第9話
高校の入学式当日の朝、教室の最後尾に座るあたし――菟田葵の隣には伊吹がいた。
初見の印象は、凛とした真面目な女子だった。
そしてこの時はまだ、伊吹は他の女子と変わらない存在だった。
だが入学式が終わり、教室に戻る途中で事件は起こった。
あたしがトイレから出ると、周りには誰一人生徒がいなくなっていた。
みんなはすでに、教室に行ってしまったらしい。
あたしは遅れないようにと、急いで階段を登る。
慣れない一段飛ばしをしたせいだろう。
「――っ!」
小さく漏れた悲鳴な、虚しく空に消える。
足を踏み外してしまい、後ろへと倒れてしまった。
階段をかけ落ちていく。
受け身の体勢は取ったが身体が痛い。
意識はあるのだが、身体が思うように動かない。
どうやら踊り場まで、十数段を下ったようだ。
そのとき「大丈夫?」という声がした。
横向きになっている頭を上に向けると、そこにいたのは伊吹だった。
「いぶき?」
「なんで私の名前を……」
「だって、隣の席じゃんか」
「そうだったっけ」
「うん」
初対面で、しかもこんな姿を見られて、あたしは上手く会話ができない。
「立てる?」
「難しいかも……」
「じゃあ、はい」
伊吹はあたしの前で、背中を向けてしゃがんだ。
「ぇ?」
「おんぶだよ。おんぶ」
なんでもない様子で言う伊吹に、あたしは頼もしいなと感じた。
あたしはありがたく背負われると、伊吹が無理をしておんぶをしていると気づいた。
伊吹の足取りは辛そうだった。
伊吹はあたしのために、こんなことまでしてくれるの――?
伊吹はその後、クラスでのアイスブレイクに遅れてしまった。
だが、あたしは彼女のお陰で保健室で安静にして、翌日にはほぼ身体が動くようになった。
落ちるときに出血をしなかったのが、不幸中の幸いだろう。
次の日、学校に向かったあたしは一番最初に伊吹へ挨拶した。
このときからだ。
あたしが伊吹のことを意識したのは――。
/ / /
伊吹と同じ部活に入ったり、二年連続で同じクラスで歓喜したりして、時は二年生の七月上旬まで経過した。
「待って――。伊吹が好きなのって女子だったの……。そんなの聞いてないんだけど……」
校舎に隠れて伊吹を覗き見ているあたしは、伊吹と対面する一人の姿を見て思わず声が出た。
伊吹がなにやら校舎裏に向かったので、何事かと思ってついてきたのだ。
案の定告白現場だったのだが、あたしの予想外だらけの光景。
あたしはずっと、伊吹が好きになるのは男子だって思っていた。
一年前に伊吹から好きな人ができたと言われて、本当はそんな話を聞くと辛くなるからなのだが伊吹には適当な理由を付けて、それ以上話さないでとお願いした。
そしてあたしはどうせ伊吹に彼氏ができるならと、伊吹の親友として楽しく生活するという選択肢を選んだのだ。
なのにその選択が間違っていたと否定されるような気持ち。
性別の段階で諦めたことを、今の状況が嘲笑っているようだ。
あたしは心を整理するために、ここから逃げ出した。
部活のテニスでラケットを振っているうちに、少しずつ心が落ち着いてきた。
そして一つの結論に辿り着いた。
もう今となっては遅いこと。だから、あたしは親友ポジションとして生きていく――と。
その後、部活にやってきた伊吹からそれとなく聞きだした話によると、どうやら二人は付き合わなかったらしい。
しかし信じられないことに、二人は将来的に付き合うために親交を深めていくことにしたと言う。
なんなのそれ。
そんなこと知っちゃったら、あたし、諦められなくなるじゃん――。
そんな言葉は伊吹には伝わらない。
だからあたしは一度、様子見することにした。
/ / /
伊吹と良い関係になりつつあるのは、四組の栃沢夏樹という女子らしい。
あたしの校舎裏での記憶をかき集めて、二年のフロアをうろつてみると、特徴が一致する子を発見したのだ。
それよりも、今日は木曜日で部活がオフだから、伊吹と一緒に帰れる――!
嬉しさに溢れながら、伊吹に話しかけると「文芸部に行くから、ごめん」と断られた。
文芸部……。
夏樹と隣で歩いていた女子とが、今日の文芸部がなんたら……と話していた記憶が蘇った。
そっか、伊吹と夏樹は着実に仲良くなっている――。
あたしは、親友ポジションで生きていくなんて言葉を忘れ去ってしまった。
あたしは、夏樹なんかに負けない。
ただの女子になんて、絶対に――。
根拠がないと自分ながらに感じたが、そう決心した。
◇あとがき◇
第二章入りました!
メインヒロイン達は夏樹と伊吹なのですが、葵にも頑張って欲しいですね。
言っておくと、絶対百合ハーレムにはさせません。
あと、重たい話にはしない予定です。
話は変わりまして、ここまで約二万文字、お読み頂きありがとうございます。
皆様のお陰で、私の作品は成長します。
よければ評価ポイントやレビューをお願いします!