表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/17

10話 サーシャ

 サーシャは幼い頃、事故なのか事件なのか分からないが、父親を早くに亡くした。

 

 父親の顔も覚えていない。


 

 9歳の頃、女手ひとつで育ててくれた無理が祟って、母親を病気で亡くした。


 程なくして、母親の妹夫婦に引き取られたが、その旦那に舐めるような視線で見つめられることがよくあり、身の毛もよだつような危険を感じることがたまにあった。


 サーシャがベッドに入った後、叔母夫婦はよく喧嘩をしていた。


 今思えば、サーシャの処遇について言い争っていたのだろうと思う。


 ある日、叔父に「領都の祭りに連れて行ってやる」と言われ、同い年の従兄弟と一緒に領都に遊びに来た日のことだった。


 

 叔父に連れられて、領都の大通りにある大きな建物の前まで来た。

 

 叔父は息子に「お前はここでちょっと待ってろ」と言った。


 

 サーシャの手を引いて中に入ろうとした時、老婆に声をかけられた。

 

 老婆「アンタ、こんな所で何してる?あんたたちに娘なんていなかったはずだろ」

 

 叔父は老婆の顔を見るなり、「チッ」と舌打ちした。


 

 しばらく言い争う二人。

 

 やがて老婆が叔父に何かを手渡し、叔父が大人しくなったところで、老婆は笑顔でサーシャに話しかけてきた。


 

 老婆「アタシは、あんたのおばあちゃんの姉。


 あんたからすれば大伯母に当たるもんだ。


 サブリナ……あんたの母さんのことは知り合いから聞いていてね。


 あんた……サーシャだったかい?」


 サーシャは老婆の顔を見つめたまま、頷いた。


 老婆「サブリナの幼い頃にそっくりだったから、すぐ分かったよ。ローラは父親似だったからねぇ。」


 状況が分からず、サーシャは黙って話を聞いていた。


 老婆「アタシはサイヤって言ってね。


 薬屋をやってる。


 先日、旦那に先立たれてね。


 寂しかったんだ。一緒においで。」


 叔父を見ると、従兄弟に何か言い聞かせている。

 

 このままサーシャに声もかけず立ち去ろうとしているようで、従兄弟が理由を尋ねているようだった。


 

 サーシャは目の前の建物を見た。

 

 中には厳つい大男がいて、サーシャを睨みつけている。

 


 自分が売られかけていたのだと気づいた。

 

 そして、今目の前にいる老婆――サイヤに助けられたのだと察した。


 

 サーシャはサイヤの腰に抱きついた。


 

 サイヤ「おいで。


 さっきも言ったが、うちは薬屋でね。


 跡取りもいない。サーシャには、いろいろ手伝ってもらうよ。」


 

 新しい生活が始まった。


 

 数日も経たずに、ローラ叔母さんが息子を連れてやって来た。


 泣きながら謝られた。

 叔母はサイヤ婆さんにも泣きついて、何度も頭を下げていた。

 

 サイヤ婆さんは、叔母さんを優しく諭していた。


 

 最後に、叔母さんはまた謝ってきて、サイヤに「よろしくお願いします」と言っていた。


 叔母さんと従兄弟は、薬屋の常連のおじさんに付き添われて帰って行った。


 サイヤ「危ないから、もう女子供だけで来るんじゃないよ!」


 叔母さんは振り返り、一礼して帰って行った。



   ◇◇◇


 

 それから幾歳月が流れ、サーシャは美しい少女に成長していた。


 文字の読み書き、計算、薬の調薬などもサイヤに仕込まれ、今ではすっかり一人前の調薬師だ。

 

 サイヤには「若いから物覚えが良い」とよく褒められていた。


 なんでも薬屋はサイヤの旦那の家業だったそうで、サイヤが本格的に調薬を学び始めたのは義両親が亡くなった後、二十歳を過ぎてからで大変苦労したのだという。


 サイヤ曰く、「アタシがその域に達したのは、調薬を学んで七年は経ってからだったよ」

 

 サーシャ「大して変わんないじゃん(笑)」と、たわいない会話をしたものだ。


 

