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第8話

 校門を出たところで、完全下校を告げるチャイムが鳴った。

 文芸部がこんな時間まで活動しているのは珍しくて、夏樹と司沙にとってこのチャイムを聞くのは新鮮だった。


 三人で最寄り駅まで歩いていく。その途中――。


「いやぁ、楽しかった」


 司沙が一歩前に出て、二人を見ながら言った。


「司沙、自分はしないからみたいな感じだったけど、一番楽しんでたよね」

「想像以上に面白かったんだもん。夏樹も伊吹とじゃれあえて、楽しかったんじゃない?」

「なっ、わざわざそんなこと言わなくてもっ」


 司沙と夏樹のテンポとノリが良い会話を聞いていた伊吹は軽く笑った。


「夏樹と司沙はやっぱり仲良いんだね。いいなぁ――」

「そう? でも伊吹さんも葵さんとけっこう仲良かったんじゃ」

「でも、葵以外とは全然話さないし」

「そっか」


 確かに去年、伊吹は葵としか……というよりも、葵だけに突っかかられていた記憶がある。


「ならさ、伊吹さんも文芸部に入ったら?」

「えっ……いいの?」


 思いがけない提案に、伊吹は困惑と歓喜の声を漏らした。


「多分……。いや絶対、夏樹も喜んでくれるよ。ね、夏樹」

「わたしっ? まぁ、来てくれたら良いなとは思うけど……」


 下を向いた夏樹を覗き込む司沙は――。


「来てほしいって言えば良いのに。素直じゃないなぁ」

「うるさいっ」

「でも、ちゃんと言わないと伝わらないよ」


 夏樹はため息を吐いてから、伊吹に目線を合わせた。


「伊吹、部活がない日だけでいいから、文芸部に来てくれない?」


 二人のやり取りから夏樹に誘われていると分かっていても、実際に本人から言われると嬉しい。

 絶対に行く――。

 毎日でも行きたい――。


「うん、ありがと。私も毎日行けたら楽しいだろうなって思ってたから――」

「本当っ?」

「テニス部がない日だから、木曜しか無理だけど……」

「良いよ、全然。来てくれるだけで良い!」


 親友の夏樹の恋が進展していくのを間近で見られて、私まで緊張しちゃうな――。


 恋の話も何もなかった司沙にまで、胸の高鳴りが伝染した。



 しばらく駄弁りながら歩き、最寄駅の改札前までやってきた。


「伊吹さんの家って王寺(おうじ)方面?」

「いや、生駒(いこま)の方だけど」

「じゃあ、私とはここでお別れだっ」

「夏樹は一緒だったよね」

「――? わたし、伊吹に言ったっけ?」

「ぁ――」


 伊吹は焦った。

 テスト期間で部活がないときにホームで見かけただけなのだが、なんで知ってるの気持ち悪い――とか思われたら……。


「あぁそっか、一年も経ってたらわたしのこと見かけてるよね」

「そう。偶然見かけて、こっちなんだなーって」


 偶然とは言ったが、毎日つい周囲を見渡してしまい、いないかな――って探していることは秘密にしておいた。


「伊吹のこと一昨日まで知らなかったから、気づかなかった」

「まあ、普通はそうだよ……」

「ごめんね、気づけなくて」


 夏樹は両手を合わせ謝るポーズをし、片目を閉じて首を傾けた。

 その姿に伊吹は、全く知られていなかった悲しい事実なんて吹き飛ぶほどに魅了された。


「謝ることじゃ、ない……から」

「今日からはちゃんと、伊吹を見かけたら話しかけるからね!」

「ありがと。私もそうする」


 仲良く話す二人の間に、司沙が「お二人さん……」と入ってくる。


「私お邪魔っぽいし、向こうのホームに行くね」


 夏樹が邪魔じゃない――と言う前に、「ばいばい」と手を振って歩き始めてしまった。


「ばいばい」

「さようなら」


 取り残された二人は、司沙とは逆方面のホームに向かう。

 夏樹たちを待っていたかのように、電車は都合よくすぐに来た。



 電車に揺られながら横並びに立つ二人は、気まずさのかけらもない。

 色々と間を取り持ってくれた司沙のお陰だろう。


「伊吹、今日文芸部どうだった?」

「普通に楽しかったよ」

「それなら良いんだけど……」


 何かに引っ掛かる様子の夏樹に、伊吹は不思議そうな顔をする。

 それを見た夏樹は気になった原因を語った。


「いつもの司沙はもう少し穏やかなんだけどね。今日はあんなんで、伊吹が滅入ってないかなって思って――」

「そんなことないけど。夏樹と距離が縮まったのも、霜崎さんがゲームを提案してくれたからだしさ……感謝するぐらいだよ」

「わたしも伊吹と近づけて良かった。一昨日は別として、実際に会ったら恥ずかしくて上手く喋れなかったし――。司沙のお陰だね」


 伊吹は「私が好きにさせるって言ったのに、他の人に助けられちゃった」と苦笑いして――。


「次は絶対に私が夏樹をドキドキさせるからっ!」


 と宣言した。


 え、もしかして夏樹がドキドキしてたことバレてた――!?



 途中に一回乗り換えて伊吹の家の最寄駅に着き、伊吹が降りた。


 司沙と別れてからここまでずっと、色々な話で盛り上がった。

 夏休みまでの木曜日はあと二回だけ。

 つまり、伊吹と関わることができる日は二日だけ。

 この二日でどれほど関係が変わるのかを思案する夏樹。


 夏休みは二人で遊びに行ったりするのかなぁ――。


 だがこのときの夏樹は、夏休みが始まる前にさっそく二人を揺るがす思いがけない出来事が訪れるなんて、考えもしなかった。

◇あとがき◇

 これにて第一章が終了です。

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