第11話 悲憤
第三輜重隊には三日間の休みが与えられた。
任務終わりであったから休みは当然であるが、隊に損害が出た事も関係しているようだった。
三人が死亡し、百鈴を含め負傷したもの七名、うち軍役に耐えられない怪我を負った者が二人だった。
殉職には、輜重隊員といえども、それなりの金額が出るようであったが。軍を辞めざるを得なくなった者への見舞金、退職金は、普段の給与を元にしていた。
袁勝と馬豹は、自分たちで幾らか出し合って、辞める二人に渡そうとしていた。
百鈴が自分もと言ったとき、馬豹が。
「ありがとう──」
静かに応えたのが、百鈴には痛みを伴って聞こえた。
「本当に、もう大丈夫なの?」
熊収が百鈴の体調を心配する。
彼女は百鈴の同期の一人の朋友で、互いに切磋しあった良きライバルだった。ただ、直接立ち会えば七三で熊収が勝っていたため、百鈴としては密かに憧れの存在でもあった。
人づてに百鈴が落馬したと聞き、ちょうど熊収も休みだったため、様子を見に来ていた。
百鈴は何ともないと熊収と街に繰り出し、少し早いが、酒場を兼ねた食堂で軽く引っ掛けながらの会話であった。
「大丈夫、大丈夫、全然へーきだから」
本当の事だった。
多少の痛みはあるものの、体の方は問題なく動いている。
あのとき百鈴には受け身を取る余裕はなかったが、無意識に体が似た動きをしたのかも知れないと思った。少なくとも頭をうつことはなかった。
しかしながら、百鈴の言葉とは裏腹に、その声には疲れが感じられた。
それは、輜重隊の仲間が犠牲になったことが関係しているのだが──。そこまでの事情は熊収の知るところではなく、彼女は、百鈴が体に無理をしているのではないかと考えた。
それでも、百鈴自身が大丈夫というなら、それは偏に熊収を心配させまいとしているということであり。これ以上、余計な気を使わせても悪いと考え、熊収はもう体調には触れなかった。
ともあれ、熊収は、久し振りの友人との一時を楽しむ事にした。
同期の他の者とは、何度か会ったりしていたのだが、百鈴とはその任務の違いからか予定があわず。正式に軍人になってから、初めての再会だった。
百鈴の方も、胸に痞えるものがあったが、熊収と過ごすことで本来の心胆を取り戻すように、気持ちが凪いだ。
しかれども、無粋な輩というのは何処にでも現れるようで──。
「熊収じゃないか──、お前も休みだったか」
男が声を掛けてきた。
「ああ──」
熊収の声は重い。
「おっ──。誰かと思えば、百鈴じゃないか。久し振りだな」
言うが、百鈴は特に返事はしない。
「おいおい忘れたのか? お前より席次が一つ上の、尚史だよ」
彼の言う席次とは、成績順のことだ。
武官学校では熊収が首席、尚史が四席、百鈴が五席だった。
尤もそれは、百鈴の弓が飛び抜けてダメだったためであり。それ以外の分野を個個に見れば、百鈴は、熊収に次ぐ優秀者であった。
「そういえば百鈴、お前、輜重隊なんだってな」
百鈴の反応が薄いことが面白くない尚史は、そう切り出した。
「熊収とライバル関係だったお前が、荷物運びとは──。片や花形の重騎兵隊、片や落ちこぼれの輜重隊、ずいぶんと差が付いてしまったな」
尚史は、にやけ顔で語る。
ちなみに重騎兵は、馬甲を纏った騎馬の事で、機動力よりも攻撃力を重視した兵種だった。馬の体力も重要になってくることから数は限られ、必然的に乗り手の兵も、超一線級の精兵が集められた。
「おい、やめないか」
熊収が窘めるが。
「少し前に北で輜重隊が襲われたらしいが、まさかお前のところか?」
尚史が言ったので。
熊収も、百鈴はそれで落馬をしたのではと思い。真偽を確かめたい気持ちもあり、尚史の言葉を遮るのを躊躇した。
「それで討伐したのが、行軍訓練中の袁家軍らしいじゃないか。・・ったく、国軍が軍閥に助けられるとか、力関係がおかしくなるぞ。役に立たないならまだしも、足を引っ張るなよな」
馗国には国軍の他に、独立した軍を持つ組織があり、それぞれ家名をつけて萩家軍、孫家軍、顔家軍、袁家軍と呼ばれていた。
百鈴が何も言わないのをいいことに。
「荷物運ぶしか能が無いくせに、死んだら一端の金が出るんだから、イイご身分だよな」
尚史が言ったとき。
バシャッ・・
百鈴が酒を尚史に打っ掛けた。
「な──」
何をすると尚史が言葉にする前に。
「表に出ろ!!!」
百鈴の大喝に、店内の音は全て停止した。
百鈴としては真剣で構わなかったが、熊収が何処かから木剣を調達してきたので、それを使う事になった。
百鈴と尚史の立ち合いである。
場所が場所だけに、いい見世物として人が集まったが、構わなかった。
自分がどのように見られるかは、どうでも良かった──。
百鈴は片手に木剣を持ち、ダラッと立っている。
尚史が剣を横に構えた後も、彼女は姿勢を変えず、相手を見下ろすような視線を送っていた。
熊収には、百鈴の姿が酷く異質に思えたが、何か言う事はしなかった。
「始め!」
熊収が開始の声を出した途端。
「はぁ!!!」
気合いと共に百鈴が肉薄し、斬り込んだ。
尚史もそれを受けるが、百鈴は構わず踏み込み、強引に押し込む。
百鈴は相手が押し返そうとしてくると、力を抜き、逆に往なすような形で尚史のバランスを崩す。そして立て続けに斬撃を浴びせる。
尚史もよく防御していたが、守り一辺倒になった彼に対して、周囲から「しっかりしろ」などとヤジが飛ぶ。
百鈴は、右に左に、下から上から攻め続ける。
何も知らぬ見物人たちは、それに大いに盛り上がったが。
──強引過ぎる。
熊収は百鈴らしからぬ戦い方に、違和感と、良くないものを感じていた。
何度目かの斬り上げのときだった。
〔 鱗茎剥捨 〕
尚史が百鈴の攻撃を大きく往なす。
──スキルだ。
熊収が予感した通り、百鈴は攻撃を逆用され体勢を崩した。
尚史もそれを見過ごさず、蛇のように鋭く斬り付ける。
──負けた。
熊収は思ったが。
百鈴はスッと後ろに引いて、斬撃を紙一重で躱し──。
次の瞬間、体ごと飛ぶような勢いで強烈な突きを放った。
それは尚史の鳩尾あたりに命中し、彼は悶絶し、倒れた。
周囲の見物人たちは、どっと歓声を上げて拍手まで起きていた。
熊収にとっても、尚史は不快な者で、友が勝ったのは喜ばしいはずだったが──。
ただじっと相手を見据える百鈴の姿が、どこか哀しげに見えて、少し辛かった。