 この一年、サイヤはまるで死ぬ前に全てを伝えようとするかのように、調薬について時に厳しく、サーシャに教えてくれた。


 サーシャはサイヤのそんな優しさをよく理解し、全ての知識を吸収するかの如く調薬に取り組んだ。


 今ではもう、基本的な薬は一人で作れるほどに腕を上げ、サイヤも難しい薬の調薬以外には、口を挟まなくなってきている。


 サイヤ「後は、アタシが死んでも、旦那の残した書物でどうとでもなるね。」


 サーシャ「そんなこと言って……どうせあと十年くらいはお迎え来ないんだから。」


 この世界の平均寿命なんて、精々五十歳そこそこ。

 

 サイヤはもう七十近く、この世界では最長寿と言っていいほどの年齢だ。


 サーシャ「ホントやめてよね。“病は気から”って言うでしょ?」


 軽口を叩きつつも、最近サイヤの体調が優れないことが多くなり、サーシャが一人で店頭に立つことも増えてきている。

 

 少し、心配はしていた。


 

 サイヤ「早く良い人見つけなさい」

 

 サーシャ「……」

 

 サイヤ「それだけが、唯一の親孝行だよ」


 

 返事はしなかった。

 

 それが遺言になるとは、思いもしなかった。


 

 程なくして、サイヤは倒れ、そのまま帰らぬ人となった。


 

 泣いた。泣いた。泣いた。

 

 母親が亡くなった時と同じくらい、泣いた。


 

 また一人になってしまった。


 

 それでも店は開けなければならない。

 

 この広い領都で、数少ない民間の薬屋だ。

 

 領主や大商人といった金持ちには専属の薬師がついているらしいが、彼らは帝都にいて、必要な時に呼び出したり、薬を取り寄せたりするそうだ。


 

 そもそも、領民に対して薬屋の数が足りていない。

 

 ここを開けなければ困る人が大勢いる。


 

 そんなこと、遺言で言われなくても分かってる。


 

 そしてすぐに気がついた。

 

 サイヤが亡くなって落ち込んでいる自分を、心配してくれる常連さんが、たくさん、たくさんいたことに。


 

 ご近所のお裾分けは、お裾分けのレベルを超えていた。

 

 ちゃんと断らないと、次から次へとご飯を持ってくる。

 

 とてもじゃないが、一人で食べきれる量ではない。


 

 常連の娼館のお姉さんも心配して、最近は年の近い女の子たちを連れて来てくれる。

 

 ずっと話し相手になってくれて、友達も増えた気がする。


 

 そう、もう、いつの間にかサーシャは、一人じゃなくなっていた。


 

 サイヤが遺してくれたのは、店や知識や技術だけではなかったのだ。


 

 薬草をよく卸しに来る商人さん、たくさんの常連さんに囲まれて、人と人とのつながりに感謝して、この全ての幸せを遺してくれたサイヤに感謝して、サーシャは自分が幸せ者だと実感した。


 

「この幸せが、いつまでも続くんだろう」

 

 そう楽観的に考えていた、ある日。


 突如、その“招かれざる訪問客”はやって来た。


 

 ある日、突然前触れもなく、ひとりの男が店にやって来た。

 

 執事服を着た老紳士。

 

 貴族の従者だろう。


 

 そもそも、貴族の関係者が薬を買いに来るなんて、今まで一度もなかった。

 

 貴族にはお抱えの薬師がいる。

 

 そう聞いていたし、実際その通りなのだろう。


 

 訝しげに見つめていると、老紳士が口を開いた。


 執事「ほう、貴様が噂の薬師か。確かに、顔だけは下賤の薬師にしておくには勿体ない。これならアルフレッド様も、ご満悦になるやもしれんな。」


 サーシャ「えぇっ、は、はぁ……」


 あまりの態度に驚いた。こんな失礼なやつ、見たことがない。


 実は、サーシャがめちゃくちゃ幸運だっただけで、この街の治安は実際かなり悪い。

 

 たまたま店の客層が良かったことと、今まではサイヤの目が利いて、そんな危険から遠ざけてくれていたのだ。


 

 執事「使いの者を後日よこす。

 

 それまでに身なりを整え、身を清め、その時を待つが良い。」


 

 ぞっとした。


 

 この街の領主の、領民に対する行いには、噂では碌な話がない。


 血の気の引いた顔で老執事を見つめていると、執事は続けた。


 「間もなく、御領主ジョージ・フォン・ヨーカ四世伯爵のご子息、アルフレッド様が元服される。


 それに際し、アルフレッド様から夜伽の命を受ける者を外部から選別せよとのお達しがあり、貴様にその“栄誉”を授けるか否か、アルフレッド様ご自身の目でお確かめになられるとのこと。


 下賤の身にしては望外の機会、ありがたく思え。」


 

 口が開いたまま、閉じられなかった。

 

 反論も浮かばない。


 

 客「てんめぇ!」


 居合わせた常連の、お隣のおじさんがキレた。


 ここ最近、毎日夕飯のお裾分けをくれていた、あの夫婦の旦那さんだ。


 まずい。


 相手は貴族の従者。


 何をするか分からない。

 

 穏便に済ませるにはどうしたものかと考えていると……


 

 執事はおじさんを一瞥し、こう続けた。

 

 「分を弁え、ありがたく受けよ。」


 

 ガッシャーン!


