5話 真美
マミは、森の中を一日中さまよっていた。
今朝、いつも通り登校しようと家を出て、通学路の角を曲がった瞬間、目の前が真っ白になり、気がつけば森の中にいたのである。
遠くには富士山のような山が見え、山頂からは煙が上がっていた。
意味がわからない。まるで、有名な富士の樹海にでも瞬間移動したようだった。
まさか、漫画やラノベみたいに異世界転移でもしたのか。
そんなことが自分の身に起きるなんて――。
とても信じられなかった。
「家族や友達が心配してるだろうな」
「今度の期末テスト……」
「このまま遭難して死んじゃったら……」
――さまざまな感情が、心の中で入り乱れていた。
やがて、日が沈みかけていた。
昨日までは夏が始まったばかりで、うだるような暑さだったはずなのに、夏服では少し肌寒さを感じるほどだった。
身を隠せるような場所は、そう簡単には見つからず、マミは疲れ果てて、大木の根元に座り込んだ。
夜になり、あたりは真っ暗になった。だが、なかなか眠れない。
普段から学校に持参していた水筒のおかげで、お茶はあった。
中身は残り半分ほど。節約しながら飲んでいた。
遠くから、狼の遠吠えのような音が聞こえてきた。幻聴なのか現実なのか判別がつかない。
夜の森は、人工的な灯りが一切なく、手元さえ見えない。
にもかかわらず、虫の声はやたらとうるさく、辺りはとても騒がしかった。
マミは、小学生のとき家族で行ったキャンプを思い出しながら、「……お母さん」と小さくつぶやいたのだった。
◇◇◇
少しだけ、意識が飛んでいた。
体感的にはほとんど眠れていない。
疲労はまったく回復していなかった。
あたりはすっかり明るくなっていたが、今度は一面が霧に包まれていた。
視界は、数メートル先すら見えない。
「霧が晴れるまで待つべきか、それとも早く移動すべきか……」
富士山から煙が上がっていたことは見なかったことにして、水筒からお茶を一口飲み、再び歩き始めた。
山が本当に富士山で、ここが富士の樹海だとしたら、山から離れるように歩いてきたのだから、そのうち人里に出るはず。
数分もしないうちに、霧の中から鉄の柵が現れた。
どうやら、どこかの家屋の外壁のようだった。
その奥には、うっすらと建物の輪郭も見える。
「すみませーん!」「誰かいませんかー!」
叫びながら外壁沿いに回っていくと、ようやく入口を見つけた。
ほぼ1日ぶりに見る人工物――
その光景に、マミの気分は思わず高揚した。
「これで助かる……」
そう思うと同時に、「こんな森の奥に、本当に住人なんているの?」という不安も湧いてくる。
門は、柵と同じデザインの鉄製。
その両脇には、土で作られた大きな人形が、門番のように佇んでいた。
手には刺股を持ち、今にも動き出しそうな雰囲気だ。
マミが門に手をかけようとした瞬間、どう見ても人形だった門番が、突然動き、さっとマミの前に手をかざした。
あまりの出来事に、マミはフリーズした。
(どう見ても、ただの土の人形なのに……)
しばらく固まっていると、奥の方から男の声が聞こえてきた。
「ちょっと待ってー。すぐ行くー!」
しばらくすると、家の中から若い男性が姿を現した。
ジャージにTシャツ、足元はサンダルというラフな格好。
長身で筋肉質、ほどよく引き締まった体型の超絶イケメンだった。
――はっきり言って、めちゃくちゃ好み。
男「もしかして日本人? どうしたの?」
顔を見て、声を聞いた瞬間、マミにに電撃が走った。
――運命だと思った。
いや、好みどころじゃない。超絶ドストライクだ。
マミ「遭難して……野宿して……助けてほしくて……ここがどこかも分からなくて……突然森の中で……」
思いつくままに、今わかっている情報をまくし立てた。
男「うーん……」
(え? 助けてくれないの?)
そう思いかけた、その時――
男「……〇らしてくれるなら、いいよ」
私は、目の前の男が放ったその一言に凍りつき、その場でしばらく思考を停止させたのだった。
終焉の暁と言います。
次回更新は9月12日(金)13時を予定しています。
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