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~ 逢魔ヶ刻  盗掘 ~

 心病みし者が向こう側の世界に触れたとき、病みは闇となり現実を浸食する。

 四国地方某所。


 国道から外れた獣道に等しい林道を抜けたところに、その祠はあった。木造の簡素なつくりであり飾り気などない。周囲は鬱蒼とした林に囲まれ、日の射し込む隙間もない。


 だが、祠を訪れる者などほとんどいないにも関わらず、その祠は朽ちることもなくそこに鎮座していた。まるで、その祠が壊れることを恐れるかのように、祠の周りだけはきれいに下草が刈り取られ手入れがされている。


 祠そのものも同様であり、古ぼけてはいるもののしっかりと鎮座している。野ざらしにされているにも関わらず、祠には苔一つ生えていない。


 祠を訪れる者は、そこの管理をしている一部の人間を除いては全くと言っていいほどいなかった。管理者以外には存在さえも秘匿とされ、現代においてなお不可侵の場とされてきたからだ。


 その日、会田幹夫あいだみきおは人里はなれた山の中にある林道を進んでいた。足元に広がる藪が彼の行く手をさえぎり、歩きにくいことこの上ない。地面はすっかりと草で覆われており、かろうじて人が歩いていたと思しき跡を頼りに進む他なかった。


「まったく……。わざわざ四国くんだりまで来て、こんな山の中を歩くことになるとは思わなかったぜ」


 周りに誰もいないにも関わらず、会田は一人不満を口にしながら山を登った。登山は不得意ではないが、整備されていない獣道を歩くというのはどうにも慣れるものではない。しかし、この先に自分の目指すものがあるのであれば、今は我慢して進むだけだ。


 しばらく進むと、会田は自分が急に開けた場所に出たということに気がついた。広場というには狭い場所だが、そこだけは下草もなく、人の手が入っていることが容易に想像できる。そして、その広場の中央には、古ぼけた祠が一つ立っていた。


「どうやら、本当にあったようだな……。まさか、本物をこの目で拝めるとは思わなかったけど……」


 額の汗を拭きながら、会田は興奮を抑えるかのようにしてつぶやいた。


 会田は民俗学を専攻する学生だ。特に、日本古来の伝承や儀式に関して強い興味や関心を示し、これまでも数多くの史跡や山村を訪れてきた。


 机の上で何かをするのは好きではなく、まずは現地で資料を集め、自らの足で証拠をつかむ。教授の論文を鵜呑みにすることはなく、自らが集めた資料こそが、真実への道標だと信じて疑わない。今時にしては珍しい、現場第一主義の学生だった。


 しかし、そういった会田の行動に反し、学内での彼の評判は著しくなかった。


 会田は研究のためであれば、立ち入り禁止区域に勝手に入ることや史跡に勝手に触れることが多々あった。現に、何度か不法侵入で警察から厳重注意を受けている。が、それでも会田は自らの目で実物を見るまでは決してあきらめず、非合法とも思われる調査を繰り返していた。


 今回この祠にやってきたのも、会田の他には誰も知らない。彼は地元の古老や資料館の資料、神社の神主の話などをかき集めるところから初め、この場所を突き止めたからだ。


 山村の村は排他的なところが多いというイメージがあるが、今はそれほどでもない。むしろ、自分たちの村の伝統が消えようとしているような過疎地域では、民俗学の研究で村の文化を調査しているというだけで喜ばれる。


 過疎の村に住む人の中には、村の伝統や文化を知ってもらうことで、それらを後世に伝えていってほしいという願う者もいる。例えそれが、外部の人間を通してであってもだ。


 そういった村の人間の心に漬け込んで、本来調べようとしていたものの情報を得るというのが会田のいつものやり方だった。


「さて……。この祠には、いったいどんな秘密があるのやら……」


 祠の周りを念入りに調べながら、会田は満足げな笑みを浮かべた。


 地元の人間もほとんど近寄ることのない、忘れられた祠。そのような場所には、自分を満足させるだけの何かがあるに違いない。


 祠の扉には頑丈な南京錠がかけてあったが、そんなものは会田にとって問題ではなかった。背負ったザックを降ろし、中からバールのようなものを取り出して構える。鍵開けの技術などは持っていないが、こんな古びた鍵程度ならば、簡単な道具で破壊することも可能だ。


 扉を封じる南京錠に向けて、握った凶器を力いっぱい振り下ろす。静寂に包まれていた山々に、鋼と鋼のぶつかり合う鋭い音がこだました。


 二回、三回と打ち付けてゆくにつれ、扉についていた金具が徐々にゆがんでゆく。しまいには、二つの金具を繋ぎとめていた南京錠ごと封印を叩き落とした。


「ったく、手こずらせやがって……」


 封印の壊された扉を前に毒づきながら、会田は木製の格子を乱暴に開けた。その中には更に別の扉があったが、それさえも躊躇い無く手をかける。かんぬきを引き抜き、先ほどと同じように無造作に扉を開く。


 かび臭い、むっとした空気が辺りに流れた。


 封印されてから、いったいどれほどの年月が経っているのか分からない。長年の間、扉の奥に込められてきた湿気が一度に開放され、会田は思わず鼻をつまんで顔をしかめた。


 だが、ここで引いてしまうわけにはいかない。折角この祠までたどり着いたのだから、何か戦利品の一つでも持って帰らねば気がすまない。


「さあて……。それでは、お宝拝見といきますか」


 そう言いながら、扉の中を改めて覗き込む会田。彼がその中に見たものは、赤い小さな勾玉だった。


その勾玉は八つほどあり、それぞれが簡素な紐で鎖状につなげられている。紐の結び目部分は白い紙に梵字のようなものが書かれた札で、木製の箱の底にしっかりと止められていた。


「こいつは……。すごいぞ、これは……」


 思わぬ収穫に、会田は我を忘れて祠に飛びついた。正常な善悪の判断など、既にできはしない。そんなものは、目の前の遺物に対する好奇心によって完全にかき消されてしまっている。


 普通であれば自分の行いに罪の意識を感じてしまうところだが、会田の中で既にそのような感情は消えうせていた。彼にとっては、目の前に現れた遺物を調べることの方が、よほど重要だったのだ。


 見たところ、かなりの年代ものの勾玉のようである。もしかすると、日本の古代信仰と四国の偏狭にある地方神の信仰をつなげる重要な鍵かもしれない。


 ためらいは、既になかった。


 会田は興奮に震える手を勾玉へとのばし、それを止めていた封印を乱暴にはがし取った。傍から見れば完全なる盗掘行為であるが、会田は既にその勾玉に魅入られてしまっていた。まるで、何者かが彼に、この封印を解くことを強要しているかのように。


「ふふふふ……。あははははははは……」


 勾玉を手にした会田の目が、光を失い黒く淀む。森の中を唐突に風が走りぬけ、近くを根城にしていた烏たちが一斉に声を上げて飛び立った。


 既に日は西の方に傾き始め、森の中は一層不気味さを増してきている。しかし、そんなことはお構いなしに、勾玉を手にした会田は悪魔のように笑い続けていた。



挿絵(By みてみん)

 本作品は一部に暴力的な表現を含みますが、これは作中の暴力行為その他を推奨するものではありません。


 また、一部の人間が差別的な考え方に囚われて非道な行いを働いたり、それらの人間が法ではなく、個人の意思や超常的な存在によって裁かれる描写が存在します。

 これらの描写に対して政治的道徳観、及び宗教観から不快な思いをされる可能性がある方は、これより先の内容を読むことを控えるようお勧めいたします。

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