 

 カウンターの薬や小皿がひっくり返され、おじさんが顔を真っ赤にして立ち上がった。


 おじさん「てめぇはこれが自分の娘や身内でも、同じように貴族に差し出すんかいっ!」


 執事「それが私の仕事だ。」


 おじさん「嘘つけぇっ!」


 

 騒ぎを聞きつけ、近所の人たちが駆けつけてきた。

 

 焦点の合っていない目をした近所のおじさんが、「どうしたどうしたぁ?」と叫んでいる。

 

 だが、集まった人たちのほとんどが、執事を見て何かを察した表情を浮かべた。


 

 ──アタシ、もしかして。いや、もしかしなくても……

 

 思ってる以上にヤバいやつに目、つけられた?


 

 結局このときは、近所の人たちがなんやかんやと理由をつけて、執事を店から追い出した。


 

 執事「キサマら……このような態度を取ってタダで済むと思うな……!」


 

 最後にそんな捨て台詞を吐いていった。


 

 あたしゃ何もしてないし、何も言ってないよ。


 まったく。

 

 事なきを得たが、周囲の騒ぎはおさまらない。


 

 「大丈夫だから」


 「みんなで守るから」


 「自警団を作ろう!」


 

 好き放題に言う人もいる。


 その中に、いつの間にか隣のおばさんの姿もあった。


 

 旦那さんの声を聞いて助けを呼んでくれたのは、たぶん、この隣のおばさんだろう。


 隣の夫婦の息子さんが幼い頃、お金がなくて薬が買えず、サイヤが薬を譲ったことでその息子さんの命が助かったことがある。

 

 それ以来、彼らはサイヤを“命の恩人”だと思っていた。


 

 他の常連たちも、大なり小なり、似たようなもんだ。


 

 それからサイヤは亡くなる数ヶ月前くらいから、「自分が死んだら、サーシャを気にかけてやってくれ」と、ご近所さんたちに頼んで回っていたという。


 サーシャは、そんな話を聞かされた。


 

 「早く良い人見つけなさい。それだけが唯一の親孝行だよ」

 

 ──そう言われたのも、ちょうどその頃だったのだろう。


 

 サーシャは、またサイヤのせいで温かい気持ちになったと微笑んだ。



  ◇◇◇


 

 その日から数日おきに、チンピラや冒険者風の怪しげな男たちが店に来るようになった。


 そいつらは決まって因縁をつけてきたが、その度に、ご近所さんたちがすぐ駆けつけてくれる体制が整っていた。


 そんなことが続いた、ある日のこと。


 一人の冒険者風のチンピラが店の扉を開けて、大声で叫んできた。


「ねーちゃん、いるかー?」


 一瞬、「またか」と思ったが、どこかで違うかもしれない、と思ってしまった。


 以前にもこんな男を見かけたことがある。


 そのときは、私の横に隣のおじさんがいて、奥からサイヤが睨みを利かせていた。

 

 だから何も起きなかった。


 でも今は違う。

 

 店内にいるのは、サーシャ一人だけ。


 

 ちなみに隣のおじさんは、しばらく出禁にしていた。

 

 思いっきり貴族の従者に突っかかっていたし、顔を覚えられていそうで、おじさんに報復でもされたらたまったもんじゃない。


 

 毎日閉店まで店で私を護衛すると豪語するおじさんを、おばさんと二人で説教し、それでも聞かないおじさんに対して、「しばらく薬はおばさんが買いに来るように」と申し渡した。

 

 それでも不満を漏らすおじさんに、私は決定的な裁定を下したのだ。



 チンピラの兄ちゃんは言った。


「近くで仲間が酔いつぶれて倒れてるから、酔い覚ましの薬をくれ」


 すぐに薬を見繕って渡してやる。

 

 チンピラは「サンキュ」と軽く言って、立ち去ろうとした。


 サーシャ「お代!」


 チンピラ「あぁ? こまけぇなぁ」


 そう言いながらも金はちゃんと払っていった。


 ──なんか、見たことあるぞ、この光景。


 あのときは……サイヤが……

 

 そう思い出しかけたとき、チンピラが戻ってきて、こう言った。


「薬、効かねぇじゃねぇかぁ?」


 ──そんな、すぐ効くわけねぇだろ!


