第10話 やるしかない!
「流石に危険ではないでしょうか?」
親衛隊の一人が言う。
呼延枹が、敵に奇襲をかけると言い出したのだ。
「そうです。敵の力は、こちらの想定を遙かに上回っていました。我々だけで当たるにはリスクの高い相手です」
他の者も同調する。
これに呼延枹は。
「さっきも言ったが、あの強さは、十中八九、特殊なスキルのせいだ。知っての通り、スキルの使用には間隔を置かねばならない。十分な間を置かずに使用すれば、本来の力の一割も出せない。そして、強力なスキルほど、そのインターバルの時間は長い」
言うと。
「では、今、敵はスキルが使えない状態ということですか」
聞いた者が答えを出す。
呼延枹は小さく頷くと。
「考えても見ろ。世の中に何人いるかという程の才能を、輜重隊などに置いておくか? いくら馗国が、金儲けばかり考えてるクズの集まりでも、そこまで愚かではないはずだ」
ことさら不敵に言う。
まわりは彼に感心したように顔を見合って頷きあった。
「なるほど・・ 間隔を開ける他に、何か前線では使い辛い欠点があるのかも知れませんね」
最初に危惧を口にした者も、納得したのか、そのように言葉にした。
呼延枹は噛みしめるように頷くと。
「加えて今のさっきだ。これ以上の被害を出すまいという、こちらの姿勢は、相手にも伝わったはずだ。だからこそ、あえて危険を冒す意味がある! 今なら敵の虚を突ける!」
今度は力強さを前面に出した感で言う。
それに周囲から感嘆の声が上がった。
──喋り過ぎている。
呼延枹はその自覚を持った。
いつもなら、作戦の意図や、その理解、説明の類いは于鏡の役割だった。いや、大抵は于鏡とのやりとりが、そのまま皆への説明にもなっていたのだ。
呼延枹には、于鏡の気持ちは丸わかりだった。
常に自分のことを第一に考えてくれている。自分を守ろうとしてくれている。それでも、友であるという態度を崩さず、自分を失望させまいと努力してくれている。
呼延枹には、友にそこまでさせてしまう自分の立場が恨めしかった。しかしそのような素振りを見せれば、それこそ于鏡の努力を無駄にすると分かっていたし。呼延枹としても、于鏡をガッカリさせたくはなかった。
その于鏡が深手を負った。
尤もらしく言葉を綴ったが、早い話、奇襲の意図にあるのは仕返しだ。
それは死んだ味方には悪いが、呼延枹としては、于鏡を傷付けた事への報復が一番だった。
「百鈴、あとは頼んだぞ」
言って馬豹は、一番近い軍営まで連絡に行った。
彼女の馬術ならば、馬を疲れさせずに最短最速で着くはずだ。
敵は既に、どこかの輜重隊を襲った後らしく、その荷車を所持していた。
輓馬が引くものはなんとかなるが、手押しの方は、流石に第三輜重隊といえども運ぶのは無理そうだった。このまま置いていくわけにもいかないらしい。
また、戦った相手は他国の軍と思われた。それもあって、馬豹が駆ける事になったのだ。
戦いの後は、賊を倒したときと同じだ。
敵の武具を集めて纏める。
討ち取った数こそ前回より少ないが、皆防具を着けているので、回収は大変だった。
──曹長が羨ましい。
死体から取り外すのに慣れない百鈴は、自分の馬術も馬豹ほどにあれば、連絡に志願して、この仕事をやらずに済んだだろうと夢想した。
作業を続けながら、百鈴は己が道程に皮肉なものを感じていた。
彼女は前線で戦う自分を夢見て努力してきたが、レベルの低さから、望んだ場所から最も遠いところへ来る事になった。
ところが、この三ヶ月ばかりで、二度の実戦を経験するに至った。
武官学校の同期たちの中でも実戦までしたのは数人で、それも小競り合い程度の事であったから。
攻撃を弾き、往なし、躱しながら何人もの敵を絶命させるという、百鈴の体験は、彼女が他の部隊にいたら、まず経験しなかっただろう出来事だった。
望まぬ場所で、夢見たことをやっている自分を認識し。百鈴は、自分がどんな感情を持てばいいのか、わからなくなった。また、どこか目標が、ぼやけてしまった。
──こんなこと考えてると、またイイトコの娘とか言われるな。
馬豹は百鈴の悩みを下らないと吐き捨てる。
百鈴も勢いで。
「曹長はなんで輜重隊に居続けてるんですか? 前衛の騎兵部隊でも余裕で通用するでしょ」
聞いてみたが。
「袁勝大尉のいる所が、私のいるべき場所だ」
などと言って、その心中は明かさなかった。
そんな風に、あれやこれや考えてしまう、少し単調な時間──。
それを打ち破る、猛烈な馬蹄の音が響く。
敵の騎馬隊だ。
──態態戻って来た!?
