第108話 筆跡
「この手紙の文字。この書き付けの文字。そしてこれは、君が武官学校時代に書いた答案用紙だ」
査問官の女は一つずつ手にとって見せる事を繰り返した。
「例えば、この『隊』という字。君はつくりの上部と『豕』を続けて書いているね。だから本則よりも一画少ない書き方になる訳だ」
またそれぞれ手に取る。
「すべて同じように書かれているね。次のこの『搬』の字。君は『手偏』の三画目を水平に書いて伸ばしている。そしてそれが『舟』の横棒になっている。加えて中央二点で書くところを縦棒一本で省略している。結果として、横と縦の二つを簡略化しているわけだが、これはとても個性的だ」
査問官はまた見せるように手に取る。
「こっちと、こちらも、君と同じ書き方がなされている」
ここまで言って女は資料を置き、肘を突き指を組むようにしてから。
「以上のことについて、君の見解を聞かせてもらえるかな、准尉」
そう問うた。
が、答えは返ってこない。
しばらくの間、沈黙の時間だけが過ぎた。
「双剣の百鈴──」
──!
不意に出た査問官の言葉に、被問者は僅かに反応する。
「少し前に話題になった人物だ。今だと千鈞の熊収が同じような感じになっているけどね」
彼女は喋りながら別の資料を手元に寄せている。その語り口は先程よりも、幾分か柔らかい。雑談のつもりなのかも知れない。
「君とは同期というのは勿論、以前に訴えたこともある訳だから、彼女についてはよく知っているね?」
意識的かどうかはわからないが、ここで被問者は小さく頷いた。
それにあわせて査問官の女も確かめるように頷き。
「君の級友だった者の話だと、君は百鈴曹長のことを随分と嫌っていたようだね。その者が、百鈴曹長の事を賞賛すると、君はそれを全否定したそうじゃないか」
「軍曹では?」
ここで被問者は口を開く。
査問官は眉宇を上げ。
「ああ──、彼女は昇任したよ。先の後越戦争で活躍してね。なんでも、かの励声王華漢が綴った馗国への感謝の書状に、垂名されていたそうだ。すごいね」
女の声はどこか皮肉の音があった。そして聞いた被問者には動揺が見てとれる。
先程の資料を持ち上げると。
「この手紙は、孟国との国境での荷の受け渡し場所と時間が。こちらの書き付けは、輜重隊の輸送経路が書かれている」
査問官の口調は最初の頃に戻った。
「どちらも、百鈴曹長が所属する第三輜重隊に関する情報だ。これらは、偶然と言うには繋がりすぎていると思うが、先程と含めて、准尉の見解を聞こうか」
再びの問い。
そしてまたも来る沈黙。
査問官の女は、フーッと長く息を吐いて。
「どうしてバレた。とか考えているのかい?」
──!?
女の言葉に、被問者は唾を飲み込む。
「君はやり過ぎたんだよ──。あぁ、コレのことじゃないよ」
資料をちょっとつまんでから戻す。
「対礼国での輸送隊では、あからさまに不満を撒き、周りへの態度も悪かったみたいだね。その所為で、君の不審な動きを覚えている者は多かったよ」
彼女は片肘を突きながら。
「先の後越へのそれでは、君は何度も命令を無視する振る舞いを行っている。そういう事をしていると、何かあったときに、まっさきに疑いの目が向けられるものだよ」
そしてまた指を組むと。
「君は同期を嫉視し、その不幸を望み、我が軍の機密を盗み、あまつさえ敵方に渡るようした。そして我が軍と、僚友同胞たちを危険に晒した。しかも二度も──。これらは推察ではあるが、我々は限りなく事実に近いものだと考え、君を今日、ここへ呼び出した訳だ」
査問官は、やや前のめりになり。
「さて──。この期に及んで何か申し開きがあるかな、尚史准尉?」
据えた目で言った。
何度目かわからないが、潘会は、また書状を読んだ。
華漢から送られて来た物だ。
それには潘会に対する感謝と謝罪、残されることになる息子に対する心残りが記されていた。
潘会は戦に勝ち、王や太后を討てば、その混乱に乗じて独立を果たすことができると考えていた。
それは茨の道だとわかっていたが、積年の憎悪から、潘会はそれを突き進む決意を持っていた。
彼自身の謳王襲撃は失敗してしまったが、それでも戦に大勝したことで、独立の公算は高まっていたはずだった。
後越も、潘会程でないにしても、独立の意思は持っていた。
ところが、馗国の謳国への侵攻と喬太后の死。
この二つの出来事が、後越と呂に別の選択肢を与えることとなった。
それは不安定な立場にある、謳の幼君呼延鼓をもりたてる形で、講和を結ぶというものだった。
くしくも玉座に関する内患と、宿敵とも言える馗国や袁家という外患が同時に発生したことにより、可能性の芽が出てきた。
ただ、つい先日に大敗した事で、謳国が矛を収めきれない虞があった。国の中枢はともかく、謳軍の将兵たちの心理としては、受け入れがたいものがあるはずだ。
だが、その頑なさは簡単に折られてしまった。
華漢は自らの命をもって、全て手打ちにしてしまったのだ。
しかも、鍾棋が縄を打って首を届けるというパフォーマンスも含め、その話が世界を駆け抜けたことで、有無を言わせないような、巨大なうねりが生じていた。
結果、謳、後越、呂は、華漢の死が生み出した流れに乗って講和し、呂国と潘会は、呼延鼓の輔翼勢力の一つとして、その地位を確固たるものとした。
「私など、足下にも及ばぬ・・」
潘会は言って、また書状に目を落とした。
その姿は、書物から何かを得ようとする者のような、ひたむきさがあった。