「ちょっと様子見てみろよぉ」


 記憶の再現? デジャブ?

 

 いや、こいつ、同じやつ、か……?


「すぐ外の道路に倒れ込んでる」と言われ、「ちょっとだけなら」と念を押して渋々外に出た。


 あのときは、サイヤが外まで様子を見に行って、店から見ていたサーシャは、酔っ払いをサイヤが蹴り飛ばしていたのを思い出した。


「ふっ」と懐かしさを覚えながら前を向くと、店の前の道路で、店の木柵にもたれて座っている男が見えた。


 

 ふと隣家を見ると、隣のおじさんが一瞬驚いた顔をし、こちらを見ていた。

 

 ──監視はするんかい!と思ったが、ありがたい。


 

 今度サービスせねば。お菓子でも作るか?

 

 そんなことを考えていたら、もう目の前まで来ていた。


「ピュッ」


 後ろからついてきていたチンピラが指笛を鳴らした。

 

 すると──


 酔っ払っていたはずの男が立ち上がり、サーシャの方へ振り向いた。


「ちょっと、一緒について来てもらおうか」


 ──やられた!


 気づけば、死角から近づいたもう一人が加わり、三人に囲まれていた。


 ふとおじさんの方を見ると、男二人が入口を塞いでいる。

 

 男たちは懐に手を入れ、何か……おそらくナイフをチラつかせている。


 反対隣を見ると、他のご近所さんたちも似たような感じだ。


 ──やばい。やばい。やばい。

 思っていた以上に、これはまずい状況だ。


 とにかく逃げなければ。


 サーシャ「アンタたち、酔いつぶれてたんじゃなさそうだね」


 チンピラB「要件は分かってるな?」


 サーシャ「ついて行くわけないだろぅ?」


 チンピラA「それじゃあ金がもらえないじゃねぇかぁ」


 チンピラC「……」


 ──おめぇは何も喋らんのかい、と心の中でツッコんだ。


 いつの間にか見物人も増えていた。

 

 けどその中にはこいつらの仲間も混ざっている、そんな気がした。


 チンピラB「痛い目見たくなけりゃ……」


 サーシャ「ついて行かないって!」


 そう叫んだ瞬間、チンピラBに右手首を交差するように掴まれた。


 ──マズい!


 そのとき──

 

 チンピラBの後ろから、もう一人が現れた。


 その男はチンピラBの肩に手を置き、耳元でこう囁いた。


「なんしよん?」


 チンピラBは振り向こうとした。

 

 だが、完全に振り返る前に──

 

 仮称チンピラD、いや、助けてくれた“お兄さん”が、その場で彼を捻り潰すように地面に叩き伏せた。


 私の手も、その瞬間、離された。


 そこから、すごいことが起こった。


 チンピラ一人につき、ワンパン。

 

 次々に襲いかかるチンピラたちの攻撃を、その場をほとんど動かずに捌いていく。


 襲われたら殴る。


 掴まれたら捻って、殴る。

 

 それを、ただ淡々と繰り返す。


 

 捻られ、転がされ、血が上り、再び襲いかかろうとしたチンピラたちは──

 

 お兄さんの「間合い」に入った瞬間、次々に意識を刈り取られていった。


 

 そして──最後に残った二人が、お兄さんを挟むように位置取り、ナイフを取り出した。


 チンピラ「お前ぇ、俺らに手ェ出して……!」


 お兄さん「おまえら、それ、悪手だよ」


 その瞬間、何もない空間が歪んだように見えた。


 お兄さんが、その歪んだ空間に手を入れたように見えた。

 

 そして、そこから──変わった形の剣を取り出したように見えた。


 

 お兄さんが、その剣を振った。


 次の瞬間──


 二人のチンピラは、倒れた。


 そして──彼らの輪郭が、徐々に、見えなくなっていった。

終焉の暁シュウエンノアカツキと言います。


小説を投稿しだして間もないです。


よろしくお願いします。


エックス(旧ツイッター)垢です。よろしくお願い致します。


終焉の暁 @syuennnoakatuki

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