に任せた。
「そろそろ着いた頃合いか」
「おそらく」
独り言であったが、部下が言葉を拾った。
「よし、行くぞ!」
それで部隊は動き出した。
──どうせ追い込むのだ、こそこそする必要もあるまい。
奇襲ならばギリギリまで存在を隠した方が有利であったが、今回に限っては、相手に気付いてもらった方が話が早かった。
袁炎は早早と騎馬隊を駆けさせ、派手に馬蹄を響かせながら賊徒に向かった。
当然の事ながら、賊も気付いて逃げ出した。
──予定通りだ。
袁炎以下、等しく思ったとき。
賊徒は逃げるのをやめ反転すると、密集して迎撃態勢をとった。
「ハッ──。なんだ、もう走り疲れたのか」
逃げ切れぬと判断すれば、反攻の構えをとる可能性も考えていたが。思いのほか早かったので、袁炎は相手のスタミナ不足だと考え、笑い、侮った。
「まぁいい──、相手にも花を持たせるというか、夢を見させてやろう」
袁炎は言って、蹴散らさぬ程度に騎馬を嗾けた。
彼の率いている部隊だけでも倒す事は容易だったが、散り散りになって逃げられると、あとが面倒だと考えた。そのうちに回り込んでいた部隊がやって来るはずで、全軍で包囲して殲滅すればいいと目論んだ。
賊に、頑張れば騎馬隊を撃退できると期待をもたせる事で、彼等が逃げるのを防ごうというわけだ。
袁炎の思惑通り、賊は懸命に騎馬の攻撃を凌いでいた。
──健気なものだ。
これから殺す者たちだというのに、袁炎はそんな風に思った。
──しかし、遅い。
回り込んだ部隊がいつまで経っても来ない。
一瞬、敵を待ち構えて待機したままなのか、とも思ったが。袁家軍の精鋭中の精鋭である彼等が、そんな馬鹿な事をするはずもなく。袁炎は、自分の気が急いているため、遅いように感じるだけかと考えた。
そこに自分たちとは別の馬蹄が響いてきた。
──漸くか・・
思った袁炎だが、すぐに異変に気付いた。
向かって来たのは、確かにもう半分の袁家軍の騎馬隊であった。しかし、挟撃しようとする気配ではなく、騎馬の数も少なかった。
何事かあったと考え、素早く合流すると。
「正体不明の敵、およそ二百に待ち伏せにあいました。包囲は突破したものの、半分は討たれました」
部下が必死の形相で報告した。
「なんだと──!?」
一体何が起きたのかと考えるまでもなく、それは姿を現した。
逃げた騎馬を追ってきたと思われる軍勢。
そして、自分たちの退路の方向に現れたもう一つ。
──囲まれた・・
背後から来た方には紋章旗があった。
それは袁家の血筋ならばよく知った、因縁あるしるし──。
謳国、王家の呼延の旗であった。
馬甲は勿論だが、装具諸々を外せるだけ外した。
加えて車右は乗せず、御者と于鏡自身も、防具は着けないという徹底ぶりだった。
少しでも軽くして、少しでも速くという考えだ。
準備が調い出発したときには、呼延吹が軍を率いて出た時より、既に20時間以上経っていた。騎馬と兵車のみの行軍ならば、歩兵を含む通常行軍の部隊には十分追いつけるはずであったが──。
一度説得を拒絶した時点で、呼延吹は行軍速度を上げただろうと考えられた。
また、向かう先は彼女が言ったように敵討ちならば、袁家軍の邑という可能性が高かったが。その位置は、謳国から進むと山の向こうにある形になり。その山を西から回り込むか、東から回り込むかで、道が違ってくる問題もあった。
急がねばならなかったが、于鏡はしっかりと馬を休めながら進んだ。馬が潰れないギリギリを見計らって走ることもできたが、そのやり方では疲労が蓄積し、肝心なときに全力が出せない恐れがあった。
于鏡は呼延吹を説得するつもりではあるが、その声が届かぬ可能性も考えた。そうなれば、自分と率いてきた騎馬隊とで、何としても呼延吹を守るという覚悟であった。
東西の分かれ道。
于鏡は斥候を放って、呼延吹がどちらに向かったかの痕跡を探った。
しばらくして彼等は戻り、その情報から東回りに向かったとわかった。しかし同時に、軍を目撃した者からの証言で、于鏡たちの予測よりも遙か以前に通過した事もわかった。
──吹様は引くつもりがないのかも知れない。
呼延吹の狙いは、相手に手痛いダメージを与えて引き上げる、という類いのものではなく。
差し違えてでも袁家を滅ぼす、という勢いを持っていると、于鏡は感じた。
ますます危機感を強めた于鏡は。
「これより我等も行軍速度をあげる。なんとしても吹様に追いつかねばならん」
言ったが──。
ボタッ・・
何かからこぼれ落ちたような、大粒の雫。
それは、また一つ、もう一つと増え、すぐさま豪雨となって降り注いだ。
──これでは、兵車の速度が死ぬ。
思った于鏡だったが、言葉や表情にすることは控えた。
──天は、謳国を呪っているのか。
一瞬そうよぎったが。
──いや、この雨で吹様は休止されるかも知れない。
そのように考えなおした。
「進発する!」
于鏡は憂いを払い、自分と兵に気合いを入れるつもりで声を出した。