百鈴は一瞬、撤退した敵軍が、再び反攻しに現れたのかと思った。しかし後続は見えず、騎馬単体で奇襲をかけてきたと理解した。
隊員たちは急ぎ袁勝の元へと集まろうとするが、敵の勢いが速すぎる。
騎馬に追いつかれた者は、馬上から突き降ろされた槍で、背中から貫かれた。
もう一人、また一人、殺される。
走る隊員を蹴散らしながら、騎馬隊は一点を目指している。
彼等が向ける視線の先にいるのは、袁勝だ。
──いけない!
百鈴は思うや否や馬に飛び乗り、馬腹を蹴った。
騎馬隊の先頭、見覚えがある。先程も騎馬を率いていた、同じ男だ。
──あれを討つしかない!
百鈴の頭に次々と様々な事が浮かんだが、どれもこれも、全て塗りつぶした。
理由も、訳も、事の善し悪し、勝ち負けさえ、どうでもいい。
──今は敵を討つ、討たねばならない!!
百鈴は側面を突くように敵に迫る。気のせいか、いつもより速く駆けている。
──やれば出来るじゃない!
百鈴は無自覚に笑っていた。そして剣を抜く。
馬上で剣のみでは多少不利だが──。
「しるかぁ!!!」
気合いの声として懸念も消化した。
相手も気付く、目が合う、方向を百鈴に変えた、あっちもやる気だ。
〔 豪槍打奏 〕
強烈な槍の打ち込みが来る。
よく見えている。
剣をあわせ後ろに往なす。
体勢が大きく崩れるが、何とか凌ぐ、持ちこたえる。
──このまま片手で、捨て身の突きを放つ!
戦闘の刹那、百鈴は思い出した。
自分が軍人を志した理由。
誰かにとっての当たり前の大切を守りたい。子供のような理想。
──あの女のせいだ。
馬豹と絡むうちに、彼女がこの隊を掛け替えのない存在に思っているのを感じた。
──知ったんだ。
知ってしまったから、見過ごせない。
百鈴は自らの行動の動機を理解した。
落馬しても構わないとばかり、体勢を崩しながら、勢いのまま鋭い突きを繰り出す。
その動きは完全に相手の虚を突いた。
──私に感謝しろ!!
百鈴は、この一撃で指揮官を倒せると確信した。
だが──。
「枹様!」
後続の騎馬が百鈴との間に割って入り、身を挺して指揮官を守った。
百鈴は突き刺した相手と共に馬から落ちた。
「ぐぁッ!」
地面に叩きつけられた衝撃で体が軋む。無理な体勢ゆえ、受け身もクソもなかった。
そこに敵の騎馬、百鈴を仕留めに来る。
殺されるのは分かった。
──なら馬の足を切って、コイツも落馬させてやる!
タダでは死なんとばかりの思考に、百鈴は我が事ながら、流石商売人の娘と思った。
そのとき。
〔 抑梟扶雀 〕
騎馬が百鈴を跨ぐように駆けると、一閃、彼女を狙っていた騎兵の首を撥ね飛ばした。
更に、後続の騎馬も立て続けに斬り殺す。
一瞬誰かと見間違ったが、その姿は隊長の袁勝だった。
彼は素早く切り返すと、隼の如く駆け、敵の指揮官に背後から迫る。
それを妨害せんとした騎馬を、またしても一振りで屠ると、切り返してきた騎馬隊と正面からぶつかった。
先頭にいるのは、勿論、敵の指揮官だ。
〔 豪槍打奏 〕
馬ごと叩きつぶす勢いの振り下ろしが袁勝に迫る。
しかし袁勝は構わずに突っ込む。
槍の勢いを物ともせず打ち合って相殺し、次の瞬間には肉薄し、相手の腕を切り落とした。
続けて彼を落としに来た後続の騎兵を往なし、すれ違いざまに斬り伏せた。
指揮官が負傷した敵騎馬隊は、そのまま駆け去ろうとした。
ところが──。
その進行方向に突如、別の軍勢が現れた。
敵は方向を変え、この戦塵からの離脱をはかろうとした。
しかし、新手から別れた二隊の騎馬隊によって噛み付かれ、頭を砕かれ、バラバラになって逃げ出した。
百鈴は、不意に出現した軍勢の旗を見た。
国軍とは違う紋章、それは「袁」の文字に似ていた。




